第42話
私の言葉にジーンと花炎がまた視線だけで会話を終え、やはりジーンが口を開く。
思わず背筋が伸びる様な張り詰めた雰囲気に飲まれそうになる。
どうにか気を失わずにいられたのは……二回目の人生での体験だった。
アレに比べれば大抵のことは大丈夫。
……前世の色々も経験としては有効だろう。
――――どんな事でも糧にして私はエゴに塗れた願いを叶える。
何度も言い聞かせた。
そうしないと経ってもいられない自分が一番嫌いだ。
「分かりました。では、"ユージンが、兄上と爺、マイルズとセバスに、連絡を受け次第人知れず兄上の執務室に集まって下さるよう願っている"と、そう伝えて頂けますでしょうか?」
真剣な眼差しのジーン。
空気も更に緊張をはらんでいる気がする。
普通ならば縮こまって蹲ってしまうだろう迫力も感じていた。
……それでも私は顔を改めて引き締め、力強く肯く。
「ええ、勿論」
一旦言葉を切った後、一瞬目を閉じ、開けたと同時に私の相棒の名前を呼ぶ。
大切な存在。
三回目の転生をした後の私を守れなかったことを……これ以上ない程悔いている。
だから……私が望めば多分あの子にとっての禁忌さえ犯しそうで……それが怖い。
あの子までも地獄に巻き込む気は一切なかった。
けれど私の願いの為にはどうしてもあの子は必要。
共に堕ちる事だけは断固阻止。
それでも引きずり込む。
その矛盾に目を閉じ、何度も誤魔化しを言い聞かせて名前を読んだ。
「アストラ」
すぐさま現れたのは白金の毛が長く、角が四本ある大きな狼。
桜吹雪が切り取られた様にアストラの周りだけ舞い散らない。
朧月夜の中で幻想的だと思うのは私だけの様。
二人は瞬時に警戒したけれど、アストラはどこ吹く風。
『主、我の出番か?』
静かに私を見つめながら、アストラはとても嬉しそうだ。
まるで待ちに待ったと言わんばかり。
「私を……助けて、くれ、る?」
勇気を出して微笑みながらも恐々と問いを発した。
断られた場合、次点のプランが無いではないが……対価は未知数。
紫苑を守るためには出来得る限り生き延びるつもりなので、出来得るならば使わずに済みたいところ。
だからと言ってアストラを利用して良い理由にはならないのは承知だ。
――――堕ちる時も最期も一人で。
というのも身勝手が過ぎるだろうけれど。
譲れないのだ、どうしても。
『無論だ』
ホッと息を吐いて、頼みごとを恐る恐る口にしようとした時、アストラが首を傾げながら話し出す。
『主、オルフェウスについての心配は無いのか?』
思わず瞳を瞬かせる。
アストラの問の意味が分からず、内心クエスチョンマークの乱舞だ。
「無いけれど……どうして?」
アストラは益々不思議そうに話し出す。
どうやらあの子の中でもハテナマークが飛び交っているらしい。
『何故だ? 我に任せるくらいなのだから、心配ではないのか?」
アストラの疑問が分かって思わず笑みがこぼれる。
それを見たアストラは鳩が豆鉄砲を食ったような表情に。
「アストラだから、何の心配もないでしょう? わざわざ聞かなくても、ここに来てくれた時点でオルフェウスの事は大丈夫。一旦私が頼むと言ったのだから、オルフェウスに何かあるようであれば私の求めには応じない。それがアストラでしょうに」
私にとっての当たり前を話していたのだが……
「姉様は……随分と信頼なさっておいでなのですね」
ジーンの引き攣った表情に首を傾げる事に。
「勿論。大切な相棒だもの」
そも当然と答えると、今度は花炎が泣き出しそうな表情になって困惑する。
「貴女にとっての……大切な存在、なのですね……」
ええと……?
二人の反応が理解の範疇外のあまりどうして良いかが分からない。
『主。我にオルフェウスの事を問われない理由を理解した。主が助けて欲しい事とは何か?』
どうやら助け船を出してくれたらしいアストラに感謝だ。
かれこれ総合して五十年位生きてはいても、私の経験は非常に偏っているらしく、殺気込み込みの鉄火場であれば内心はどうあれ何とでも動けるのだが、こういう雰囲気にはどう対処して良いかの正解が分からない。
今考えても仕方がないと独り言ちてから慌てて口を開き、どうにか平静を装って口を開いた。
「アストラ、さっきユージンが私に頼んだことは分かる?」
すぐに肯いてくれたアストラに、知ってはいても安堵した。
アストラが二回目の人生でのあの日に、もし……
考えても仕方がない事が過ったのを振り切った。
それにしても今日は二回目の人生での事が過る事が多いと思う。
やはりアストラに再び逢えたからだろうか……?
『当然だ』
ならばと改めて気を引き締め頼みごとをする。
必死な表情になっているらしいのは、アストラの瞳に映った自分の姿で確認できてしまう。
「それをすぐに実行して欲しいの」
アストラは力強く了承してくれた。
自信に満ちた笑みを浮かべているのが感じ取れる。
『主の望みのままに』
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