魔王と竜王

@nau2018

一章・序

エルフの少年とドラゴンの少女

暖かい陽光の中、鳥がゆったりと舞う。

精霊界にあるエルフの住まう地域は今日もまた平和であった。


とは言えエルフ界最大の都ルーエルシオンは現在新女王の就任式真っ最中であり、各国の要人達も招待を受けているため警備は厳重で物々しくはある。


しかし都から遠く離れているここルービアンカ地方は平和そのもの・・の筈だった。




ちゃぷ・・。


ルービアンカ地方の外れ。

その外れにあるアピス湖。

その湖の中で白竜が水浴びをしていた。


といってもその竜は丸みを帯びた小型の竜であり、小さな体格はまだ子供である事を表している。


ばしゃん!!


子竜は尾を水面に叩きつけて水しぶきが上がるのを楽しむ。

翼を水に浸けて水面を揺らしてみる。

宙に舞い水面ぎりぎりを飛んでみる。

など色々と遊んでいたが・・・先ほどから誰かの視線を感じていたために、遊びながら辺りを注意深く見渡した。


しかし視線を向けてくる者の姿は見えない。

更に目を走らせる。


それらしき人影は・・・

いない・・・


いや・・・

・・・・いた!!


木々の間、丁度その間からからこちらを見ている者。

それは恐らくエルフだろう。


ばしゃしあぁぁぁぁぁんん!!


竜は尻尾を水面に強く叩きつけ大きな水柱を立てさせた。


その音と水柱に驚き少年は吃驚して一瞬目を閉じた。

竜を見ていたその少年はノートンと言う。

7歳になったばかりのエルフ族の男の子だ。


父親から狩りを教わっていた最中にはぐれてしまい父親を探してあちこち森を彷徨っていると、いつの間にかルービアンカの里の奥地にあるアピス湖に足を踏み入れてしまっていた。

そしてそのアピス湖で竜を目撃したのだ。


「ど・・・どらごんだ!!」


昔話や絵の中でしか知らない存在だが、今ノートンの視界にはそれがいる。


「凄い!!」


そう思ったノートンだが同時に思った


「凄いけど・・怖い・・」


見つかったら多分食べられてしまう・・。

ここで見ていたら竜に見つかってしまうかも知れない。

でも、怖いけど竜はもっと見ていたい・・。


あれこれ考えていた時、竜は尾を水面に叩きつけ水柱を立たせる。

そしてそのままノートンの視界から消えた。


「あ・・あれ?」


居た筈の場所に竜はいない。

居た辺りを見渡しても竜の姿はなかった。

木々に隠れながらも目と首を動かして竜がどこに行ったかをキョロキョロと探す。


と、突然


「こら!!」


という声が聞こえ、ノートンは心臓が止まりそうになった。


「君ね、さっきから見てたの!!」


同い年ぐらいの女の子が横に立っている。


「しーーーー!!、大声出しちゃだめ!!」


人差し指を口に当て、ノートンは女の子に注意を促し湖の方を見た。

今ので竜がこっちに気づいたら・・・

その恐怖がノートンを襲う。


「何かいるの?」


少女がノートンに聞いた。


「うん、竜がね」


「竜?」


「うん、竜がいるんだ」


「・・・・いないけど」


「消えちゃったんだ」


「竜が?」


「うん・・ていうかキミ誰?」


普通に会話をしていたが、考えてみるとこの女の子は誰なのか知らない。

湖から目を外しノートンは女の子の方を向いた。


「えええーーーーー!?」


女の子を見てノートンは驚く。

湖の方に気を取られていたせいで気づかなかったが、女の子は一糸纏わぬ姿だったからだ。


ノートンは咄嗟に目を背け少女に聞く。


「キ・・キミなんで裸なの!?」


「湖で水浴びしてたもの」


「え!? 竜いたでしょ?」


「いないわよ」


「いたって!!」


「いないわ」


・・確かに湖から竜はいなくなっている。

でもいた事は確かだ。

ただまぁ、とにかく・・。


「ふ・・・服着なよ」


少年に言われて少女は眉を寄せる。


「あ、そうそう

それなんだけど、置いていた場所に服がないのよ

キミの仕業かと思ったんだけど」


「ふ・・・服なんか盗らないよ!!」


「・・だよね

う~ん・・困ったわ、ブレスレットとかティアラも無くなってるし」


ブレスレットやティアラという言葉を聞いてノートンは思い当たる事があったのでポンっと手を叩く。


「あ・・・ひょっとして!」


「ん?、何か知ってる?」


「うん、お父さんが言ってたけど・・

この近辺に最近ゴブリンっていう物を盗ったり色々悪さをする奴らが住み着いているって

特にキラキラ光るモノを盗っていっちゃうらしい」


「ごぶりん?」


「うん、ゴブリン」


「そのごぶりんが私の持ち物を盗っていったのかな?」


「分かんないけど・・・そうかも知れない」


ノートンの言葉に少女は腕を組む。


「ん~、どうしよう

ごぶりんの仕業なら本当に困ったわ」


「ねぇ、一度服を置いた場所に行こうよ!!

もしかしたら足跡が残っているかも」


「足跡って、ごぶりんの?」


「うん」


「足跡なんて、薄かったら分からないんじゃない?」


「大丈夫だよ、お父さんに習ってるから!」


「本当?・・分かった、んじゃ行きましょ」


「ん~、その前にさ・・」


ノートンはリュックの中から替えの服を出して女の子に渡す。


「何で服持ってるの?」


「雨とかの対策、それ防水なんだ」


「そうなんだ、ありがとう」


「どういたしまして、ねぇ!!」


「ん?、な~に?」


「僕はノートン!、君は?」


「私は・・私はシルティア!、宜しくねノートン!」


少しダルダルの服を着た少女とノートンは服が無くなったとされる場所まで歩き出した。



エルフという種族が精霊界に出現したのがいつ頃の事なのかはハッキリとした事は分かっていない。

ただ遥か昔は長命とされたエルフ族も現代では僅か100年程の寿命しかなくなっていた。

それが如何なる理由かは判らない。

もっとも、その現象はエルフ族だけではなく他の様々な種族にも共通して起こった事であり竜族もまた例外ではない。


100年程の寿命。

それは丁度『人間』と呼ばれる種族と同じぐらいの寿命でもある。





「ウオ! ウオ! ウオ!」


洞窟の中で奇声を発しているのは三匹のゴブリン達であった。


皮膚は緑色で醜悪な顔つき。

小柄だが、牙と爪は鋭い。


その三匹のゴブリン達は興奮していた。

先ほど湖周辺を散策していると見つけたブレスレットとティアラと服。

ブレスレットとティアラは売れるので売り捌こうと盗ったが服は金になりそうもないので無視する筈だった。

しかし衣服に付いた甘い匂いにやられて服も盗ってきてしまった。


この匂いはとにかく甘くて良い匂いであり、不快な匂いを好む筈のゴブリン達ですら魅了した。

その匂いは洞窟の一角に設けている住居に充満している。


「ウォ ウォ ウォォォォ!!」


一匹はティアラを手に取り、そのキラキラした輝きを眺めていた。


もう一匹はネックレスを手に取り、中央にはめ込まれている宝石の価値を鑑定している。


もう一匹は充満する服の甘い匂いを嗅いで悦に浸っている。


ノートン達はゴブリンの足跡を辿って洞窟に入ってきたが、ゴブリン達はそれぞれに夢中でまったく気づいていない。


岩陰からゴブリン達の様子を窺っていたノートンはゴブリン達が手に持っている貴金属を見て少女に小声で言う。


「ティアラやブレスレットってあれ?」


「うん、あれ!

でも取り戻すにはごぶりんが邪魔ね」


「でもおっかなそうだよ、取り戻すのは無理そうかも」


「任せて!」


そう言うと少女は岩陰からサッと出てゴブリンに叫ぶ。


「こら!!、私の物返しなさい!!」


少女の声にゴブリン達は仰天した。

突然の大声と、まったくの無防備でそれぞれに熱中し過ぎて侵入者に気づかなった事への驚き。


ゴウゥゥゥゥゥ----!!!!


突然洞窟内に風が吹き荒れゴブリン達を吹き飛ばした。


「ウギャァァァァァ!!」


突風に吹き飛ばされたゴブリン達の内の二匹はたまらず洞窟の奥へと一目散に逃げていく。


残った一匹、ブレスレットを握りしめているゴブリンは恐怖しながらも、少女に叫ぶ。


「ソウカ、オ前湖二イタ竜ダナ!!」


何のこと?


「シラバックレテモ翼ガ出テイルゾ!!」


ゴブリンの叫びにノートンは少女を見た。


少女の背から白い翼が生えている。

ノートンは目をぱちくりさせ状況を把握しようとした。


「えーと・・・」


そんなノートンに構わず少女はゴブリンに言う。


「私の物は返しなさい、それとも私を怒らせたい?」


「グ・・・今ナニヲシタンダ?・・何ダ、今ノ風ハ?」


「別に?、ただちょっと翼で扇いだだけよ?」


「ギギ・・翼ヲ多少羽バタカセタダケデアノ威力トハ!!」


「どうするの?、向かってくる?」


「ウググ・・・ムネンサラバ!!」


そう吐き捨てるとブレスレットを放り投げ、ゴブリンはそのまま洞窟の奥へと走り去っていく。


「はい、終わり」


ゴブリン達がいなくなった場所は静かになり少女はティアラやブレスレットや服を拾い集める。

防水用の服から本来着用していた服に着替えた少女はノートンと共に洞窟を出た。


出てからようやくノートンは少女に声を掛ける。


「キミだったんだ、竜」


「ん・・・そうよ、ショックだった?」


「・・・うん、半分」


「半分? 残りは?」


「綺麗で、強くて・・・カッコよかった!!」


そのノートンの言葉を聞いて竜の少女は微笑んだ。

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