29.爆ぜる疾風その後3-後編<ローランド視点>
「ガンテツ! グレゴリー! 聞いてくれ……これは違うんだ!」
「おっと」
ローランドは必死の形相で言い訳しつつ、床に落とした
そしてガンテツが、剣を拾い上げようとして身体を傾けたローランドのみぞおちに拳を打ち込んだ。
「うぐっ……!」
「危ねえな。俺達まで殺す気か。この馬鹿が」
立て続けにガンテツの左の拳が顎を打ち抜くと、ローランドは力なく床に崩れ落ちた。
「ぐうううう……」
「おい、どうするんだこの有様は。……放置したら俺達もヤバいんじゃねえのか」
レイモンドは既に事切れている。
治療を施すには余りにも刺し傷が大きく、さらにローランドが放った闘気の追撃によって全身も酷い状態だった。
「……妥当な選択は、勇者様とレイモンドの遺体を王国の衛兵に突き出す事かな。あるいは聖王国の人間を探して引き渡すか」
ガンテツの問いかけに対し、グレゴリーが無難とも言える提案をした。
「う……や……やめろ! これは口論による事故だ!」
「うるせえな、そんな言い訳が通じるかよ」
「ぐうぅぅぅ……」
ガンテツはうずくまって倒れるローランドの首根っこを押さえつけて、身動きを封じる。
潰れた声で情けなく嗚咽を漏らすローランド。
「……ったく、何が勇者だ。クズ野郎が。……おい、こんな時に何やってんだグレゴリー! ふん縛るの手伝えや!」
レイモンドの部屋の物色を始めているグレゴリーを見て、ガンテツは怒鳴りつけた。
「そう怒るなよガンテツ。今後に関わる事さ。……『シーフ』としては、レイモンドがどんな活動をしてたかっていうのは気になるだろう。大方予想は出来るけどね」
◇
一〇分ほどレイモンドの部屋を物色していたグレゴリーは、レイモンドの部屋から見つけた複数の手紙や書類を読み漁っていた。
ローランドはガンテツに押さえつけられた体勢のまま、その様子を見上げながら押し黙っていた。そして今後の事を考えて、恐怖から身体を小刻みに震わせていた。
「……察するにレイモンドは定期的に聖王国と連絡を取って、セントラルシティの情報や冒険で得た
「……トクム騎士? 聞いたことがねえな」
「他国に出掛けて、さまざまな事をやってますって連中だよ。情報収集。宝物探索。人材登用。聖女招聘。教団敵性者排除。その他もろもろ何でもさ。彼は王都で冒険者として活動しつつ、同時に聖王国の為に働いていたって事だな」
この辺りの聖王国の知識はガンテツに限らずローランドも知らない事だった。
Aランクの『シーフ』なだけはあり、ブリジットよりも高度な情報に通じ、頭が回る男のように思える。
そして特務騎士という聞き慣れない単語に対し、ローランドは一点の光明を見出したのか、グレゴリーの方に顔を見上げて弁解を始めた。
「……レイモンドは聖王国の
「この程度のレベルの情報収集は、お互いの国で黙認されているに決まっているだろ。異国で詳細な日記を書いたら罪に問われるか?」
グレゴリーは肩をすくめ、そして続けた。
「……まあ、それはどうでもいい。何がまずいかっていうと、レイモンドが『
それを耳にしたローランドの顔が酷く青ざめていた。
上手く死体を隠せば逃げ切れる。などという甘い考えがローランドの思考から霧散した。
「……どうすんだグレゴリー、レイモンドが冒険で死んだ事にでもするか?」
「この街に聖王国の人間は他にも多分居るだろう? 頻繁に連絡取り合ってるんじゃないのかな。バレるよ」
「……じゃあ、このクズ勇者を突き出してパーティー解散か。……ガハハ、お前、聖王国に引き渡されたらきっと極刑だな」
「だ……駄目だ! ……極刑なんて事になったら由緒ある勇者の血統が……一族に申し訳が立たない!」
ライバル『アタッカー』の失墜を笑うガンテツと、往生際悪く叫ぶローランドの姿。
そんな二人を尻目にグレゴリーは何か考え事をしていた。
「……ちょっと、悪巧みを思い付いたんだけどね。ヘンリーって片眼鏡君に罪を被せたらどうかな? 聖女様連れて二人して消えてしまったんだろう?」
グレゴリーが突如、二人に対し突拍子もない提案をした。
「おいおい、グレゴリーよぉ。……この刺し傷は流石に誤魔化せないだろうが」
「それは後々考えればいい。丁度良いタイミングの失踪って点が重要だ。……聖騎士様が殺されました。同時に片眼鏡君と聖女様が荷物まとめて失踪しました。……客観的に見て怪しいのは誰かな」
グレゴリーはさらに続けた。
「俺もガンテツもこの部屋で何が起きたのかは見ていない。……片眼鏡君がレイモンドを殺害した後、聖女様を拉致して逃げた。そう推測した
グレゴリーが言い終えると、部屋は静まり返った。
そして、最初にグレゴリーの提案に対し口を開いたのはローランドだった。
「……グレゴリー。本当にヘンリーに罪を被せられるのか? そんな事をして君に何のメリットがある」
「ちょっと強めに尋問してみた結果、僕がやりましたって言うかも知れないね。……けど、俺達も危ない橋を渡る事になる。ただって訳にはいかない」
「……なんだ?」
「片眼鏡君が犯人って事になったら、ガンテツには『
その提案に対し、ガンテツが乗り気になったようだった。拳を鳴らした後でニヤリと笑う。
「ほう……俺様がこの住処が貰えるっていうのか? だったらヘンリーの捕縛に協力してやってもいいぜ」
ガンテツはあっさりと承諾した。この悪巧みの躊躇のなさを見る限り、悪事の常習犯なのだろう。
「住家は構わない。……グレゴリーは?」
「……俺はそういうのはいいから聖女様を頂きたい。それと勇者様は随分と女性に人気があるらしいね。そのファンの中から何人か物色させてくれないかな」
グレゴリーが薄笑いを浮かべながら囁くと、ローランドが憤怒の形相で睨み付けた。
「……ふざけるな……エリアに手を出したら殺すぞ」
「無理矢理とかそんなつもりはない。もし聖女様にお誘いを断られたら、ファンの女性を何人か回してくれればいいよ。……もしかしたら勇者様が聖女様の心を射止められるかもしれない」
グレゴリーの悪魔の囁きに対し、ローランドの頭の中で打算が働いていた。
聖騎士殺し。聖王国での裁判となれば死刑か終身刑に違いない。そんな事は耐えられそうにない。
だが彼らの企みに協力すれば、もしかしたら助かるかもしれない。
この住家なんてガンテツにくれてやってもいい、元々メンバーの折半による所有物である。
エリアは間違いなくグレゴリーの誘いを拒絶するだろう。どう考えても苦手なタイプである。
近寄ってくるファンの女など、エリアに比べればどうでもいい存在である。いくらでもグレゴリーに差し出してやればいい。
(……もし、グレゴリーがエリアにおかしな事をしたら、
聖騎士殺しの罪で聖王国で罰せられたら、由緒ある勇者の血統を穢す事になる。
一族の恥。勇者としてそれだけは何としても避けなくてはいけない。
「わかった、協力するよ。レイモンドはヘンリーが殺ったに違いない。無断の逃走がその証拠だ。捕まえて尋問しよう」
ローランドは澄み切った表情を浮かべ、二人を見上げながら、淡々とした声で告げた。
ここしばらく塞ぎ込んでいたローランドが久々に見せた、開き直ったような、ともすればタガが外れてしまったかような極めてニュートラルな表情だった。
「……片眼鏡君と聖女様がどこに向かったか予測出来るかな。まだそんなには経っていないだろう」
「多分、スレイの元に向かったと思う。エリアはあいつが飼っている狼をえらく気に入っているんだ。間違いない」
スレイという名前に、グレゴリーが反応した。
どうやら思い当たるフシがあるらしい。
「……スレイ? ……ああ、それならルーンサイドの可能性が高いな。『
その言葉に三人は無言で頷くと、主の不在となったレイモンドの部屋を後にした。
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