第4話
そんなこんなで学園までの道のりはカット……したいところだったがそうも行かなかった。確かに学園までの道のりは
はぁ、と深いため息が出る。
馬車から身を乗り出せばそこには、人の身長をゆうに超える巨大な蟷螂が、同行していた商会の馬車を引く馬を食い殺す場面だった。
もちろん商人も、王都行きの馬車も護衛の一人や二人、いや冒険者と呼ばれる異世界でよくあるなんでも屋みたいな集団はいた。そこで転がっているが。
「ひぃ、早く逃げなきゃ俺らも食われちまう!」
「で、でも今は刺激しないほうがいいんじゃない!?餌は食ってるんだ、アタシらのことなんて」
同乗している少し裕福そうなご夫婦が怯えながら意見を交わしている。ちなみにあの蟷螂は馬程度で確かに腹は満たせるのだが、少し厄介な特性がある。
「あ、こ、こっちを見たぞ!」
「逃げろー!」
食っていた馬を半分ほどで捨てこちらに迫る。
種族名ヒュージ・マンティス。餌を半分食し、半分を巣に持ち帰ろうとするリスみたいな蟷螂だ。
学術的には大きくなって温度変化に強くなったが、冬を越すために餌を多く取らねば行けなくなったのではないかと……おっと。
「あ、あんた何してるんだ!早く逃げ……」
◇◆◇
【Side:一般人】
馬車から悠々と降りてきた、まだ年若い男の子に声をかける。御者の自分が一目散に逃げてしまったのだ、これで犠牲があったら悔やんでも悔やみきれない。
そんな罪悪感か、もしくは単純な親切心か。
ただ声をかけたその頃には、巨大な斧は振り下ろされんとしていた。凄惨な光景を予想し思わず目を瞑る。
悲鳴は何も聞こえない、まだ捕まったばかりか、この後あの馬のように……そんな恐ろしい想像を瞼の裏に幻視し、振り払うように目を開ける。そこには想像だにしない光景が広がっていた。
「
王都にて魔物を調べる研究職のように、実験動物の特徴を述べたようだった。異様なのはその腕。馬の分厚い胴ですら切断した鎌は、少年と呼べる年齢の子の細腕……いや指で摘まれている。
「まぁ、俺以外ではありえないと思うけど、もし魔力を停止させられた場合……」
少年から出る圧力が増したと思うと、蟷螂はなりふり構わずもう片方の鎌を振り回す。しかし最初襲ってきたような精彩さはない。
摘んでいた鎌を地に押し込み、振り回される鎌を蹴り上げると、それだけで巨大な魔物が体をのけぞらせる。あの身体のどこにそんな力があるのかと思ったが、まさか、魔法?あの年齢であそこまでの……
バランスを崩した大々蟷螂へゆるりと近寄ると、硬い皮で覆われていない腹部に、腰の入った拳が打ち込まれる。
「内蔵や体組織も魔力で補強しているので――」
陥没に留まらず、腹部に文字通り拳大の穴が空き、紫色の体液が漏れ出す。腕についたそれを心底嫌そうに布で拭うと、大々蟷螂に背を向け、こちらへ歩いてくる。
「――そこそこのパワーで殴れば主要な内蔵が潰れて、死ぬ」
光と魔物を背に、体液を拭った布を捨て悠然と歩む姿は気障ったらしくもあるが、同時にそれが似合いすぎていると思ってしまった。
◆◇◆
焦ったー、なんで大々蟷螂なんているんだよ。
そんな魔物相手にして平気かって、周りの人も心配しまくってただろう。いやーやっぱりぶっ壊れてるわ、【確固不抜】。前世の記憶が出てから、このスキルを発動できるようになるのが第一目標だったが、やはりそれだけの価値がある。
前世や生まれてから、やったこともないスキル発動なんてこと、どうやって発動するのかすら意味不明だった。アルガや父に聞いてもあまり頼りにならず本に書いてある反復練習を積んでいたらいつの間にかできるようになっていた。確かにこれは説明しろと言われても難しい。慣れてしまえば呼吸の仕方を聞かれても、息を…?としか言えないようなものだ。
スキルを発動できるようになってから魔力を感じられるようになった。スキルで魔力に干渉できるなら、それも知覚できるようになる。
次に修行段階を進め、魔力をどのようにして止めているか、止め方やそもそも固定している魔力を動かせるのかに移った、ちなみにまだそこは修行中だ。ただその時の副産物で魔力の大きさを測れるようになった。スキル発動をしていなくてもだ。
魔力を持つ魔物にとって、魔力の大きさや総量はニアイコールで強さだ。これは私兵や騎士団の安全確保に付いていき、感覚で学んだ。
長くなったが何が言いたいかというと、ストーリー中盤程度の魔物はもう俺の敵ではなくなっている。
だから見ただけで特に怯えることもなく、大々蟷螂に挑めた。引きこもりが勝ち目もない戦をすると思うなよ。俺は一方的に勝てる戦闘にしか参加しない。
さて、御者の人も無事だし、被害は商会の馬一頭だけで済んだかな。もう少し早く出てあげればよかったかもしれないけど、まず戦力分析が必要だったし。強そうだったら怖いし。
「お、レベル上がってる……」
ステータスなんて見れない世界だが、俺は魔力の大きさが変化するのを感じ取ることでレベルが大雑把にわかる。大々蟷螂がだいたいストーリー中盤、20~30レベルの段階で倒せる魔物だが、俺のレベルはだいたい10程度だから、レベル差による経験値が結構馬鹿にならない量入る。
「助かったよ、ありがとう!その制服……今更だが学園の生徒さんかい?」
御者のおじさん、そして商会の会頭と思わしき男性がこちらに声をかけてくる。前世だったらどもりまくってドン引かれるところだが、すでにコミュニケーションは修行済みだ。
「ええ、と言っても今年入学なのでまだ学園の生徒と言っていいのかわかりませんが」
肩をすくませ、笑みを浮かべる。この所作が様になることはゲーム内で確認できている。
「新入生!?それなのになんて強さ……」
「この道、それに新入生……もしかして【ルートルー伯爵の麒麟児】エインツ様!?」
「き、貴族様!?申し訳ありま……」
と言って頭を下げようとしてくるのを制する。すごい異世界転生っぽい持ち上げ方……というか、なんだ麒麟児とは。そんな物名乗った記憶はないのだが。
父か母だな。他の貴族に自分の子供のことを自慢しまくっていると聞いてはいたが、まさか商会やトリン領以外の市民にまで広まるほど自慢してるとは。いや広まりすぎだろ。
しばらく雑談に興じ、少しすると馬車が動き始める。商会は新しい馬を呼ぶらしいのでここでお別れだ。そこでなぜ自分の名前がそこまで広まっているのか聞いてみたところ、彼らは学園の関係者で、今年首席入学してくる俺のことを事前に名前だけ知っていたらしい。
ちなみに俺が気安く接してほしいこと、平民に紛れて馬車に乗ったのは自分の意思であることを伝えるとひどく驚いていた。それと同時に「貴族様なのに我々にも…」みたいな会話が発生するのだが、何回か見たことがあるので特筆しない。
しばらく馬車に揺れ、街に付き止まりを繰り返すと、仲良くなった御者のおじさんが声をかけてくる。本来は他の馬車などを乗り継ぐはずだったのだが、世話になった礼ということで俺と学園関係者らしい男性だけを乗せた学園直通の馬車を出してくれたのだ。
「エインツ様!学園、見えてきましたよ」
その言葉に弾かれるように身を乗り出し、前方を仰ぎ見る。そこには何回もスチルで、ムービーで、モニターで見てきた巨大な、城と城下町と言われても信じる巨大な建造物があった。
「ここから始まるんだ。俺の
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