異世界勇者の現代トリップ! -平凡な男子高校生の僕が勇者を名乗る少年に助けられた恩返しとして、魔王討伐の協力をするはめになった一夏の思い出-

鷹目九助

プロローグ

「我が配下を退けよくぞここまで辿り着いたな、勇者よ!」


「覚悟しろ魔王! お前の野望は今日、ボクが終わらせる!」


 人々を滅ぼそうとする魔王が突如として現れ、世界を恐怖の渦に巻き込んでから十年以上。

 そして、魔王を討伐する為にボクが勇者として旅立って二年。

 旅の途中で出会った三人の仲間と共に長い旅路の果て、遂に魔王城へと辿り着き、今まさに魔王との最後の決戦に挑んでいる。


「援護はアタシに任せなさい! さっさと魔王を倒して世界に平和を取り戻すわよ!」


 魔法使いカオル。

 ボクの初めての仲間で、ボクが知る限り最高の魔法使いだ。


「お前達、強化魔法はかけ終わったぜ。今こそ魔王を討伐する時だ!」


 僧侶レイリー。

 物腰穏やかで優しく、人の痛みを分かち合う事ができる、回復魔法と補助魔法のプロフェッショナル。


「オレ、魔王倒す!」


 戦士ゴリアン。

 見た目はオークそっくりで少し怖くて、翻訳魔法を使わなければ言葉の訛りが強くて意思疎通も難しい大男。

 だけど、本当は仲間の中で一番といっていいほど力持ちで心優しい二児の父。


「フハハハハ! 貧弱な人間共が何人集まろうとも、無駄だということを――」


「『ファイアブラスト』!」


「ぬおぉぉぉ!」


 長ったらしい前口上を述べる魔王の顔面にカオルの放った火炎魔法が直撃し、魔王が消火を試みながら悶絶する。


「な、何をする! 無粋な奴等め! まだ我が喋っている途中ぅぅぅ!?」


 魔王が体勢を立て直すよりも早く、レイリーの支援魔法を受けたボクとゴリアンが魔王の体を剣と斧で切り裂く。


「き、貴様ら! さっきから卑怯じゃあないか!? 我がまだ喋っている途中であろう!?」


「罪の無い人々の命を奪ってきたお前の言うことなんて、誰が聞くもんか! みんな! このまま追撃を掛けるぞ!」


 切り裂かれた体から血が滴り落ちているが、魔王は怯む様子を見せない。

 ボク達に憤慨する魔王を無視しつつ、魔王を倒す為に仲間達へと追撃の指示を出す。


「まかせなさい! 『アイスブラスト』!」


「その程度の魔法が我に効くとでも……足が! 足が凍って動けぬ!」


 カオルによって足元を凍らされ、その場から動けなくなった魔王目掛けてゴリアンが勢いよく斧を振り抜く。


「ガァァァ!」


「ぬおぉぉぉ!」


 魔王の体を斧で切り裂かれる直前、魔王は振り下ろされた斧を片手で受け止めて致命傷を防ぐ。

 ……二人の力は互角のようで、お互いに一歩も引かず、身動きをとれなくなる。


「ぐっ……人間の癖に、中々やるではないか。だが、この程度で――」


「ボクの事を忘れるんじゃないぞ!」


 ゴリアンに注意を逸らしてもらっている間に魔王の懐に潜り込んだボクは、握りしめた剣を疾風のように振るい、魔王の躰を何度も何度も斬りつける。


「ぬわぁぁぁ!」


 流石の魔王も今の攻撃には堪えたようで、身体を切り裂かれた痛みに叫び声を上げる。

 その隙をつくようにゴリアンが斧を持つ腕に力を込め、魔王の腕へと押し込み、確実に傷を負わせていく。


「ええい! 離れろ、人間風情が! 『ダークエッジ』!」


「ゴリアン! 離れるよ!」


 魔王の放った暗黒の刃が、ボク達を振り払うかのように襲い掛かってくるが、有効打になりそうな攻撃は盾で防ぎながら、後方へと飛び退いて魔法の射程範囲から逃れる。

 ……判断が早かったから大きなダメージを負う事は無かったけれど、それでも全ての攻撃を避ける事は出来ず、手傷は負わされてしまう。


「大きな怪我は無いようだが、一応回復しておくか。『ヒール』」


 尤も、この程度の傷はレイリーの回復魔法で傷跡も残らず治癒できる。


「ありがとうレイリー。……皆! この調子なら魔王を倒せる! このまま押し切ろう!」


 このままの勢いなら、魔王を倒す事も不可能ではない……いや、絶対に倒せる。

 皆を鼓舞して決着をつけようとしたその時、魔王が両手を正面に翳し、その身に宿す魔力を一点に集中し始める。


「おのれ! 愚かな人間共にこの我がここまで深手を負わされるとは……どうやら、我も本気を出すしかないようだな」


 魔王の足元に魔法陣が出現すると、強大な魔力が嵐のように、魔王の周囲で吹き荒れる。


「駄目! かなりの魔力よ! ここは一度下がって――」


「もう遅い!」


 カオルの忠告に従いボクとゴリアンが後退しようとするが、魔王の動きが一手早い。


「ゴリアン! カオルとレイリーを守るよ!」


「わかった!」


 後退が間に合わないと判断し、ゴリアン共に後衛の二人を庇えるように、盾を構えて防御の体制をとる。


「『テレポート』」


 直後に襲いくるであろう、恐ろしい攻撃に備えて身構えるボク達をよそに、魔王の姿がその場から消え去った。


「……え?」


 魔王が消えた後、今まで吹き荒れていた膨大な魔力の痕跡は、一つを除き残されていなかった。

 その場に残されていたのは呆然とするボク達と、煌々と魔力を発している魔法陣だけだった。


「……テレポートですか。逃走することにしたようですね。魔法陣が残っているのでその中に入れば追いかけられると思いますが……」


「悠長に説明している場合じゃないでしょ! 早く魔王を追いかけないと……」


 冷静い分析を始めるレイリーに焦るカオルが食って掛かり、口論が始まってしまう。


「落ち着いてくださいカオル。わざわざ魔法陣を残しているということは、罠が張られている可能性が大きいかと……」


「罠だからといっていつまでもここで待っているわけにはいかないでしょう!」


「二人とも、今は喧嘩をしている場合じゃ……駄目だ、話を聞いてない」


 二人を仲裁しようとするが、言い合いに夢中になっているようでボクの事にまるで気付いてくれない。


「オレが止めるか?」


 二人の様子を見ていたゴリアンが、ボクの肩に手を置いて指示を仰いでくる。


「……わかった。頼んだよ、ゴリアン」


 ゴリアンに二人の仲裁を頼み、ボクは少し離れてその様子を見る。 


「二人とも、落ち着け」


 言い争っている二人の間に割って入ったゴリアンが、二人の頭を押さえつけて無理やり黙らせる。


「こんな所で言い争って仲間割れなど、魔王の思うつぼだ」


 ゴリアンはそう言うと手を離して、二人を解放する。


「……ゴリアンの言う通りですね。すみませんでした、カオル」


「……アタシも少し、頭に血が昇っていたみたい。ごめんなさい、レイリー」


 どうやら、二人とも我に返ったようで、先程までの醜態を羞じてお互いに謝罪する。


「……それでどうする? 魔王を追いかける? 一旦退却するか?」


 二人が落ち着きを取り戻したのを確認したゴリアンは、ボクに魔王を追うかどうかの判断を促してくる。

 ……カオルとレイリーが言い争っているのをゴリアンが仲裁して、ボクが最後に決断する。

 この二年間、何度となく繰り返された光景だ。


「……行こう。ここで魔王を逃がすと、また罪の無い人たちが被害を受けてしまう。……どんな罠が待ち受けていたとしても、ボク達ならきっと乗り越えられる。……でも、この先に何が待ち受けているかわからないのも事実だ。ボクは一人でも行くけど、皆に無理強いすることはしない。もし不安なだっていうのなら、ついてこなくても責めたりはしないよ」


 ボクの言葉を聞いた三人は、それぞれ顔を見合わせた後にボクの方へ向き直り、黙って見つめてくる。


「……ど、どうしたの?」


 やっぱり、何が待ち受けているかわからない場所へと飛び込むのは不安なのだろうか?

 そんな事を考えているといつの間にか近くにいたカオルにボクの髪の毛がくしゃくしゃにされてしまう。


「カオル!? 急に何を――」


「今更になって馬鹿な事をいうリーダーにお仕置きしてるのよ。あなたが死地に赴くのに、アタシが見てるだけなんて有り得ないわよ。」


「本当に今更ですよ。逃げるのなら初めから逃げています。それに、仲間だけを苦しい戦いを挑ませる訳にはいきませんよ」


「思いは皆同じ」


 ボクに向かって笑いかけてくれる三人。

 ……ボクは良い仲間を持てた。

 感極まり、思わず目から零れそうになる涙を手で拭う。

 まだ泣くな。

 泣くのは、魔王を倒してからだ。


「ありがとう皆。……本音を言うとボク一人じゃ心細かったんだ。でも、皆がいれば平気だ。ボクは最高の仲間を持てたよ」


 仲間達に感謝をしながら、四人で魔法陣を囲むように立つ。


「行こう。魔王を倒して、この旅を終わらせよう!」


 ボク達が揃って魔法陣に足を踏み入れると同時に視界が真っ白に染まり、ボクの意識は闇に飲まれていった。

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