第6話 王太子殿下との出会い 1
魔法使いの学園に入ることが決まってから、私の生活は忙しくなりました。
学園は、すべての生徒が寮に入る仕組みです。週末に帰宅することが認められていますが、基本、学園で生活することになるため、それまでに侯爵令嬢として必要最低限の教養を身に着けるよう、お父様は家庭教師を選んでくれたのです。
ダンス、ピアノ、一般的な学問を普通の令嬢よりも速いペースで学ばなければなりません。毎日が勉強と練習でした。
セディも、6歳になったころから、7歳になられた王太子殿下の遊び相手を務めるようになり、殿下と一緒にお城で勉強するようになったそうです。
セディと会える日は、月に2回ほどになってしまいました。
そんな毎日でしたが、ある日なぜだかセディが我が家にお泊りすることになったのです。
私はうれしくて、あやうく叔父様の封印石が発動しそうになるぐらいでしたが、やってきたセディは少し浮かない様子でした。
何か考え事が頭から離れないようで、ふとした拍子に黙り込みます。食事もいつもより小食です。
理由を聞いても困ったように微笑んで、「何でもないよ」と答えるばかりです。
我が家に来るのが実は嫌だったのでしょうか…。
ふとよぎったその疑問が私の中でどんどん膨らんで、セディの様子もどんどん黙り込むことが増えて、2日目のお茶の時間、思い切ってセディに尋ねてみました。
「セディ、ここには来たくなかったの?」
声が震えてしまいました。
セディは目を見開いて、少しの間固まっていました。その後、勢いよく立ちあがって
「どうしてそんなこと!シルヴィがいるのに!!」
珍しく怒った声音で言った後、はっと息をのみ手で口を押えました。
怒られたのには驚きましたが、嫌われていないことはしっかり分かりました。うれしくてたまらなくて、封印石がとうとう発動してしまいました。
恥ずかしくてうつむいたとき、石とは別に叔父様の魔力を近くに感じたのです。
叔父様は普段はお城で魔法使いとして勤めているはずです。どうしたことなのか疑問に思っていたことが顔に出ていたのでしょう。セディが心配そうにこちらを見ています。
「叔父様が来たみたいなの。」
それを聞いた途端、セディの顔色は変わり、部屋を飛び出していきました。
普段、落ち着いた様子を崩さないセディではありえない行動に、私はあわててついていきました。
廊下に出るとセディはもう応接室に向かっていました。ですが応接室には入らずドアの前で立ち止まったままだったので、私も追いつくことができました。
セディが振り返り、指を口に当て静かにするように合図をします。私はうなずいてそっとセディの隣に立ちました。
中から、かすかにお父様と叔父様の声がします。細かな内容までは聞こえてきません。
セディは何とドアをゆっくり少しだけ開けたのです。
ドキドキしてセディを見ましたが、セディは真剣な表情で食い入るようにドアを見つめています。
「いいか、覚えておくがいい。私はいざとなったら殿下よりも娘の命を必ず優先する。必ずだ。」
これまで聞いたことのない硬い声でお父様が話しています。私は思わず体が竦みました。
「分かっている。それは当然だ。」
叔父様の声は疲れ切っています。こんなことも初めてです。何かとんでもないことが起きていることを感じて、心臓が音を立て始めました。
そのとき、ぎゅっと私の手が握られました。セディは部屋を覗き見たまま、それでも手を握り続けてくれます。
「それでは、今から登城しよう。」
お父様の立ち上がる音がしたとき、セディはドアを押し開き
「私も行く!」
そう宣言したのです。響き渡る声でした。お父様は驚いた様子でセディを見つめていましたが、やがて表情を緩めセディの方へ歩いてきました。
「セディ、私とシルヴィを守ってくれるかい?」
膝をついてセディに目を合わせながらお父様はささやきました。セディは力強くうなずいていました。
そして、私は叔父様が、――セディが、我が家に来た理由を始めて知ったのです。
三日前に王太子殿下のお菓子に毒が仕込まれ、殿下は倒れてしまわれたそうです。 セディはその場にいて、精神的に不安定になり我が家に来ることになったのでした。
お城には癒しの力を強くもった魔法使いが集められ、力を注いでいるものの殿下は非常に危ない状態であること、魔法使いの疲れが激しく新たな魔法使いが必要な状況であることを教えられました。
叔父様は静かな声でこう続けました。
「お前の癒しの力の強さは、その歳にして私を除けば当代一となるものだ。殿下のために力を貸してほしい。」
私がうなずこうとすると、叔父様は両手で私の顔を包み込みました。
濃い青い瞳が、真っ直ぐに私を見つめています。
「だが、お前は全く訓練を受けていない。過度に治癒を試し、力が暴走してしまう可能性もある。お前は体も心もまだ幼いため、力が暴走した場合、体も心も傷を負う可能性がある。」
セディが息をのみ、お父様は目を伏せました。
叔父様は私の目をしっかりとらえたまま、続けます。
「最悪の場合、死ぬ可能性もある。」
深みのある声が染みとおるように響き、体が冷えるのを感じました。手足がどこにあるのか分からなくなっていくようでした。
「そんなこと、させない!」
セディが私を抱きかかえていました。セディの温もりと力強さを受けて一気に私の感覚は引き戻されました。セディが抱きしめてくれると、いつも私は不安など消えていきます。セディの腕に額を押し付けてもっと温もりを感じとり、私は落ち着いてものを考え始めました。
我が家に急にお泊りに来たほどセディはつらい思いをしているのです。セディがつらいのは私にとってもとてもつらいことです。力が暴走することは「可能性」で、確実ではないのです。なにより、殿下の状態を聞いて何もしなかったら、私だって何も手が付かないでしょう。試すしかないのです。
叔父様に尋ねました。
「暴走して大丈夫だった人はどうしたの?」
叔父様がかすかに笑った気配がしました。
「それでは、それを教えてから城に行こう」
笑みを浮かべた叔父様はいつもに増して美しく、不安も恐さも薄まる気がしました。
つられて笑みを浮かべながら、私は大きく頷いて叔父様に教えを乞いました。
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