第17話 ボクが乗るロケットは、惑星TOKYOのFunkyTownへ向けられている

ボクが乗り込むロケットは、ジゾイド・サーカス号という名前が付いていて、搭乗するのはひとりだけ。だから、必然的にボクが船長になれる。

3基のメインエンジンと、途中で切り離される2基のロケットブースターの合計推力は、からだが裏返しになるくらいすごいんだって誰かが言っていたから、発射台から真っ直ぐに打ち上げられるジゾイド・サーカス号には何の不安もない。

惑星クレアの赤茶けた大地には、錆びれたレールが敷かれてあって、そいつは格納庫とロケット発射台とを繋いでいる。

カウントダウンは始まっているけど、整備塔や旋回レールの周りには沢山の首なし人間がいるから、ボクは心の中で「あぶないよ」と警告するのだけど、誰一人聞く耳を持っていないからそれ以上心配するのはやめたんだ。

ミスターモンキーが支配する惑星クレアは、彼女自身が司法であり、彼女の言葉が立法であり、彼女の機嫌が行政で、そこに生息する首なし人間は単細胞生物でしかない。

ロケットの内部は、見たことのない機械がたくさんあって、飛ばし方を知らないボクは口をつぐんだまんま自動操縦に任せようと決めた。

遠い道のり、クッキーだってたくさん食べたいし、あまくて冷たいジュースだって飲みたいんだもん。

文句は言わせない。

船長はボクだから。

コクピットで頭上を見上げていると、計器類の針が一斉に動き始めて、それと同時にジゾイド・サーカス号は激しく揺れた。

ちいさな窓から外を眺めると、整備塔にいた首なし人間達が潰されて、蝶々みたいにぺしゃんこになって、真っ黒に燃えながら巨大なわたあめの煙の中へと消えていた。

ボクは考えた。

どうしてこの窓はぶ厚いんだろう?

永遠に歳をとらなくていいから、その見返りでボクを守っているのかしらん?

それとも、ジゾイド・サーカス号自体が嘘っぱちで、自由のないこの世界の巧妙な表現方法なのかしらん?

ニセモノじゃないボクは、ホンモノの黄色いキリストに出会いたいのだけど、ロケットが打ち上げられたらボクは終わる。

誰かが仕組んだトラップに気が付かないなんてどうかしている。

あかあさんは、シャツを畳むのに一日中精いっぱいだから、声なんてかけられないし聞いた覚えもないけど、おっぱいをぎゅっと掴んで、温かいミルクをのんでいた頃、ボクは誰よりもしあわせだった。

公園のベンチには、同じように乳飲み子を連れた親子が並んで座っていて、お日さまの下で唄を歌って笑っている。

取り替えたばかりのレールの上を、無人の乳母車が高速で行き交っている。

手旗信号のお巡りさんは、ちゃんと頭が付いているから、むやみに警笛を鳴らさない。行儀のいい建築現場の骨組みが、蛇みたいに身体をくねらせていても警笛なんて決して鳴らさない。

ボクのおかあさんはそれでもシャツを畳み続ける。

ピエロがプリントされた一枚のシャツを、せっせせっせと畳んではまた広げて、気に入らないという素振りをしながらまた畳む。

霧雨の日は家の中で、晴れた日はオフィスビルに囲まれたマンハッタンのヴァ―ネットパークで。

港湾公社に勤める人たちの家族の憩いの場は、おかあさんとボクの旅行先みたいなもので、すぐ近くに聳えるワールドトレードセンターを見上げながら。


「仲良しね・・・」


と言った隣の人は、首なし人間になっていたけど、朝日に照らされた影にはちゃんと頭が付いていた。

地鳴りと轟音の後に、仲良しのビルのひとつに飛行機が突っ込んで行った。

爆発音がして、みんな顔を覆って泣いていた。

それでも手旗信号のお巡りさんは警笛を鳴らさなかった。


「仕事だから」


そう呟いた彼も、首なし人間になっていた。

あの日からボクはココにいる。

この場所で、いたずらをしながら暮らしている。

ミスターモンキーは全部を知っていて、逃げ出そうとする生命体を首なし人間に変えていくんだ。けれど、ボクには頭が付いている。


「黄色いキリストを見せて」


やさしい彼女の声はおかあさんみたいだから、いつかほんとの名前で呼んでみたいけどいいのかな?


「黄色いキリストを見せて」


ほめてくれるのかな。

ぎゅってしてくれるのかな。

頭を撫でてくれるのかな。

背中をさすってほしいな。

いっしょに笑ってくれるかな。


「うん・・・」


ロケットの中で、ボクは画用紙に黄色いキリストを描いて見せた。

なくならないクレヨンで。


「素敵よ、トニーは絵が上手いね」


ボクはやっと笑えた。


「ありがとう、メデューサ」


大好きなメデューサ、ロケットなんていらない。














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