第22話 ホテル下53番街・7歳で殺されたボク
みうちゃんもかいくんも、むにゃむにゃいいながらわらっていました。いい夢を見ているんだなって、ボクはおもいました。
そして、むくっとおきあがると、しはいしゃに「ありがとう」って言ってまあるいひかりになってとんでいっちゃいました。
ボクはさみしくなったけど、がまんすることにきめました。
がまんするのはへいきです。
ずっとそうしてきたからです。
しはいしゃはボクに言いました。
「君は食べないのかい?」
って。
ボクはあまりたべたくなかったけど、たべることにしました。
だっておいしそうなんだもん。
うまれかわりのことは、どうでもいいやってなりました。
あまくておいしいチョコレートを食べたら、きゅうにねむたくなってしまいました。
くるくるまわるヘンテコなへやに、しはいしゃがいました。
「君はどんな大人になりたかったのかな?」
そうきかれたから、ボクはちゃんとこたえてあげました。
「ふつうのひとになりたいです。バカってみんながいうんだもん。だからちゃんとした、ふつうの人になりたいです」
しはいしゃはくるくるのへやといっしょにきえちゃいました。
ボクはあたまがいたくなりました。
からだじゅうもいたくなりました。
いろんな人がとおりすぎていきました。
すうじととけいのはりのおとがカチカチなっていました。
あたまがいたくてなきそうになりました。
ボクはおおきくなっているみたいです。
ほねがいたくなって、あたまもいたくて、大勢の人の話し声や笑い声やなきごえがきこえています。
時計の針がカチカチいってます。
ボクは考えました。
昔いた世界がものすごく早いスピードでボクを通り過ぎていく。
僕の抜け殻を、生きていたなら経験したであろう世界が駆け抜けて行く。それは直感でもあり、実感でもありました。
加速する日常は、遊戯にも似ています。
「ふつうの人になりたい」
たったそれだけの希望の為に、虚構の時間帯が瞬く間に消えていく。
小学校の思い出。
好きになっていたであろう異性との初キス。
中学校へ入学し、部活に入り塾にも通う。
高校ではサッカーやダンスをして、友達とコンビニの駐車場で笑い合い、大学へ進むとアルコールを覚え、サークルに参加し目一杯遊ぶ楽しみを体感する。社会人として生き抜く術を身に付けて、それなりに勉強もした。
これが虚構の人生なんだ。
僕は虚しくなる。
何故なら僕はその人生を、本当の生を知らない。
もはや死んでいるのだ。
僕は泣いた。
思い切り泣いた。
7歳で殺されたのだ。
母が再婚した相手に僕は殺された!
悔しくて憎くて悲しくて泣いた。
支配者が、僕の目の前に立っている。
僕の肩に手を触れている。
僕は叫んでいた。
「どうして! なんで! 教えて下さい! 僕は生きていちゃいけなかったんですか!? あなたなら知ってるでしょ! 僕は、、、僕は何の為に生きていたんですか! 7年しか生きれなかった、なぜだ!? どうして!」
「君は、苦しいかい?」
支配者は優しい声で僕に問いかけている。
詮索する気配も無ければ興味も無く、ただひたすらに優しい。
その静寂的な存在感に、僕は心を委ねていた。
まるで向こう岸のヒト。
僕が生きていたならそう思えただろう。
「悔しいんです。僕の命を奪ったあいつらが許せないんです」
僕の涙は止まらなかった。
死んでいても涙は熱いんだと感じた。
「君は、どうしたい?」
支配者の言葉に僕は泣きながら訴えていた。
「殺してやりたい。あいつらを。あいつらが憎い!憎い!許せないんです!」
「なら、そうさせてあげよう」
支配者が微笑むと、僕の周りの景色は一変した。
四畳半のアパートに僕が憎むあいつはいた。
あぐらをかいて昼間から酒を呑み、競馬新聞を片手に煙草をふかしている。
幾度も目にした光景だ。
こいつが僕を殺したんだ。
怒り任せに僕は、いつの間にか手にしていたバットを男目掛けて振り下ろしていた。
鈍い音がする。
男が振り返る間を与えずに、僕は再びバットを振り下ろす。
顔を見られたくなかった。
顔も見たくなかったからそうした。
無我夢中で振り下ろしたバットの先端から、鉄臭い血液が滴り落ちた。
僕はもっと苦しかったんだ。
こいつに何度も蹴飛ばされ、頭を壁に叩きつけられ、泣いても泣いても止めてくれなかった。
そして僕は死んだ。
7歳で死んだ。
こいつは僕の数倍も生きている。
母が何故こんな男と再婚したのか判らなかった。
何故、こんなやつと、、、。
僕の怒りは母にも向かっていた。
止められない。
この憎悪と虚無感は何だ!
支配者の声がする。
「好きにしたらいいさ」
と。
人の血液は錆びついている。
狂おしいくらいに錆びている。
母は知らない誰かと抱き合っていた。
香水の匂い、知らない男のスーツの匂い、絡み合う空気は腐敗臭の様に汚らわしく醜い
だけどそれは自然の成り行きなのだろうか。ならばそんな世界など要らない。
僕は背後から母に目掛けてバットを振り下ろした。
見知らぬ男は消えていた。
母は振り返りもせずに倒れ、頭部からは大量の血液がぬらぬらと流れ出た。
その真っ赤な道は、僕の靴を汚して止まった。
僕は泣いた。
見て見ぬフリをして、他人の様に僕に接していた母。やっと天罰を下せたのに、この途方も無い脱力感か説明できない。
ただただ泣いた。
母に聞いておけば良かった。
『何故僕を産んだのですか? 何故、あなたはたすけてくれなかったのですか?」
と。
よく人から言われた言葉を思い返していた。
『お前はほんとにバカだなあ』
バカなフリをしていた自分を、理解してくれる大人はいませんでした。
それが唯一の防衛策だというのにー。
バカな子供の仕草を見て、大人が笑ってくれた時期もありました。
その光景はとても愉快でありました。
幼心に、仕合せを感じていたものです。
たったそれだけの事。
私の生涯は、虚構に支配された偽りの7年間だったのでしょうか?
教えて下さい。
どなたか教えて下さい。
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