part4

『友香里さんでしょう。如月友香里さん、貴方の依頼人は』

 本来ならば『依頼人については話せない』と答えるところだが、向こうがこうもあっさり見抜いていたのではそうも出来まい。

『ええ、そうです。如月さんから何故貴方が奥さんを択んだのか、納得が行かないから確かめて貰いたい。それが依頼の主旨です』

 小川徹氏は、暫く腕を組んで考え込んでいたが、やがて答えた。

『妻の顔をご覧になったでしょう?』

『ええ、見ました。それが何か?』

 また一口茶を飲む。

『彼女、顔が右半分ないんです』

『ない、とは?』

『言葉通りの意味です。正確には”削られている”というべきでしょうか』

 徹氏の話によれば、最初知り合った時から、彼女の顔はああだったという。

 彼女・・・・妻の名前は紗子さえこという・・・・は、生後六か月目に右側の頬に小さな腫瘍が出来、それが成長すると共に、大きく広がっていったという。

 何度も医者に通い、診察を受けたが、原因は分からなかった。しかし複数回手術を行った結果、腫瘍はそれ以上広がることがなかったが、顔面の右半分の皮膚と筋肉の一部を失うことになった。

 それ以外は視力も正常だし、他の点では全くの健康体だった。

 だが、女性として顔が生まれながらに傷つくというのは、どれだけの負担だったか、想像するに難くない。

 当然あちこちで酷い目に遭わされた。

 彼と知り合う前に一度だけ結婚をし、二児を設けたが、前夫は他所に女を作って離婚、以後は実家で両親を助け、家業を手伝っていたという。

 徹氏と知り合ったのは、遠縁の紹介だった。

 当時彼にはまだ恋人・・・・如月友香里がいたが、気が強く、全ての事を独断で決めてしまう彼女に振り回されて、いい加減疲れ切っていた。


 そんな時、知り合いの紹介で彼女と出会った。


『私はすぐに紗子が好きになりました。見た目が気にならなかったかと言えば嘘になります。しかしすぐにそれは解消されました。私には彼女の優しさ。思いやり、そして自分の負って来た災難みたいなものに全く負けない明るさに魅かれたんです。』

 それから、交際が始まった。

 結婚を申し込んだのは徹の方からである。

 最初彼女は交際の申し出にさえ躊躇ちゅうちょしていた。

 当り前だろう。

 顔の事もそうだが、彼女は二児を設けながら、夫に棄てられた女である。

 男性不信もあった。

 だが、徹は少しづつ時間をかけ、彼女の胸にあった氷を溶かしていった。

 そして正式に婚約をし、今に至るというわけである。

『友香里さんに対する感情はともかくとして、仕事に対する未練みたいなものはなかったんですか?以前の勤め先で聴いたんですが、貴方はあのままでも部長位にはなれたし、給料だって退職時点で月収40万は軽く超えるくらいのものがあった筈ですが、ましてや貴方は都会育ちで農業なんかまったくやったことがなかったんでしょう?』


『気障な言い方で恐縮ですが、世の中には地位や収入なんかより、もっと大切なものがある。そう気づいたんです』

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