雪女になりたい

 雪が降った。




 セーラー服の上にウールのガーデ。さらにその上に紺のコート。

 長靴だけが浮いてる。


 雪が綺麗なのは朝だけ。

 車のタイヤや足跡で溶けて黒く変わっていく。


 それにしてもこんなに積もるのは珍しい。

 降っても翌日には溶けてなくなるほどにしか毎年降らないのに。



 ザクザクと音をたてながらバス停へと向かう。足の感覚がなくなっていた。半ばヤケになって足をすすめる。雪が積もっても大変なだけだと私は思った。


 あ。




 バス停には先客がいた。


 羽生君。


 見間違えるはずなんかない。でもどうして?


「あ、永野さんだ。今、帰り?」


 初めて私だけに向けられた笑顔が眩しくて、私は俯く。


「うん。」


 ほんとはずっと見てたいのに。恥ずかしくて顔が上げれない。


 私、変な格好してないかな。


 急に気になって、そわそわと三つ編みを触る。


「俺も今、帰りなんだ。バスって少ないのな。いつも自転車だから知らなかった」


 そうだ。羽生君はいつも自転車で学校に来ている。


「座れば?」


 羽生君が腰掛けていたベンチは小さくて。隣りに座ると肩が触れたままになった。羽生君のぬくもりが伝わってくる。神経が全部肩にいくような感覚。酷く熱い。


「よく積もったよなあ。明日、溶けるかな」

「どうだろうね?」


 内心溶けなくていいと思った。


 薄暗くなった辺りに私と羽生君の息が白く残る。火照った頬に冷えた空気が気持ちいい。


「バスあと十分だ」


 永遠に来なければいいのに。


 恥ずかしいような嬉しいような、複雑な気持ちで心臓が痛い。苦しいくらい。でもそれでも一緒にいたい。


「寒くない?」

「うん。たくさん着てるから」

「でも、マフラーないよ?」

「あ、忘れてきちゃった」


「永野さんのバスは何時?」

「後二十分ぐらいでくる」

「じゃ、これ貸すよ」

「で、でも!」

「はい」


 にこっと人懐っこい笑顔を向けられて、私は何も言えなくなってマフラーを受け取った。


 羽生君は誰にでも優しい。だから勘違いしちゃいけない。でも。やっぱり嬉しい。


 羽生君のマフラーを私が巻いてるなんて、嘘みたい。

 なんだか口がほころぶのを必死で抑えた。


「あ、バスが来た。

また明日ね、永野さん」



 バスに羽生君が消えて、私の隣は急に寂しくなった。

 でも今でも触れていた肩は熱を持っている。


 今日、初めて知った。

 羽生君は笑うと右だけに小さなえくぼができるんだ。


 思い出して、私は微笑む。宝物を発見したような気分。


 貸してくれたマフラーに両手で触れる。自分でない匂いをほのかに感じて、トクンと心臓が跳ねた。


 なんて幸せな日だろう。





 雪は好きじゃない。

 でも羽生君を独り占めできるなら、毎日でも降って欲しい。



 ふと思いついた。雪女になら雪を降らせられるかな。そうなら雪女になりたいな。



 明日も雪になあれ。



                       了

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