ゲーム×恋廻る~非凡な幼馴染みと平凡な俺

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いつも物語は突然に・・・・・

 セミもうだる夏の日

 隣で座る彼女は突然俺に向かって言った。


「ねぇ、次のゲーム、敗者が勝者の言うことをなんでも一つ聞かなければならない、という特別ルールを設けるのはどうかしら?」


 性別問わず、誰もを惹きつけ魅了する挑戦的で挑発的な微笑を浮かべる彼女。

 小さな顔に整った目鼻立ち、斜陽に照らされ耀う亜麻色の長髪、モデルのような抜群に整ったプロポーション。

 俺は思う。

『なんでも』とはなにか、どこまでが『なんでも』で、なにを含めて『なんでも』なのか……。


「ええ、構わないわ、あなたの思う言葉通りの意味合いで解釈しても」


 そう言った彼女の表情は相変わらず自信に満ち溢れていて、昔からなに一つ変わっていなかった。

 けれど、そんな彼女は気づいていない。次に控えるPC対戦ゲームは『Littleリトル Gigantギガント』は、もっとも俺が得意とするサバイバルゲームの一つだということを。

 チャンスは一度きり。

 彼女に勝利して、俺は伝えなくてはならないことがあるのだ。

 ゆえにこれが、俺に残さた最初で最大にして最後の大一番になる——。


 1


 とある日の土曜日、俺は忙しない足音で目を覚ました。

 のそのそベットから這い出て、顔を洗い、適当に朝食兼任の昼食を食べ終わると、せこせこなにやら慌てる母親に促され、家を出たのが午後一時過ぎ。

 間近に迫る夏を感じながら、自転車を飛ばすこと約二十分。

 俺は、自らが通う高校を目の前にしていた。


「あっち〜」


 照りつける初夏の日差し。

 Yシャツにじんわり滲む汗。

 本格的な夏が間近に迫ることを告げるには十分過ぎる気温に思わず辟易とした。

 今日のような陽光が厳しい日は、普段、文系部に所属する身としては幾分辛いものがある。

 ここに来る道中だって、ちらほら目にしたのは背中に体育会系の部名を背負った学生達だった。見渡した限り制服姿だったのは後先思いかけしても俺だっと思うう……。母校なのにアウェー、笑っちゃうだろ?

 繰り返すようだが今日は土曜日なのだ。

 休日出勤に勤しむ社会人の身としては、小首を傾げたい曜日になることもしばしば、しかし俺達学生にとっては間違いなく休日なのだ。

 そんな日に、誰が好き好んで汗を流そうという思考回路に至るのだろうか。……考える必要はない、まさに今の俺なのだから……。

 自責の念にうちしがれながら、勝手気ままに流れ落ちてくる汗を拭う。


「やっぱ、日頃からクーラーの恩恵に預かっている身としては幾分と辛いものがあよなー」


 だいたい、普段から俺はひきこもりが、好き好んでまでゼェゼェハァハァ荒い息をしてまで、こんなにも同情を禁じえない思いを抱いているのも全部、あの幼馴染みせいである。

 説明しよう。

 その起因となる事件が起こったのは、学校という名の荒波から無事生還を果たした俺が、やっとの思いで自宅の敷居を跨いだ時だった。


「おっ、我が息子よ、やっと帰って来よったか」


 玄関の扉を開けた矢先、やたら溌剌とした声が鼓膜に響いてきた。


「……」


 もはや顔を上げなくともわかる。生まれてきてこの方、散々聞きに聞かされ聞いてきた父親の声だったのだから。

 しかし珍しいこともあるものだ。

 その息子である俺の知る限りでは、大概この時間帯の親父の行動は決まっていて、会社のデスク上でひぃひぃ働いてはずなのだが……。ふむ、もしや悪事を働いてしまったのか、それともポカした拍子に不貞腐れて帰ってきたのだろうか。

 一頻(ひとしき)り思考した末に、どっちもありえそうな話だったので、深く考えないようにした。

 まぁ、どちらにないにせよ、結局上司の愚痴を酒の肴に、忌憚のない話を永遠に付き合わされるのも嫌だというのが偽ざる心情で間違いない。

 だから俺は、颯爽と靴を脱ぎ、一言「帰った」と告げながらその脇を通り抜けようとした。

 けれど、


「むっ、待たないか息子よ、それは少しばかり愛想が悪いとは思わぬか」


 そう言って、ぬっと横から伸びてきた無駄に逞しい腕が俺の右肩を掴みんだ。なるほど、そう簡単には問屋を卸してくれないようだ。

 僅かばかりの抵抗と振りほどこうとしたが、あまりにも掛け離れた力量さの前に俺は屈っすることにした。


「……はいはい、お疲れ様でした御苦労でした。俺たちのために身をこにして働いてくださることに最大の敬意を」

「かぁー!この青二才めが、なんだその投げやりな言い方は!一丁前めにひねくれおってからに。もっと言い方があるだろう?珍しく親父が早く退勤したのだぞ?もっと労を労わぬか、もっと崇め奉らぬか」


 むふぅーと、親父は鼻の穴を広げて訴えてくる。……あっ、鼻毛出てんじゃん。

 しかしなるほど、これは相当面倒だ。

 然り、親父がそういう手段でくるなら、こちらも出し惜しみはしてやらない。

 俺は、まるで明日の天気を言い当てるような口調でジョーカーを切る。


「では、そんな親父に一ついいことを教えてあげるよ」

「む?なんだ言ってみろ。言ってみたところで元より労ってもらうこと自体は変わらんがな」


 そう言って、哄笑する親父。よし、なかなか良い食いつきぶりだ。やはり、早めに退勤してきたことが親父のバイタリティを高めてしまっているようだ。……酷くめんどくせぇー。

 しかしこれ以上被害を拡大させないためにも、息子であるこの俺が責任もって鎮魂してやるのが筋ってものだろう。

 幸い、これから披露するネタは十分にそれに値する。

 俺は深く息を吸い込み、捲し立てるようにこう言ってのけるのだった。


「親父、帰ってきて早々気の引けることを言うのもなんだが、親父のクローゼットの中の一番左端のそのまた奥の引出しの奥深くに温めている……、そうあの秘蔵のお宝本だっけか?あれを今からすべてリビングの上にさらけ出して、珍しくも早めに退勤してきた誇るべき我が父親が無様に地に伏せる姿を眺めるってのは、息子の俺としてもいかがなものかと思うんだが……さてどうだろう?」

「……な、なぜお前がそれを⁉︎しかもあれを美代に報告するだって⁉︎……あ、悪魔の子かお前は⁉︎」


 親父の驚愕ぶりは、漫画などで喩えるのであれば、背後のスクリントーンには電撃が走ったこと請け合い。

 みるみる萎れてく親父は、ついに膝から崩れ落ちたのだった。

 おかげで力強く握られていた肩も随分軽くなった。その分、これまで大事に温めていた最後のネタも尽きてしまったのだが、休日を控えた高揚感を阻害するストレスを抑えるためなら仕方のない処置だったとも言える。


「んじゃまぁ、そういうことで、一旦シャワー浴びてくるから母さんによろしく。……それに、俺は間違いなくあんたの子供だよっと」


 すっかり牙を抜かれて意気消沈する虎の背中に一言いってから、宣言通り、浴室に向かうための準備を行うべく、俺は二十段ほど連なる階段をえっちらこっちら上り、慣れた部屋の中へと無事帰還。

 ベットの上にカバンを放り投げ、簡素な洋服棚から着替えを取り出すと、未だに項垂れる哀しき男の背中を後目に、俺は脱衣場で服を脱ぎ、さっとシャワーを浴びる。


 そして、その他諸々洗い終えた俺が服の袖を通してからリビングに入るまでの約二十分間内に物語の幕ら上がっていた。

 まず、リビングに足を踏み入れ、開目一番に驚愕したのはボコボコに腫れた親父の顔面を見た時だったに違いない。


「……うわぁ」


 L字型のソファーと木製のローテーブルの間に正座している、いや、させられているであろう親父の痛々しい姿を見て、思わず零れたのは悲痛な声だった。


 思考を切り替える。

 何事かと思うが早いか、俺は直ちに原因究明に着手した。だが、遅かった。いや、そんな気苦労など一切必要なかったというべきか、ともすればこれも違う、そもそもがするべきではなかったのだから。

 ピンク色。日本語ではそれを桃色と言う。

 親父の目の前の机に並べられたやけに薄い本達。

 俺は知っている。それは世を忍ぶ仮の姿であり、世の中ではそれをエロ本と呼ぶ。


「まさか、親父……!?」


 乱雑に置かれた無数の男の夢の結晶。仕事を終えたばかりの大黒柱にあるまじき悲惨な姿。


 ででん!!さて、ここからが問題です。


 今導き出したこの二つの要因がもたらす最悪とはなんでしょう?はい、六郎さんが早かった!──って、そもそも誰だよ六郎さんってのは……。

 と、軽く現実逃避よろしくしていたときだった。俺の鼓膜が水面に落ちる雫の如き足音を捉えたのは……。


「あら?駿じゃない、あなたいつの間に帰ってきてたのね」


 はきはきとした女性の声。この人の声もまた、今さら間違えるはずもない。

 俺は、声が聞こえてきた方向にぎくりと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。

 すると、対面式キッチンの奥から姿を現したのは、今年で四十を迎えるとは思えない容姿を持ち、現在はエプロン姿に身を包んでいる、親父の妻にして俺の母、小田原美代(おだわらみよ)、その人だったのだから。


 そして、最悪なことに、もっとも危惧していたことにた、その右手には、鉛色に光を放つ鋭利物が握られていたのだった。


「──か、母さん待った!」


 その姿に軽く戦慄を覚えた俺は、獰猛な肉食動物を相手取るかのように身を低くして、慎重に声をかける。


「母さん、大丈夫だ。よく聞いてくれ。大丈夫、まだきっと間に合うはずだ。確かに、今回はどう足掻いてもののバカ親父が悪い。でも、そんな親父を選んだのは紛れもない母さん自身なんだ。You can believe!そして、そんな二人を結んでいるのは『Love』すなわち『愛』なんだからさ!だからここは一旦冷静になろう!」


 自分で言ってるうちに、一体何の意味があって、こんなにも必死になってまで身も蓋もない、どうしようもなく歯に衣着せない世迷言を口にしているのかよくわからなくなってきた。

 だが、恐らく俺は、無意識の内に察してしまったのだろう。それは勘違いというには見過ごすわけにはいけない類なものだっからこそ──。

 しかし、当の母さんは、息子の幼気(いたいけ)な切望をもともせずただニコニコ薄っぺらい笑みを浮かべて一言。


「——駿、お黙り」

「——ひゃ、ひゃい!」


 貴婦人を思わせる微笑み、今、この修羅場を知らぬ第三者はそう言ってしまうだろうそれはまさしく微笑。

 だが、この震える足が雄弁と語るは身の毛もよだつ恐怖の二文字。その恐怖から目を逸らすように、俺はそっと瞳を閉じた。

 ……ごめんなさい、親父。せめて安らかにお眠り。


「ふふふふふふふふふ……あなた、覚悟はできているのかしら?」

「やっ、やめろ、美代!?いや、美代様!?駿っ、助けてくれ!頼む、いや、ほんとに、マジで!冗談じないからこれ、あっ、やばっ、俺死んだかもてへぺろ、嘘、冗談だから反省してるからァ、うわぁっ、やめっ──、うがぁぁぁぁ!!」


 ドタバタガッシャン!

 痛々しい喧騒が小田原家を包み込みんだ。

 ……もはや何も言うまい。俺は協会に身を捧げたシスターばりの祈りを天に捧げることで現実から目をそらすことに成功したのだった。


 そして、再び小田原家に静寂と呼べる時間が訪れたのはおそらく十分後のことだった。

 そろそろ収拾を迎えただろうかと、天から舞い戻ってきた俺は、暗闇の中で耳を澄ませる。


「……」

 それらしき音は……しない。もう大丈夫だろうか。一応、一、二秒経過してそれらしい音がしないことを再確認してみると──、


「……しくしく」


 ……ん?これは……。

 先ほどまで聞こえてこなかった音源がひとつ。定期的に聞こえてくるそれは、鼻をぐずらせる音に近いだろうか。

 先程までのカオスな状況が状況なだけに、どうしてもことの行く末が気になった俺は戦々恐々と振り、そして、言葉を失う事になった。


「………………」


 今、俺の目の前で起っていることを一言で説明するならば、恐らくそれは悲惨な一言で表現できるようなものでもなかった。

 涕涙(ているい)頬濡らす親父の目の前で、びりびりと、時にはすぱすぱと、一冊一冊切り捨てられていく薄い本達。血も涙もないそんな行動を現在進行形で体現している人物など言わずもがな。──母さんである。


 母親ながら身の毛もよだつにこにこした表情がめっさ怖い。

 五メートルほど離れた座標から見ていてもこれだけ怖いのなら、正面からそれをみている親父には、今、自分の妻がどのように映っているのだろう。悪魔か、鬼人か、それとも閻魔様なのか?

 ちなみに俺には三者三様の幻影が見えている。


 正直言って今からでも逃げ出したい。……てか、前提がおかしい。なんで無関係な俺がこんな思いをしないといけないのわけ?恐怖のし損じゃん。もう、十分味わったから今すぐ逃げ出していいかな?ねぇ、いいよね⁉︎


 誰に問い掛けることもなく産まれたての子鹿のように震える足を、俺はミリ単位で後退させていく。

 親父の不祥事がどういった経緯でバレたのか、到底わからないし、わかりたくもないのだが、不幸のお裾分けなど堪ったもんじゃない。

 親父が地獄の審判の餌食になっている間に、迅速に抜け出すのがベスト。触らぬ母親に祟りなしってね!


 そうこうしている間に、背中越しに感じるヘブンズタイム。肩越しにそっと視線を向ければ、待ちに待ち望んだヘブンズドアの感触。状況確認。標的は未だ親父に夢中……。あとはスライドドアの取っ手に指を引っかけ、ゆっくり開いていく。ここまで来れば勝ちも同然。今度こそさらば親父!


 だが、神は、鬼神は、閻魔様は、そうたやすくは逃してくれなかった。


「あら?駿、どこへ行くつもりなの。まだよ、まだあなたには、私とこの人(バカ)からで大切なお話があるんだから」


 ──ふっ、終わったな。どうやらこの世界には神も仏もいないらしい。

 こうなったらあれだ、使い場は違えど黙秘権とやらを行使する他あるまいよ。え?ここは裁判所じゃないだろって?なぁに、今さら関係あるまい。不都合、不条理、とくればもはや取れるべき手段は沈黙一択。こんなもん、もはや一般常識の範疇だろ?誰でも知ってるよ?


「返事は?」


 図ったかのようなタイミングで母さんは返事をご所望のようだ。だが、とうの昔に答えは決まっている。


「……」


 ぐっと歯を食いしばり、近寄ってくる圧力から懸命に身を守る。


「返事は?」


 推定距離およそ三十センチ。正直やばい……。


「……」


 あくまでも沈黙を貫く愚息に、観念した母さんは頭を振った。……どうやら俺の勝ちのようだ。

 内心ほくそ笑む俺だったが、次に放たれた言葉に肝を冷やされることになるのだった。


「そう、聞きたくないと……。ではあなた、今溜まった鬱憤をあそこにあるPCにぶつけるってのはどうかしら?」

「——なッ!このクソババァ、こっちが黙っていれば——」


 ヒュン。

 風が吹いた。追って、カツンと乾いた音がした。


「……へ?」


 思い過ごしかもしれないが、何か、何かとんでもないものが紙一重で頬の横を通り過ぎていった気がする……。

 背筋を嫌な汗が流れる。おんぼろロボットよろしくと、俺はぎこちなく振り返る。

 ……なるほど、どうやら気のせいではなかったようだ。


 純白色の壁紙に一点の綻び。

 そこには先ほど母さんが持っていたであろう一丁のナイフが突き刺さっていたのだから。その事実に背筋に流れた汗は凍りついしまった。


「……」


 唖然とする俺。

 そんな頼りない肩に、とんっと、追い討ちをかけるように置かれた細い五本指。追って北極を彷彿とさせるような冷酷な声が鼓膜を撫でた。


「……駿くん、へ・ん・じ・はァ?」


 何をバカな質問を……、そんなものはとっくに決まっている。

 俺は曲がった背骨を伸ばし、直立不動の姿勢を示し、伸ばした肘を三十度に曲げて見せる。いわゆる敬礼の構え。そしてそのまま声を張り上げて言った。


「イエス・マム‼︎」

「よろしい、では壱馬さん、最後にこの本だけれど……」


 そんな言葉を残し、背後から母さんの気配は消えた。

 どうやら、命辛々逃げおおせたようだ。しかしあの目は本気と書いてマジと読むぐらい末恐ろしい冷徹さだった。本気(マジ)で殺されるかと思った。

人間の防衛本能なのか、気づいた時には言いなりになってしまっていた今の自分が誇らしいすらある。


そしてこちらが素直になった途端、再び標的は親父へと切り替わったことを鑑みて、なるほど、初めから俺のような小物には要はなかったということか。

 ちらりと肩越しに振り返ってみる。

 そこには、母さんがつまみ上げた本に、縋るが如き右手を伸びしている親父の悲しき姿があった。


「美代、その本だけは!その本だけは——!」 


……あんたら、まだやってんのそれ……と、内心辟易と思いながらも、思っただけで、思いとどまっただけで、結局俺は小物に過ぎなかったようだ。

親父の悲鳴を他所に、再度瞳を閉じたことが何よりも動かぬ証拠だろう。

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