第16話

「お茶でもどうかな」

「いや飲む気分にはなれないですね……随分落ち着いてますね」

「まずは君の協力を取り付けなければいけない問題だからね。それに実は結構焦っているよ……ただ、危険が伴う可能性があるからね」


 そう言うと慣れた手つきでお茶を入れ始める。前世で嗅いだことのある香り、ただし今世で生まれて初めて嗅いだ香、緑茶の匂いだ。

 お茶を入れる使用人の姿すらないことに疑問を覚えるが、出されたお茶を一口含む。熱い。めちゃくちゃ熱いけど顔に出さないで飲む。今のシリアスな雰囲気であっつ!とかやったら嫌われそうだからだ。


「熱くないかい?それ」

「地獄のように熱いっすね」

「真顔で言う人初めて見たな」


 イラハ副会長はそういうと自分の分はふーふーと息を立て冷まし、控えめに口に含む。しかしながら湯呑がないのだろう、ティーカップなのは少し、いやかなり違和感を感じざるを得ない。


 喉を潤し、落ち着いたのだろう。今まで黙っていた詳しい内容をポツリポツリと語り始めた。


「妹は、重い病気……いや、呪いと言ってもいいだろう。それに体を蝕まれていてね」

「呪い?一般的な呪いなら俺も知識としてはありますけど……」


 一般的な呪い、というのは魔族やゴースト系の魔物、稀に呪術を好む人間が行うスキルによるデバフの総称だ。これは確かに存在するが、神官などによるスキルで解呪することも可能なはずだし、何ならこの人ならやろうと思えば何とでもできるだろう。


「いや、原因不明、射程不明、持続時間も不明な上に、神官長クラスでも手も足も出なかった。当然ボクもだ」

「それなら更に上……とも言えないですよね」

「ああ、聖女様は前線を慰撫しているし、いくらウチの家と言ってもそれを呼び戻す権限まではないからね」


 残念そうに肩をすくめ、また一口お茶を飲んだ。おそらく出来得る限りのことはしてきたのだろう。その正面に座る姿には少なからず諦めが混ざっていた。


「具体的な効果は」

「わかっていることは少ないが、こちらも意地があったのでなんとか探らせてもらった。わかった結果がかなり深刻だったがね」


 少しの間静寂が場を包む。イラハ副会長が立ち上がり、机から羊皮紙のようなものを取り出した。


「魔力欠乏症……これは呪いではなく病気なんだが、知識は?」

「触りだけは。魔力が回復できずに枯渇し続ける病気でしたよね」


 ゲーム的には飢餓のステータス異常だ。時間ごとにMPが減っていき、専用のポーションなどで回復しないとスキルが使えない。前衛辺りに付いても少々困る程度の状態異常だが、後衛についた場合すぐに解除することを推奨される。


 しかもこの世界ではゲーム内と違う点がある。MPが枯渇し続けると身体機能に不具合が生じるのだ。無意識化で魔力により身体を強化しているため、それの供給が止まるとどんどん弱っていき、体力……ゲーム的HPの意味ではなく、持久力という意味の……がなくなっていくのだ。


「さすがの博識だね。専門外だろうに」

「広く浅くですよ。……でもそれとは違うってことですよね?」

「関心があるだけ素晴らしいというものだよ。うん、ここまではそれほど問題ない。……複雑なのはここからだ。何故だかはわからないが妹の魔力は枯渇した分の魔力を外から過剰に補給しようとする」

「というと」

「いるだけで魔力を吸い続ける。しかもそれも無限にね。その紙に調べたことは書いてもらったけど、並みの神官や一般人なら近づくだけで魔力を吸いつくされてしまうくらいには強力な呪いだよ」


 話が終わったようでまた一口、お茶を口へ運んだがぬるくなってしまっていたようで、少しだけ不満そうにカップを置いた。


「呪いの原因に心当たりは」

「姉の目線から見ても妹は社交的な性格で、恨みを買うような子ではないんだがね……我が家も貴族とはいえ、なりふり構わず呪われるような家ではない。それにこういっちゃなんだがボクではなく妹にかける意味もわからない」


 それは……どうだろうか。もし仮に、だが。呪いをかけた相手がイラハ副会長に狙いを定めていた場合、彼女自身に呪いをかけても返り討ちに会う可能性が高いが、彼女の身内、しかも弱いとされる部類にかけることで間接的にでもイラハ副会長にダメージを与えようとしていたとしたら……


 いや、これ以上は推測、しかも邪推の域を越えられない。原作知識がない俺の知能で思い至ることに彼女、そしてその周りが思い至っていないはずがないだろう。


「まぁ、副会長がなんで俺に話を持ってきたかはわかりました」


 魔力の動きが問題の呪いであるなら魔力の動きを強制的に停止させてみれば、少しでも解決の糸口に繋がるかもしれないということだろう。確かにわからないでもない話だ。彼女自身まだ扱いに慣れてないということを言っていたことからも元の持ち主である俺を呼んだのだろう。


「……一応ボク自身で実験、というわけではないが君が妹に会っても問題ないことはわかったよ。ボクではまだ魔力が引っ張られるのを止める程度にしか習熟していないが、それでも魔力を吸いつくされるようなことはなかった。……会ってくれるかな」

「俺には何もできないかもしれないですよ」


 事実だ。俺は原作知識がなければただの一般人であると自覚している。スペックはほぼエインツ頼りだ。

 そういうと微笑みをたたえたイラハ副会長が寂しそうにつげた。


「会ってくれるだけでもいいんだよ。久しぶりに妹に会えたんだが、それだけで嬉しそうにしてくれていてね。……孤独というのは、呪いよりもキツイ物らしい。薄情な姉に無理に笑顔を作ってくれるくらいにはね」


 ◆◇◆


 イラハ副会長と屋敷の中を歩く。言われるまで気づくこともなく、今確固不抜を意図的にほんの少しだけ解除してみると、魔力がある一点へ流れていくのがわかった。集中して観測してみると大気、外の植物、ありとあらゆる魔力がそちらへ流れていっているのがわかる。これは……確かに見たこともないほどの力だ。

 無言で歩いていると部屋の扉から装飾に至るまでキラキラと輝く部屋の前に付いた。疑問に思っていると何か察したのかイラハ副会長が声をかける。


「妹は今は魔力が高いものを辺りに設置することで、魔力の減少量が吸収量を越えないようにしているんだ。こうでもしないとどんどん衰えていってしまう。……ボクや、一部の方みたいな魔力が高い人間はある程度耐えられるんだがね」


 確かに、これはもはや魔力限定のブラックホールだ。吸収したエネルギー、魔力が何に使われているのかわからないほどに周辺の魔力が目減りしていく。


 煌びやかな装飾に反して、何か不穏な気配を纏った扉は音もなく開き、部屋を見せる。部屋の中もまた扉の外に違わず、皮肉なことに下手な貴族より貴族らしい輝く部屋になっていた。


 そんな部屋の中央に設置されたベッドの上、元はイラハ副会長と同じように美しい黒髪をしていたのだろうが、呪いか、ストレスか、髪の一部分が白色に変色した少女が横たわっていた。ベッドから出ている部分を見るだけでも少女らしい肌の潤いは減っていて、見ただけでやつれていることがわかる。

 ベッドの方へ迷いなくイラハ副会長が歩み始める。そして傍へ置かれた椅子へ腰かけると、俺のことを呼ぶ。近づくと慈しみの表情を浮かべ、少女の方に手を当てた。


 近づいて顔を見るが、やはりその顔は俺の原作知識にない物だった。

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