37.聖騎士、術師、盗賊二名

「ローザ。エリアとヘンリーを助けてくれてありがとう。野薔薇の護衛となれば心強かったはずだ」

「礼は不要だ。むしろお前の救援のお陰で、護衛依頼を無事に遂行できた事に感謝している」


 スレイは、事情聴取を終えて一息ついていたローザにお礼を伝えにいった。

 おそらく彼女が居なければ、エリアとヘンリーの二人がローランドたち三人に対抗するのは不可能だっただろう。


「それにしても、スレイ。面白い術を使うじゃないか。あれが以前言っていた錬金術というものか」

「ああ。変成術というのが正確だけどな。……それより、これからどうするんだ?」

「一旦休憩としよう。皆、疲れているが、犯罪者と分かっている連中をルーンサイドに入れるわけにはいかない。……しばらくの間、ここで仲間との合流を待ちたい」


 ルーンサイド側から駆け付けたスレイとロイドを除く全員、身体、精神と共に疲労の色が見えていた。

 エリアはずっとロイドの傍を離れようとしない。ヘンリーも疲れているのか木にもたれ掛かってうずくまっている。

 ローランドは相変わらず気絶したまま。ガンテツとグレゴリーは縛られたまま神妙にしていた。


「『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の住家で起きた事件は捕捉出来ているはずだ。きっと応援と共に駆けつけてくれるはず」


 ローザは冒険者としては仲間を持たない主義だったが、王都界隈の新しい情報を常に持っていた。仲間とは情報提供役の盗賊だろう。信頼のおける『シーフ』と契約を結んでいるのは有名な話だった。

 冒険者ではなく街の情報収集を専門に仕事をする盗賊と予想しているが、そういった人間がこんな王都から三日もある離れまで来てくれるのだろうか。


「このルーンサイドの近くまで来てくれるっていうのか? 直接連絡を取ったわけではないんだろ」

「十中八九来てくれる。私の意を汲んで思惑通りに行動してくれる事が多い。その辺りは割と信用している」


 以心伝心というものだろうか。発言から強い信頼関係が窺えた。所属していたパーティーがたった今、空中分解を起こしたばかりのスレイには眩しさを感じずにはいられない。

 そしてローザが言い終えた時、南の方角、セントラルシティ側の街道から笛の音が聞こえてきた。

 スレイが振り向くと、遠くに馬車の姿が映った。


「……噂をすれば。早かったな。いや、もう少し早ければ大助かりだったが」

 

 ローザは苦笑いを浮かべると、懐から小さなホイッスルを取り出して、馬車に向かって吹き返した。

 数秒後、再び馬車からは笛による応答がある。どうやら仲間とのサインに使っているらしい。

 馬車はだんだんと迫り、スレイ達の一〇メートルほど前で停車する。

 幌付きの荷台から下りてきたのは、四名の男女。


「……おお、レイモンドの仇討ちと意気込んでいたけど、ぼくたちの出番はなさそうだなあ」


 最初に下りてきたのは銀髪の青年だった。端正な顔立ちをしているが、糸のように細い目が特徴的で、まるで目をつむっているかのようである。

 レイモンドと同じく聖騎士の証である聖なる鎧を身に付けていた。偽装でもしていない限り聖騎士で間違いない。

 背は高くやたらほっそりしていて、レイモンドのような頑健な雰囲気はなかったが、研ぎ澄まされたような鋭さを感じた。冒険者の役割に例えるならば『アタッカー』寄りだろう。

 腰には一際目立つ、宝飾の付いた長剣の鞘を差している。


「本当に意気込んでいましたか、ヴァレンティノさん? ……外道勇者は捕まったみたいですね。……カイルさん、あそこでのびている金髪が勇者ローランドで間違いないですか?」

 

 次に降りてきたのは魔女帽を被った小柄な女性だった。

 年齢はわからないが、マロンブラウンの髪に両サイドの太い三つ編みが幼さを強調させている。声も幼い。

体格に見合わない大きな杖を手にし、首には聖王国の者の証である聖紋章の首飾りが下げられていた。


「ああ。あいつが勇者ローランドで間違いない。レイモンドの部屋で問答の果て、抜刀して刺殺した。ブリジットも一緒に監視していたから」


 三番目に降りてきた、カイルと呼ばれた無表情の男性はおそらく盗賊である。例のローザと協力関係のある『シーフ』かもしれない。黒髪黒目、中肉中背と一見特徴に乏しい青年だが、何処か只者ではない雰囲気を纏っている。

 腰の革帯ベルトには丈の短い剣鞘を二本差してあった。

 

 そして、最後に降りて来たのは小柄な赤毛の女性。

 スレイを始めとして、ここで待機している者がほとんど見知っているであろう顔だった。


(……ブリジット!) 

 

 名前を聞いた時にまさかとは思ったが、スレイのよく知る『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の盗賊だったブリジットだった。

 ただ、以前とは見た目が異なっている。特徴的だった長いツインテールはバッサリと切られていて、赤毛は飾り気のないショートヘアになっていた。

 小柄な上に平坦な体付きもあいまって少年のような風貌である。ただ、その中性的な雰囲気は以前の髪型より良く似合っているようにスレイは感じた。

 そして、顔つきは少し凛々しくなっている。パーティーを追放されて何か心境の変化があったのかもしれない。


 ブリジットもかつての仲間たちの視線に気付いてはいるようだが、わずかに頭だけ下げると、何事もないようにカイルと呼ばれた盗賊の後ろに付いていた。

 明るくハイテンションでやかましかった彼女からは想像の付かない変貌ぶりである。


「カイル、よくここまで来てくれた。ブリジットも一緒だったのか。……後ろの二人は」

「王都在住の聖王国の人間だ。助っ人として連れてきたが一足遅かったな。ローランド、ガンテツ、グレゴリーの逮捕も彼らに任せていい。……詳しい事は二人に聞いてくれ」


 カイルは聖騎士と女性術士の方を指すと、役目が終わったとばかりに後ろに控えた。

 それに気付いた細身の聖騎士の方はにっこりと笑うと、この場で待機している全員が視界に捉えられる位置まで移動した。


「やあ。初めまして。ぼくは聖王国のヴァレンティノと言います。どうも済みません、遅くなりまして」

「サンドラです。聖騎士レイモンドを殺害した外道勇者を捕えて頂き感謝します」


 二人はそれぞれ自己紹介を行い、サンドラと名乗った術師らしき少女は御辞儀をして、ローランドを捕縛した事の感謝の意を示した。

 ただ、聖王国はレイモンドという優秀な聖騎士を失っている。しかも冒険での事故ではない。

 これからの補償を含め、なんらかの話し合いが持たれる事になるだろう。

 スレイはそう思いつつも、極光の嵐オーロラストームの成れの果てである黄金の塊を見た。

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