第4話 「あ、おかえりなさいませ。ご主人様っ☆」






ーーキーンコーンカーンコーン……



「終わったぁ、二重の意味で…………」


「ふう……」 



 実力テスト、最後の科目である数学の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、教室全体を弛緩した空気が包んだ。



「奏人、満点?」


「……いや、今回は流石に厳しかったかも」


「奏人でその感覚ならやっぱし今回は全体的に難しくなってるな。平均が下がってくれそうで何より」


「蓮也、実は意外と余裕だろ? そうなんだろ?」


「おれの計算が正しければ大問7の(4)の答えは23/116だ、そうだろ?」


「あっ、引っかけにかかってるな。答えは23/58だぞ」


「畜生! 神は死んだ!」


「でも逆に言えばそれまでの問題をしっかり解けてるからそこまで点数は低くない、というかやっぱりそこそこ点数とってるだろ」


「てへっ」


「うわぁ、いくらお前でも男のその顔は無いわ」



 担任の近藤先生が教室に来るまで蓮也と他愛もない会話をしていると、隣の席、立花瑠璃から誰にも気づかれないように、二つ折りにされた紙切れを渡された。



”今日、やるわよ”



 たったそれだけ。


 でもこれで十分意図は伝わる。というよりいつものことであるし、おれも今日はそのつもりで来ている。


 さあ、ここからは宴の時間だ。






「じゃあな〜奏人、また明日〜」


「お〜う、またな〜」



 ホームルームも終わり、奇しくも割り当てられた掃除当番の仕事を片付けて蓮也に別れを告げる。


 これだから出席番号前半は。何もテストの日にまで掃除をさせないでもいいだろうに。


 既に舞台は放課後。部活動が始まる時間を過ぎており、グラウンドからはランニングの掛け声も聞こえる。


 おれも早足で部活動をするためグラウンドへ………ではなく特別棟にある空き教室へと足を運ぶ。



『日本文化研究会』



 と書かれた掛け看板がついたドアを開け、靴を脱いで和室造りになっている中へと入る。


 厳かな茶の間の造り。


 障子を開いた先には可憐に添えられた生け花、屏風に掛け軸。


 そして学校備品のテレビの前でゲーム機片手に、コーラ、ポテト、チョコレートと完璧な布陣で陣取る女子がいた。



「や〜っと、来たわね。もう始めちゃったわよ奏人くん」


「みたいだな。見ればわかるよ、瑠璃さん」



 覚えているだろうか?


 隣の席でとてつもない美人な上に成績は学年一位、才色兼備を体現した立花瑠璃との間に、おれは二つ接点があると言ったのに一つしか説明していなかったことを。(第二話参照)


 一つ目は以前にも言った通り、勉強のライバル。


 そして二つ目はここ、『日本文化研究会』に所属するメンバー仲間である。


 『日本文化研究会』とはつまり、近年新たな日本文化を台頭するゲーム、アニメ、漫画、ライトノベル etc……そこに属するジャンル諸々を心ゆくまで堪能、もとい研究するための同好会である。


 ぶっちゃければオタクの巣窟。


 壁に目を向ければ本棚一杯の漫画にラノベ。40インチのテレビには堂々とゲーム機各種が備えつけれており、元々は茶道部の部室だったためか冷蔵庫にクーラー、簡素な炊事場までついている完璧仕様。


 え? 何で学校にこんな設備があるかだって?


 あるものはあるんだから仕方がないじゃないか。


 とはいえもちろんこの贅沢空間の恩恵を誰彼構わず享受できるわけなく、この研究会に所属するためには学年で二十位以内の成績に入っていないといけない。(二個上の先輩が学校側との交渉の末にその条件で落ち着いたらしい)


 そのため現在のメンバーは三人。


 ここにいるおれと瑠璃さん、あとは日向さん(またまた第二話参照、菜々の友達)の三人だ。


 瑠璃さんの横に座り、自前のコントローラをゲーム機に繋ぐ。


 スマ○ラを一人プレイから二人プレイに切り替えて細かいルール設定をしていく。



「日向さんはまだ来ていないのか?」


「彼女なら今日は急用ができたみたいでこっちには顔を出さないって放課後に直接言われたわ」


「そっか、なら今日は久々に二人だけか」


「密室で二人きり……ドキドキするわね」


「密室じゃないから、鍵はちゃんと空いているから」


「久々の宴だもの。奏人くんが欲に溺れないか心配だわ」


「おれはむしろ瑠璃さんの方が心配だけどな」


「あら、私は欲に溺れるようなはしたない女性じゃないわよ? ちゃんとした淑女だもの」


「そのセリフ、十分後の自分に聞かせてやってくれ」






ーー十分後……




 その空間ではおよそ高校生の男女が醸し出す雰囲気などなく、ただ多種多様なボタンを連打する音、及びある種の熱が支配していた。



「あっくそっ、掴みからのハメ技か」


「はははは、吹っ飛びなさい!!!!!」



「ちょっと! それは聞いていないわ!」


「いやいや、今の緊急回避は甘いって」



「ガード割れたか……」


「ふふん、ガード管理が甘いんじゃないかしら?」



「ラグ! 今の絶対ラグだから!」


「て言われてもな……」



「あ、ラッキー……」


「…………(ミシッ)」



 強攻撃を入力したタイミングで折りよく、瑠璃さんの操作するキャラクターが攻撃判定内に入り込んできて場外に吹っ飛んで行った。


 ノーアイテム、三ストック制でおれが一ストック残してゲームセット。



「じゃあおれの勝ちってことで……」


「っ嫌よ!」


「まだ何も言ってないじゃん」


「どうせ例にもれずアニメマラソンが始まるんでしょ」


「分かってるなら別にいいか。さてさて……」


「ヤダヤダ! 私今日は心ゆくまでゲームするって決めてたの! FFで可愛い女の子のパンツ追い求めるって決めてたの!」


「おいこら、淑女はどこに行った」



 当然だがこの部屋にテレビは一つしか置いていない。


 となると互いにテレビでやりたいことがあった時には衝突することもあるわけで。よってうちの研究会ではその日のテレビの使用権をスマ○ラによって決めているのだ。



「ヤダヤダヤダーーー!!! パーンーツー見ーるーのー!」



 普段の才色兼備でまさに淑女然とした姿しか知らない人たちがこの光景を見たらどう思うのであろうか。



「もうすぐ最終章の映画公開だからな。今のうちにもう一回は復習しとかないと」


「むう……堂々と無視するのね」


「一年も経てば相手にするだけ無駄だって分かるよ」


「あら心外ね、じゃあこういうのはどうかしら?」



 そう言って瑠璃さんはおれの首に手を回し、上目遣いでとても甘えるような仕草で一言。



「だめ…………?」 



 おれの鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い匂いに、すぐ近くに感じられる吐息、そしておれよりほんのり高い体温にあてられて自分でも分かるほど頰が紅潮する。



「っ〜〜〜……近い!」


「あら、あらあらあら?」



 楓とはまた違う、余裕のある女性の態度が前面に押し出されたおねだりに耐えられず、思わず身を引いてしまう。


 瑠璃さんは咄嗟に距離を取ったおれを見て少し驚いた様子から一転、ニヤニヤとした顔つきをしていた。



「奏人くん」


「……何?」


「ちょろいわね」


「うっせー」


「女がおねだりしたら誰にでもオーケーしちゃうのかしら?」


「……やっぱり、今のは楓の真似か」


「まあいいわ。今日のところは無人島の開拓に努めるわよ」


「余計なことせずに最初からそうしてくれ」


「あら、反応を見る限り余計なことでは無かったようだけれど?」


「ノーコメントで」



 それからおれはテレビで映画の復習を、瑠璃さんはスイ◯チで無人島の開拓と互いに思い思いに時間を過ごしていた。



「ねえ奏人くん」


「ちょっと待って今いいところだから」


「確かに」



「「………」」



 雪の中、傘をさしているも鼻先と頰、足の指まで寒さで真っ赤に染めて主人公の帰りを待ち続けていたヒロイン。



「健気で可愛すぎる」


「ほんと、好きになっちゃうわ」



 そのままラストを迎えて主題歌とともにエンドロールが流れ始めた。



「今日のお昼休み教室に来ていた女の子、妹じゃないでしょ」


「そうだよ〜………………あ……」



 映画の余韻に浸っていたせいで何も考えず返事をしてしまった。


 いや別に隠すつもりはなかったし、瑠璃さんなら言っても全然大丈夫だろうし。



「よく分かったな」


「乙女の勘よ」


「何、二年生からはそのフレーズを持ちネタにするつもりなのか?」


「新学期早々シスコンの称号を付けられた人に言われたくないわ」


「おれは断じてシスコンじゃない」


「ええそうね、先輩という立場を利用して幼気いたいけな後輩女子の頭をクラス中に見せびらかすように撫でて甘えさせるただのクズだったかしら」


「ストレートにそんなこと言われると傷つく」



 客観的でなおかつ辛辣な意見はとても心を抉るんだよ?ほんとだよ?



「はぁ……それで、あの女の子は奏人くんとどんな関係?」


「どうって言われても、隣の家に住む女の子としか」


「なるほど。隣の家に住む一つ年下の女の子。小さい頃から家族ぐるみの付き合いがあって、さながらほんとの兄弟のように育ってきた」


「瑠璃さん?」


「兄と慕っている彼が小学校から中学校に進学するときは見慣れない制服姿にドギマギして、けれど自分はまだ真っ赤なランドセルを背負ったままの子供」


「おーい……」


「やがて一年という彼女にとって長い時を越えてついに自分も中学生。彼と同じ中学の制服に袖を通した姿を鏡で見てははしゃいでしまう女の子」


「ブルーレイ片付けるか……」


「小学校の頃と同じように、けれど第二次性徴を迎えて性の差を段々と感じ始める二人。そのちょっとした気まずさに、お互いに照れながらも表面上はなんでもないように装って振る舞う」


「ふぁ……眠い」


「奏人くん、あの子の誕生日はいつかしら?」


「え、9月21日だけど……」


「奏人くんの誕生日は3月2日、つまり一年のうち数ヶ月は同い年になる期間があるわけで、そんなちょっとしたことに今でも心躍らせるてしまう乙女」



 長いギャルゲーのようなプロローグの末、そこで息を吸って力強く最後の一言。



「満を持して同じ高校に進学っ!まさに古き良き歳の差関係っ……! 爆発すればいいのにっ……!」



 妙に力のこもった爆発しろ宣言に瑠璃さんは息をあらげている。



「ふぅ……」


「やっと落ち着いたか」


「爆発すればいいのに」


「おかわりいらないって。もう満腹だから」


「このこと、本庄さんは知ってるの?」


「長ったらしいギャルゲーのプロローグのこと?」


「違うわよ。あの女の子が妹じゃないってこと」


「まあ菜々に限らずうちの中学出身の人なら大抵知ってると思う」


「筋金入りのシスコンもどきじゃない」


「だからシスコンじゃな……もどきなら間違ってないか」


「納得。だから彼女あんな表情……」


「瑠璃さん? なんか言った?」


「別に……それより奏人くん、やっぱりあなた難聴系鈍感主人公の素質があるわよ」


「何その報告。全然嬉しくないんだけど……」




ーーキーンコーンカーンコーン……




 18時を報せるチャイムの音が響いた。



「もう下校時間ね。帰りましょうか」


「そうだな。是非そうしよう」



 これ以上変な称号や素質を見つけられるのは御免だ。


 部屋を軽く片付け、しっかりと戸締りをし、帰り道は逆方向のためいつも通り校門の前で別れて帰路についた。



「帰って風呂洗って、弁当箱洗って、洗濯はまだ大丈夫なはず。今日は宿題もないし、晩ご飯は………そっか、今日は菜々が家にいるのか」



 自信満々に晩ご飯を作るなどと言っていたが本当に大丈夫だろうか?


 ・ ・ ・


 ダメだ……あいつの女らしいところを見た記憶が一切ないせいかロクな結末が思いつかない。


 ……念のため、何か適当な惣菜でも買って帰るか?


 いやいや、それじゃあ菜々に失礼すぎる。ここはあいつの言葉を信じてみることにしよう。


 めちゃくちゃ不安だけど……


 悩みながら歩いているうちに家の前へと到着し、意を決して玄関扉へと手をかける。



「鬼が出るか蛇が出るか……」



 深く息を吸って扉を開いた。



「ただい……」



 久しぶりに自分以外の誰かが家にいるということで、長らく口にする機会がなかった『ただいま』を大きな声で言うという、おれにとって少し嬉しくなるイベントは……



「あ、おかえりなさいませ。ご主人様っ⭐︎!」


「ちょっと待て! 何やってんの!? 何やってんのお前!?」



 裸エプロンにうさ耳、魔法少女ステッキを持った幼馴染みの奇想天外な出迎えのせいで最後まで完遂されることはなかった。


 ほらな? だから言っただろ。この純天然な幼馴染みバカは絶対に面倒くさいことをやらかすって…





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