第8章 節約の夏休み

第51話 1学期終了と彼女の甘え攻勢

 ピピピ。ピピピ。ピピピ。


 目覚ましの音に、意識がぼんやりと覚醒する。

 ポンと目覚ましを止めて、伸びをする。


「なんか、懐かしい夢を見たな……」


 思えば、あの約束から本当の意味で古織こおりとの関係が始まったのかもしれない。隣を見ると、すぅ、すぅ、と安らかな寝息が聞こえてくる。


 時間は朝の7:00。普段なら、彼女が起きて、朝ご飯とお弁当の準備を始めてくれている時間だけど、今日は少し彼女の寝顔を眺めていたくなった。


 髪をかきあげて、なんとなく額に触れてみると、「ん。みーくん……嬉しい……」と何やら寝言のような、夢うつつのような言葉が発せられた。どんな夢を見てるのやら。


「ご、ごめん。みーくん!すっかり寝坊しちゃって……」


 それから30分して、ようやく起きた古織はすっかり縮こまっていた。


「いや、いいって。俺が起こさなかっただけだし」

「でも……」

「とりあえず、朝ご飯食おうぜ?焼いたパンに、ゆで卵だけだけどさ」

「準備、してくれてたんだ」

「たまには、な」


 少し照れくさくなって、こめかみをポリポリとかきながら言う。


「みーくん、大好き……!」


 まだパジャマ姿の古織が飛びつくように抱きついて来た。

 今朝の夢の記憶があるせいか、ひときわ嬉しく感じられる。

 と思ってたら、頭を胸板にこすりつけられる。


「ど、どうしたんだよ。今朝はなんか甘えてくるな?」

「ううん。ちょっといい夢みたから。気にしないで」

「そっか」


 そんな、少し、しっとりした朝を迎えたのだけど。

 問題は、ゆっくりし過ぎたことで。


「急がないと!遅刻しちゃう!」

「今日はもう諦めていいんじゃないか?」


 焦ったように言う古織だけど、電車の時刻を考えるともう手遅れだ。


「でも……」

「別にいいだろ。いい朝だったんだし、たまには遅刻しても」

「うん。そうかも」


 満足げに頷いた古織は、普段にも増して可愛らしい。

 いや、愛しいのだろうか。夢の印象が残っているせいで。


 まだまだ通勤ラッシュの総武線に二人して乗り込み。

 お互いに、いつもよりくっついて。

 いつもと少しだけ違う登校になったのだった。


「あー、すいません。思いっきり寝坊しました」

「みーくん共々、すいません」


 すっかりお嫁さんが板についた古織が一緒に謝る。


「珍しいものだ。普段、優等生なお前たちが」

「ちょっと夜更ししてしまいまして」

「まあいい、着席しなさい」


 1限目の現国の教師は、さして気にしていないようだった。

 言う通り、普段の俺たちは、遅刻は滅多にしないから、かもしれない。


(でも、もう1学期も今日で終了か)


 今日は7月22日の水曜日。我が校も晴れて1学期の終業式だ。

 といっても、今年は受験生。

 夏休みは遊び通しとまでは行かないだろう。

 それでも、高校生活最後の夏だ。

 古織と一緒に思い出作れればいいんだけどな。


 授業を程々に聞きながら、そんなことを考えたのだった。


 昼休み。


「君たちが遅刻とは珍しいね」

「そうよ。道久はともかく、古織がしっかりしてるのに」

「おいおい。俺だけならみたいな言い様はなんだよ」

「いつも、ご飯とか家事とか任せっきりな癖に」

「それ言われると辛いとこだけど……」

「もう、雪華ちゃん。私が好きでやってることなんだから」


 雪華せっか幸太郎こうたろうたちばなを含めた五人でたべっている俺たち。

 古織が珍しく、家事を好きでやっているんだと強く言っている。


「あ、ああ。そうよね。愛する旦那のためだから、へっちゃらよね」

「うん。愛する旦那様のためだから」

「どうしたの、古織?なんか、今日はすっごいデレデレなんだけど」

「ちょっといいことがあったから。それだけ」

「ふーん。道久もなかなかやるわね?」

「ま、まあ。そうかもな」


 いや、なんでここまで上機嫌なのかわからないんだけど。


「とにかく、今日は俺たちもお弁当はなし。学食行こうぜ」

「お弁当有りが普通の君も大概贅沢だね」

「それは自覚してるよ」


 学食にて。


「今日で1学期終わりだけどさ。夏休み、どうすっかね」

「と言っても、受験勉強がありますよね?」


 自信なさげに言うのはたちばな。紆余曲折あって、

 最近は俺達のグループでつるむことも増えている。


「でも、息抜きも大事よ?勉強、勉強、だと疲れちゃうわ」

「定番だけど、プールとかもいいかもしれないね」


 雪華せっか幸太郎こうたろうが言う。


「あー、プール、ね」

「何かプールが嫌な理由でもあるの?」

「そうじゃないけど、プールとか割と贅沢な娯楽だよな」

「そうそう。水着も新調したら、結構お金かかっちゃう」


 それに、新婚旅行で、貯金した分をかなり使ってしまった。

 だから、この夏休みは再び節約を意識してしまう。


「節約生活も大変ですね……」

「いやいや、最近はそれなりに楽しいし。な?」

「うん。食費をどう削ればいいかとか。考えるの楽しいよ」


 揃って、そんな答えを返したのだけど。


「プール代くらい私達が出すわよ。一緒に行きましょ?」

「そうそう。水臭いよ。二人とも」

「わ、私も出します!」


 そんな事を申し出てくれるのは、本当にいい奴らだと思う。


 二人だけの帰り道。


「しっかし、プールか……古織の水着姿拝むのも久しぶりだな」

「水泳は別授業だもんね」

「それもだけど、スクール水着じゃないのが、な」

「水着、新調しよっかな……でも、水着代結構するし」

「そこら辺は値段見て考えようぜ」

「そうだね。無理そうだったら、去年の使えばいいし」


 ということで、話はまとまったのだけど。


「なんかさ。今日は朝から距離近くないか?」


 いつもよりずっと肩を寄せて来ている。

 俺も、こうしてくれるのは嬉しいんだけど、ちょい照れくさい。


「ちょっと懐かしい夢みたから。みーくんも朝ご飯準備してくれたし」

「そっか。なら、たまにはこうするのもいいもんだな」


 ただ、静かにこうして肩を寄せて甘えてくれるのは男冥利に尽きる。

 もうちょっと、家事を手伝ってもいいかも、なんて現金な事を思ったのだった。


 さらに、家に着いて、リビングで教科書を読んでても。

 「一緒に教科書読むって変じゃないか?」

 「たまにはいいでしょ?」

 なんて言いながら、後ろから手を回してくる始末。

 いつもと違う甘え方に、ドキドキするやら嬉しいやら。


 古織の甘え攻勢は夜まで続き、果ては就寝間際になっても続く。


「今日は私がしてあげるね」


 なんて言いながら、寝室で俺のズボンを下ろそうとまでしてくる。


「それは嬉しいんだけど。今日はやけに甘えて来てないか?」

「いつも通りのつもりだけど?」

「いつもの3倍増しで甘えてるって」

「昔の頃の夢を思い出して、ちょっと嬉しくなっただけ」


 昔の夢?今朝も言ってたな。


「昔の夢って、あれか?一緒に生きてくって約束した奴」

「ん?それとは別だけど」

「あ、ああ。そうか。悪かった」

「それも懐かしいけど、もっと別の頃の夢!」


 別の頃、ねえ。

 古織が嬉しがるようなことは……色々あるな。


「ま、いっか。でも、これからもこんな調子だと嬉しいんだが」

「みーくん、ひょっとして、こういうのが好みだった?」

「普段のもいいんだけど、今日のも新鮮だった」

「じゃあ、時々はそうするね。じゃ、続き、しよ?」


 こうして、いつもより甘えてくる古織との夜は更けて行ったのだった。


 しかし、水着姿の古織……色々、楽しみだな。

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