第六話 襲撃と邂逅
「待ってくれ――――なんて聞いてもくれなかったな」
そうポツリとつぶやくけど、それに応えるのは、夕焼けをバックに飛ぶカラスの鳴き声のみ。心なしか、取り残された僕を馬鹿にするかのように聞こえてくる。
「僕に、みんなと同じような力があれば」
こんなに、惨めな思いをせずに済んだのかな。
彼らに、後ろめたい思いを抱えずに済んだのかな。
こうして、毎日のように膝を抱えてうずくまるようなこともなかったのかな。
今は、動きたくない気分だ。道路の脇にある木にもたれかかって、へたり込む。
傍から見たら怪訝な目で見られるようなものだろうけど、幸いなことに、さっきのあのカップル以降人が通った気配はない。そもそもここは僕の町とクリオネを結ぶ裏道のようなものなので、この時間は本来人通りも少ない……というか、ほぼない。
何分ここは夕焼けがきれいなところなので、さっきのカップルは偶然見つけて通りかかったとかそんなところだろう。
子どもたちはつけてきたんじゃないかな。どうでもいいけど。
そんな風に、投げやりな気分に、もとい、今までのことがどうでもよくなってしまうくらいには、僕は気分が落ち込んでいた。
暫く、落ち込んだ気分に身を任せ、うずくまってじっとしていた。
……だから、ってわけじゃないんだろうけど。
まるで、そのブルーな気持ちに引き寄せられたかのように、地を這うような鈍い音が、突然唸った。
その、異様な音に気づいて、顔をふと上げた時にはすでに、空中に黒い穴がぽっかりと開いて、僕の身の丈を超える怪鳥が3匹ほど、顔をのぞかせていた。
「魔……獣!?」
初等部のころに得た知識が頭をかすめる。
イーグリア、低級の魔獣であり、ギフテッドを使えば中等部の人間でも撃退、または身を守れる魔獣ではある。
けれど、僕にとっては、到底太刀打ちできない大きな脅威。
声が出ない。おそらく、恐怖で頭がいっぱいだからだろう。
逃げ、なきゃ。そう直感で感じて立ち上がろうとする。けど、足がもつれて倒れてしまう。
その音に反応してか、魔獣が三匹、こちらを見下ろす。
エモノ、ミツケタ。そんなことを考えてそうな、どう猛な目をしながら、こちらち向かってとびかかってきた。
急いで立ち上がって、走り出す。とにかく早く遠くまで行こうと必死に足を前へ繰り出す。
けど、それをあざ笑うかのように、一匹の怪鳥が翼をはためかせる。
あたり一面を暴風が包んで、僕の周りをかき乱す。
「っ……あ……!」
風に体をさらわれて、思い切り宙に浮いてたたきつけられる。
鈍い痛みが全身を包む。息が詰まって呼吸ができない。動けない。
地面に伏して震えてるところに、僕を囲むようにして魔獣が降り立った。
そいつらの目を見ると、にんまりと嗤ってるような気がして腹が立ってくるけれど、戦う手段をなにも持たない僕が、かなう相手じゃない。
オリヴィアや、シルヴィア、ほかの人たちであれば、きっとこんな相手屁でもないはずなのに。
悔しい。何もできず、ただやられるだけしかできないことが。
思えば、ろくなもんじゃなかった。蔑まれて、馬鹿にされて。頑張ってりゃ何とかなるかななんて言い聞かせて、ずっと我慢してきた。
こんな所で終わりたくない。せめて、心から笑って終わりたいのに―――――!
そう考えてるうちにも、魔獣たちは僕を食い殺さんと、飛び上がって突っ込んでくる。
ああ、おこがましいかもしれないけど、僕はまだ、まだ、
「死にたく、ないのに――――――!」
瞬間、その呟きに呼応するように、
まばゆい光が、僕の目を焼いた。
少し遅れてその光は、巨大な炎の光だと、認識する事ができた。
その光が、徐々に収まっていくに従って、炎を身に纏わせる、1人の髪の長い人が、立っていた
––––––––––––……。
–––––––––炎が目の前に広がる。
1人の可憐な美少女を中心に、目も眩むほど、眩しく鮮やかに光を放つ炎が広がっている。
艶やかな黒色の髪に
燃えるような深紅の瞳を携えた彼女に視線が吸い込まれていく。
その姿はやたらにくっきりと浮かび上がるように存在感があって。
どこか神々しかった。
だからだろうか。それとも単純に突然のことでびっくりして、呆然としてるだけだろうか。わからないけど、尻餅をついたまま体が動かない。
「……危ないところだったわね。少年?」
そう、目の前の少女は見た目のイメージとは全く異なる、落ち着きのある口調で呟いた。
僕より少し年上にみえるものの、それでも「少女」を彷彿とさせる彼女の見た目とは、どうしても合わない口調だ。
そして、周りに目を落とす。
彼女が目を向けた「その周り」にはあるものが転がっていた。
そう、幾ばくかの獣の残骸。
無惨にも燃え尽き、骨のみとなった、獣の燃え滓。
魔界からやってきて村や畑を襲う「魔獣」と呼ばれる獣の、成れの果てだ。
「少しばかり加減はしたつもり、だけど……、やり過ぎたみたいね」
僕はアレに食いちぎられるかと思っていた。
死ぬかと思って目を閉じようとしたその時、鮮烈で、巨大な光の柱が目の前に飛び込んできて。
それは、まるで一つの星が大きく弾けたような、目も眩むような光景で。
彼女が姿を表したのは、その直後だった。
「天界からあなたの事見つけたと思ったら、魔獣に殺されかけてるんだもの。びっくりしたわ」
そういう割には特に取り乱した様子なく、彼女はじっと僕を見つめている。
そして、そのままにこりと優しく微笑む。
その表情は、普通ならどきりと心臓が跳ねるものなのだろうけども、今はそれ以上に驚きが体全身を包んでいる。
「でも、こうして君に力を見せる形で現界できたから、まあよしとしましょうか。きっとこの方が、説明も楽になるだろうし」
そうして、未だ腰が抜けたまま、へたり込んでいる僕の元へと歩んでくる。
その歩き方はとても綺麗で、どこか別世界へと連れて行こうとするかのような、そんな感覚に囚われた。
「まぁ、現界してしまった以上、今見せた程度の力すら出せなくなってしまったけれど。だから−−−−−−−−−」
彼女は、僕の目の前で歩みを止めて少しの間見下ろした後、しゃがみこんで僕のことをじいっと見つめる。
「貴方に憑依させてもらう必要がある。その膨大な魔力をもった貴方こそ、この炎の大精霊、クリムゾンの力を行使するにふさわしい存在よ」
困惑して、上手く回転しない僕の頭でも、一つはっきりと捉えきれた言葉があった。
炎の大精霊、クリムゾン。人間より上位な存在であり、この世界を作ったとされる精霊の中で炎を司るとされる精霊。
知る人ぞ知る、高名な大精霊。そんな大精霊が、僕の目の前にいる。そんなの、側から見たら信じられないことだけど。
あの火の柱–––––––––––––、自然系の力を使える人間が出せる威力のそれとは程遠かった。
まさに、神業。人が行き着けるかわからない領域の威力だった。
だから、この状況下で大精霊と言われても、妙に違和感なく飲み込んでしまう自分がいる。
「さぁ、フィスト・スカーレット。契約して私の力を最大限引き出すために–––––––––––––
そしてこの僕の名前とともに発された彼女の言葉は、
とても鮮明に脳裏に刻み込まれた。
「……すみません。詳しい説明を求めます……」
それと同時に訳がわからなかった。
ようやく発せた言葉は、とても情けない口調だった、気がする。
でも、それはきっと仕方のないことだな、と思うよ。
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