35.回復処理

「……スレイさん、今すぐ治療しますから」

「……はは、大丈夫だ。……くそ、相変わらず弱いな俺は」


 慌てて駆け寄ってきたエリアに、スレイは切断された右手を左手で繋げつつ、苦痛に顔を歪めていた。


完全回復パーフェクトヒール

 

 祈りの動作に入ったエリアが詠唱を終え、手にした聖杖から淡い光が放たれた。切断された手は元通り、以前と遜色なく繋がっている。

 スレイは元通りに戻った右手の動作を確認し、手や指が今までの感覚と変わらない事を確認すると、安心したように一息ついた後、エリアに笑いかけた。


「……この状態でも治せるなんてな。エリアが居てくれて助かったぜ」

「……スレイさん……うああああ」


 手の治療が終わると、エリアがスレイに身体を預けるように抱き着いた。縋りつく身体は震え、瞳からは涙が溢れ始めている。

 刃を突き付けたローランドと対峙した時は、全く臆する事なく気丈に振舞ってはいたが、必死に恐怖と戦っていたのだろうと推測できた。

  

 抱擁するスレイとエリアの様子を見て、一息つくと、ヘンリーがロイドの方に近づいた。 


「……ロイド、お姫様はようやく騎士に再会出来たみたいだ。……僕なんかで悪いけど勘弁してくれよ」

 

 ヘンリーが一言謝罪を入れつつも、負傷したロイドに近付いて神聖術の祈りの動作を始めた。


重傷回復グレーターヒール


 Bランク神聖術の重傷回復グレーターヒールが完成し、淡い光がロイドの深い傷を癒していく。

 身体を休めていたロイドはゆっくり立ち上がると、ヘンリーにじゃれるように飛びついた。


「ロイド! ああ、久しぶりだな。本当に助かったよ!」


 ロイドにヘンリーは抱き着いて応じると、褒めるように頭を撫でて再会を喜んだ。

 

「うぐううううう……頼むうう! 僕の手も完全回復パーフェクトヒールで治してくれええええぇ!」


 ローザに捕縛されているローランドが情けない声で叫んだ。

 彼は黄金の塊の重みに耐えきれず手首が破壊され、開放骨折の状態になっている。

 言う通り、手の再生には完全回復パーフェクトヒールが必要となるが、今さっき殺そうとしたばかりのエリアによくそれを頼めたものである。

 エリアは判断を仰ぐ為、ローザの方を見た。


「エリア、こいつは二度と剣を握らせてはいけない人間だ。かといって今死なれても困るが。……ヘンリー、通常回復ノーマルヒールでローランドの血止めを」

「……わかった」


 Dランク神聖術の 通常回復ノーマルヒールでも傷を塞いで血止めをする事は可能である。

 ただ、この状態で塞げば手は元に戻らなくなるだろう。

 

「ヘンリー! やめろ! 通常回復ノーマルヒールはしないでくれ! 治療はエリアに!」

「黙れ。……エリア、感動の再会中に悪いが、ガンテツの甦生を試みてくれないか?」


 ガンテツはヘンリーの神の雷鎚アークサンダーが直撃し心肺が停止しているようだった。

 ヘンリーは温和で一見頼りなさげな処もあるが、Sランクの魔術を操る『マギ』である。

 瞬間的な火力でいえば『爆ぜる疾風ブラストウィンド』のメンバーでも最強だろう。


「ガンテツさんを」

「ああ。ガンテツは証人になる。……まあ、甦生の儀式が失敗したら、それは仕方がない事だ」

「……わかりました。確実ではありませんが……まだ何とかなると思います」


 エリアが頷くとスレイから身体を離し、聖杖を手に黒焦げになって倒れているガンテツに近づいた。

  

「……まさか、殺してしまうとは思わなかった。……いや、直撃させたらそうなるか」


 ロイドのモフモフを堪能していたヘンリーは、顔をしかめながら頭を押さえていた。

 対人戦はこれが初めてではないし、襲ってきた人間を手に掛けたのは初めてではないはずだが、流石に冒険を共にしたパーティーメンバーとなると勝手が違うのだろう。

 スレイとしても、今さっきローランドと殺し合いをした事について、何とも言い難い思いがある。

 というより、どうして『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の仲間同士がこうなってしまったのか、まだ事情すらよくわかっていない状況だった。

 

「……すまない。もしお前が撃たなければ、私が殺されていたかもしれない。ガンテツとの斬り合いは私の方が分が悪かった」


 ローザが落ち込んだ様子のヘンリーにお詫びをした。

 どうやらローザとガンテツが交戦している最中に、ヘンリーが神の雷鎚アークサンダーを放ったらしい。

『サポーター』として極めて優れた能力を持つローザとはいえ、ガンテツ相手に接近戦となれば分が悪いのは当然である。直接の闘いは目にしていないが、ヘンリーの魔法でガンテツを仕留めた事が戦況を分けたかもしれない。


「……忘れていたな。ドライアド、ご苦労だった。もう帰っていいぞ」


 ローザが緑髪の女性に話かけると、幾多もの蔦によって吊り上げられていた盗賊風の男が地面に落下した。

 男は口から泡を吹いて気絶していたが、その表情は恍惚としたものだった。

 ドライアドは魅了の特殊能力を持っている。どうやらそれに引っかかった後、一方的になぶられたのだろうと推測出来た。


「そいつは……見た事がある。確か『シーフ』のグレゴリーだったか」

「ああ。ブリジットの代わりに『爆ぜる疾風ブラストウィンド』入りした下衆な盗賊だ。御誂え向きな召喚獣で相手をしてやったが。……こいつには勿体なかったな」


 スレイの問いかけにローザは頷いた。

 そう言われてみればこの場に居てもおかしくないはずのブリジットが居ない。

 どうやら彼女も何らかの理由で『爆ぜる疾風ブラストウィンド』を離脱し、彼が代わりに加入したらしい。


     ◇


 エリアはガンテツに死者を甦生するための神聖術の詠唱を行っていた。既に一〇分ほど経過している。

 スレイやロイド、ヘンリーもガンテツの回りを囲むように近づき、エリアに万が一の事がないように万全の構えを取った。

 甦生後はまともに行動できないはずだが、あのガンテツである。警戒する事に越した事はない。

 そして、ようやくエリアの詠唱が完成すると、エリアは聖杖を高らかに天に翳した。


死者甦生レイズデッド


 死者甦生レイズデッドの神聖術の成功条件は、死後それほど時間が経過していない事だった。

 魂が身体から剥離して時間が経過するほど甦生の確率は下がり、一日経過したら魂を呼び戻し、身体に繋げられる可能性はほぼ皆無となる。

 そして甦生が成功しても、繋げた魂が身体に馴染むまでは、少なくとも三日はまともに身体を動かす事は困難となる。死者甦生といってもかなり条件が厳しいものだった。 


「……うぅ」


 空から降り注ぐ強い光と共に、目を覚ましたガンテツが呻き声を漏らす。

 どうやらガンテツの甦生は成功したようだった。


「……聖女様。……アンタが俺様の魂を呼び寄せてくれたのか」


 ゆっくりと上体を起こし、頭を手で押さえながらガンテツが呟くと、エリアは頷いた。

 甦生が行われたばかりで、身体はまだロクに動かせず、頭も働かないはずである。


「はい。……ガンテツさん、身体はどうですか」

「うう……酷い事をした俺様なんかを……すまねえ……聖女様」


 ガンテツのきらきらと輝いた瞳から、大粒の涙が止めどなく溢れ出す。

 それは、スレイが以前から知っているガンテツと全然印象が異なっていた。


「……おいおい。あんなキャラだったか」


 ローザが訝しげな表情で綺麗なガンテツを見たが、その場で同意をする者は誰一人居なかった。

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