恋心なんていらない。

花煉

プロローグ


 この王国にとって、精霊という存在は大きな意味を持つ。王国は精霊の住まう土地であり、その王国に住むものたちは精霊たちの庇護の元、暮らしているのだ。

 大昔の神話、人々と精霊王の契約の物語はこの国では最も有名な物語であり、アリスもその本を読むのが大好きだった。

 この国で育ったものは皆、精霊に感謝して過ごしている者が大半で、それは当たり前のことではあった。


 なら、そんな精霊を見ることが出来た人間が居たらどうだろう?


 もちろん、その者は聖人・聖女として尊重されることになる。精霊たちが自ら姿を現さない限り、人間はそれらの存在と言葉を交わすことが出来ない。

 そんな精霊たちと言葉を交わし、意思疎通が出来る稀有な存在は、この国では一等大切にされる。


 だから、アリスも頭では理解していたのだ。

己の婚約者が聖女である彼女を大切にすることなんて。

 それは当たり前のことであって、公爵令嬢であるアリスが口を出すことではなかった。


 国の王太子であるアーネストと、アリスは婚約者同士ではあったが、彼との距離は何年も縮まらないままだった。


 夜会でエスコートしてもらう際も、最低限の言葉しか口にしない。

「……アリス。最近の調子はどう?」

「最近ですか……。王太子妃教育は順調ですわ」

「そっか」

「……」

「…………」


 会話はあまり続かない。アーネストは何か言いたげだったが、アリスも聞き返すことが出来ずに、ただ笑みを向けるだけだ。

上手く話せなくても笑顔くらいは。

「……っ」

 目が合った瞬間、すっと逸らされる視線。

「アーネスト様?」

 覗き込んで首を傾げるアリスを視界に入れないようにして背を向ける婚約者。

 口元を覆いながら、「はぁ……」と何やら溜息をついている。

 顔すらも合わせたくないというのか。

 アリスは吐き出しそうになる溜息を飲み込んだ。

 これが私の婚約者。これから人生を共にしていく伴侶。

 この婚約が上手く行くとはアリスには到底思えなかった。

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