第49話

 紫苑が私の首を強く掴むのは……まるで私の言葉をもう聞きたくないと言われているように感じる。

 視線も掴む手も、もう逃がさないと、そう言われてもいるようで……どうしたら良いのかも本当に分からなくて途方に暮れる。


 ――――言葉が、まったく出てこない。


 紫苑が何を望んでいるのかが、今の私には皆目見当がつかないのだ。

 一番最初の幼い頃以外、心を通わせられた覚えがないからだろう。

 があってからは屈託ない会話が出来ていたのかさえ定かでは無い。

 ……本来なら、ずっと一緒に――――……馬鹿だ、私は。

 自分が考えた事に吐き気がする。

 どの面下げてと、知っている者なら皆が言うだろう。

 何より私が自分を許せなくなったし許さない。

 ――――資格はとうに無くした。

 それでも側に居たくてズルズルと自分を誤魔化し、やらなければならない事さえ放棄した結果があれだ。

 ――――紫苑を殺した。

 守らなければならなかったのに、私が殺した。

 だから償わないと。

 どんな事をしてでも償わないと。

 けれど……どう償ったら良いかも分からない。

 二度目の人生でも守れたか分からないのに。

 三度目だって手遅れ一歩手前でしか何も出来なくて……

 ――――どうしたら良いのか、本当に分からなくて途方に暮れる。

 みんなを助けないといけないのに、それなのに……

 資格が無い。

 何も無い。

 だからどうしたら良いのかが分からない。

 この部屋にいる皆を助けたいのに……私には――――

 私が紫苑に何かを頼む権利など、もうあるわけがないのだから。


「……――――言えないのか?」


 凍えるほど冷たいにもかかわらず、どうしようもなく凄艶な声と表情で見つめられて益々頭は回らなくなる。

 黄金と真紅の瞳孔がまるで爬虫類のように縦に長くなっている事に……今更気がついた。

 至極色だったはずの虹彩は、虹色と至極色が惑う様に常に揺らいで入れ替わって、この世の物とは思えないほど綺麗だと思う。

 なによりそれが収まっている神域の妖艶な美貌。

 女性らしさは微塵も無く、間違いなく男性的な容姿であるのも成人したからだろうか……?

 ――――考えてみれば、紫苑が成人した姿を初めて見た。


 思考が明後日の方向に逃げている自覚はある。

 あるのだが……


「――――何がお望みですか……?」


 首を絞める力を少し緩められたけれど……真面に紫苑と対峙できない私は、どうしても掠れて小さな声しか出せない。

 視線さえ真面に合わせる事も出来ない自分が嫌になる。

 敬語を使う事でどうにか距離感を保っている状態だ。

 ……昔の距離感が……まるで思い出せないからの緊急処置。


 本当に私は…どう紫苑と接していたのかが分からなくなってしまっていた。


 何も知らない最初の人生の幼い頃のようには不可能だ。

 それでも仮面を被らずにいられたのは紫苑の前でだけで……

 最初の人生で素のままの自分でいられる場所は紫苑だけだった。

 けれど……私は何も報いてはいないのだ。

 何一つ。

 ひたすら迷惑をかけ続けた。

 足を引っ張るばかり。


「俺の好きにして良いと?」


 静かに肯いた。

 それが一番良い。

 分からない私が考えるより紫苑の望み通りで。

 そう、早く助けないと、みんなが――――


 唐突に、思った。

 今まで誰か紫苑に寄り添ってくれる人はいたのだろうか……?


 何故そう思ったのかさえも分からない。

 けれどそれがとても気になって仕方がないのだ。


 ずっと、独りだったのだろうか……?


 私が死んでからどれだけ時間が流れたのか、その肝心な事を私は聞きそびれている。

 魔力が高ければ長命でほぼ不老であるからこそ、経過した時の長さが測れない。


 一番最初の生においても、紫苑は一族以外には心を微塵も許さなかった。

 それ以降の転生した後、側で見ている限りではあるけれど、紫苑は記憶があるのなら……私以外には何も感情を向けてはいなかったと思う。


 ――――つまり、紫苑は最初と変わらず、一番初めの生で属した一族以外は心底どうでも良いのだ。


 それならば……初めの世界ではない異世界であるこの世界で私が居なければ紫苑は――――


 背筋が凍る。

 自分の事が心底嫌いだったが、これほど唾棄したくなったのは初めてだ。

 まだ底が抜ける程に自らを厭忌するとは思わなかった。


 寸前まで、また私は紫苑の事を考えられなかったのだ。

 いつも自分の願いを紫苑に押しつけてばかりで……

 ああ、本当に私は何も変わってはいないのだ。

 変わらずに厚顔無恥で弱くて狡い。

 それでも最初の生で同じ一族だから、紫苑には私しか居ない。

 ――――裏切り者の、一族を破滅させた家の生き残りであるにも関わらず、長になるはずだった紫苑の側に居続けた恥知らずな私しか……


 償うのだと、守るのだと言い訳してまで側に居た。

 けれど私は……紫苑を殺した。

 もっと早く離れたのなら、紫苑を巻き添えになどしなかったのに。

 だから紫苑が怒るのも、私を嫌うのも当然だと、そう素直に認めた瞬間、意識が溺れる様に暗転した。

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