31.逃避行-後編<ヘンリー視点>

 エリアはロロア草を煎じたお茶を飲むと、すぐ眠りについた。

 最近は寝付きが悪いと嘆いていたので、その様子を見たヘンリーは安堵の表情を浮かべた。

 以前はそういった時は、ロイドのモフモフを頼ったりしていたようだが、そのロイドはもう居ない。だが、スレイが滞在するルーンサイドに行けば再会できる可能性は高い。もう少しの辛抱である。


「ヘンリーも私に見張りを任せて、早く寝たらいい」

「ローザは?」

「召喚獣たちと交代でやる。これも仕事の内だ」

「わかった。それならお言葉に甘えて。……今頃、住家の方は僕たちの失踪で大騒ぎかな。心配だ」

「それについては網を張らせて貰ったよ。残った連中の挙動は把握できると思う」


 ローザには優れた『シーフ』の知人が居る。この言い方からすると外部に協力を要請しているらしい。

 こういった事にも全くぬかりがない。


「……ああ、悪かった。もし外部への報酬で費用がかさむなら追加で出そうか」

「余計な気遣いだ。『聖女』と『賢者』に恩を売るという打算も込みで色々手を尽くしている」


 ローザは包み隠さずヘンリーに告げた。その発言自体が恩を着せているとも取れるが、意図をはっきり伝えたがる彼女らしい物言いだった。

 自らは仲間とのいざこざで引退すら考えている身である。打算による恩と聞き、随分と高く買われたものだなとも思った。ただ、おそらく高く買われているのは聖女であるエリアの方だろう。


「……それにしても『爆ぜる疾風ブラストウィンド』がこうなってしまったのは他人事ながら残念だな。今まで何年も上手くやっていただろうに」

「……ボタンの掛け違い、というのは違うか。表面化しただけだと思う。元々危うさは内包していたんだ。特にローランドの奴は」


 ヘンリーは『アタッカー』である勇者ローランドの事を思い出した。

 今まで表面的には上手くやっていた。太鼓持ちのブリジットは当然だが、他のメンバーも皆、ローランドの事を表向きはリーダーとして立てていたからである。

 勇者の血統であり『アタッカー』としての実力は高く、一般女性人気も高い。鼻につく処は確かにあったが、看板としての見栄えは良いものだった。

 寡黙で落ち着きのある最年長のレイモンドは実に頼りになったし、雑多な仕事では器用なスレイの右に出る者は居なかった。

 心優しいエリアは対外的な印象を良くする顔役、明るいブリジットはムードメーカー、そしてヘンリーは中立的な視点での調整役を担っていた。


 ここ最近、だんだんとおかしくなっていくローランドが怖くて仕方がなかった。今の彼と対等に話し合いが出来るのは聖騎士レイモンド、あるいは対等の実力をもつ狂戦士バーサーカーガンテツくらいだろう。万が一、武力行使にでも及ばれたらまず勝ち目はない。


 ローランドの変化はここ一週間で特に顕著になっている。スレイの追放の時もそうだが、ブリジット追放後はエリアが完全に彼を拒絶し始めたからだろう。エリアは身の危険を強く感じていたらしい。何かとんでもない事をしでかさないように願うばかりである。

 そして、ブリジットがローランドの元から居なくなってしまった事もおそらく影響している。

 本命ではないとはいえ、彼女に慕われていた事は悪い気はしてなかったのではないかと思った。今は精神的に沈んでいる彼を明るく励ます者も皆無になった。


「そういえば、ブリジットはどうしているんだろう。……落ち込んだままの姿は想像できないけど、あいつローランド一筋だったからな」


 ブリジットはパーティーを追放された後、行方不明である。

 王都セントラルシティから離れてしまったのか、何処かでひっそりと落ち込んで過ごしているのか、開き直っていつものように明るく振舞っているのか。

 何もわからない。少なくともヘンリーの細い情報網では所在は掴めなかった。そういった情報に太いパイプを持つのは大抵は『シーフ』であり、その本人自身が行方をくらましたのではお手上げである。

 新加入の盗賊グレゴリーなら所在を知っているかもしれないが、彼個人と話をしたいとは思わなかった。男性陣に対する態度とエリアに対する態度が全く違ったからである。ただ、ガンテツとはウマがあうらしい。その点もどこか腹立たしさを感じていた。


「……ブリジットの事は心配するな。詳しい所在は言えないが、無事だとは言っておく」

「……そうなの?」

「厳しい指導の下、盗賊として再修行を始めたらしい。まだ数日だが驚くくらいやる気があると言っていた」


(嘘だろう。……とてもじゃないが信じられないな。あのブリジットがやる気って)


 ローランドやガンテツに罵倒され吹っ切れたのだろうか。もしかしたらローランドに対し費やしていた情熱を、ようやく技術の研鑽に向ける事にしたのかも知れない。

 にわかに信じがたい話だったが、もし本当にそうであれば、ささやかながら応援したいとヘンリーは思った。


     ◇


 二度目の野営を終え、昼前にようやく魔法都市ルーンサイドの姿が見えていた。

 ここまで怪物の類と遭遇する事もなく、ローザの護衛としての出番はなかったが、野営の準備、食事、見張り、その他こまやかな気遣いなど『サポーター』として行ってくれた。

 至れり尽くせりである。それでいて高い戦闘力を持ち、亜空間部屋サブスペースルームによる荷物持ちまで務めるのである。高価な雇い値にも拘わらず、引く手あまたというのは頷けなくはない。


 だが、街を目前にして、背後から姿を現したのは見覚えのある三人組。

 両サイドにガンテツとグレゴリー。真ん中にローランド。そして、移動の遅れの原因になると予想した重装の聖騎士レイモンドは同伴していない。

 彼らは想像よりはるかに迅速に追いかけて来た。二人が『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の住家から失踪したくらいで、何をそんなに死に物狂いにと思うくらいには。

 

「……エリア。ヘンリー。気を付けろ」


 外套マントを目深に被ったローザが強く警告した。追撃してきた面子の異常な様子を察知したらしい。

 ヘンリーもそれは一目見てわかった。そして先頭の人物を目の当たりにして、エリアの表情が青ざめ、呼吸が荒くなっている。


「やあ。ヘンリー。やっと追いついた……とんでもない事をしでかしてくれたね」


 先頭に立ったローランドの目が異常なくらい大きく見開かれ、ぎらぎらと輝いていた。

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