シンクロニシティ(2)

【樹の守り神たち 御神話椿】

 深緑色の布張り上製本で。

 タイトルは金箔の文字になってて。

 樹の守り神たちって題に、ひらがなの“みかえつばき”って、はっきり分かってるのに……。

「パパは知らないなあ」

「ママは?!」

「ごめんね、ママも分かんない」

「そっか、ありがとう」

 二人とも知らなかった。残念だけど、仕方がなかった。

 あらためて私は部屋を見渡す。

 これが、おばあちゃんから私へのメッセージ……。どういう意味だろ。

 遠くの階段の方から、ママとパパの明るい声が聞こえる。二人とも嬉しそうだった……きっと長い間、私のことで二人を悩ませてたんだ。

 思い返せば、大きくなってから私はほとんど両親からしかられた記憶がなかった。それは明らかに悪いことをしても、叱られるようなことをしても……学校に呼び出されても。

『パパもママも私を叱らなかった』

 あの時もそうだった。

「ねえ!あのね!」

 私は二人を呼び止めた。

「どした?」

「梓ちゃん?」

「おばあちゃんに、お線香をあげたい」

 私は初めておばあちゃんのお仏壇と対面した。両親の部屋の奥はクローゼットだとずっと思ってたけど、おばあちゃんのお仏壇はおごそかにそこにあった。

「あの写真が……私のおばあちゃん」

 おばあちゃんの遺影いえいを見た私は率直に……。

「ママ、似てるね」

「そうでしょ?ママと梓ちゃんも似てるでしょ?」

「うん、じゃあ私とおばあちゃんも似てくるかな」

「きっとそうだね」

 私は心がジーンとした。素直に嬉しかった。血のつながりってこういう気持ちのつながりなんだって感じた。

「ありがとう、二人とも」

「ご飯、食べようか」

「うん」

 私は晩ご飯のあとも、部屋の中でずっといろんな本を試し読みした。今度じっくり読みあさりたい。だって、おばあちゃんの本だから。

 発見。これ、前に一度少しだけ読んだ本。

 エリスは橋のたもとに立って、来る人来る人にたずねた。

「まちへいくの?」

「この先が町だよ」

「なぜまちへいくの?」

「働きに行くんだよ」

「いつかえるの?」

「夜には帰るよ」

「どんなしごとなの?」

「楽しい仕事だよ」

 こんなお話だったっけ……。私は本の表紙を見た。

【はしのはしとはし みかえつばき】

 その不思議な題の本は、エリスという少女が、橋のたもとに立って行き交う人たちにそれぞれの行き先を質問するお話で、本当の行き先を答えた人と、嘘の行き先を答えた人が、全然違う運命をたどる物語だった。

 エリスに本当の行き先を答えた人は、苦労はするけど答えた通りの行き先にたどり着く。エリスに嘘を答えた人は、苦労せず進むけど最後には行き先にたどり着けずに終わる。

「なんか、難しい……かも」

 つまり嘘はよくないってことだよね。

 私は分かったフリをした。

 それから毎日のように、今まで以上に部屋に入りびたっておばあちゃんの本を読んだ。


 気がつけば冬休みもお正月を迎えて、年が明けていた。

 でもやっぱり、学校には……行きたくなかった。

「棗ちゃん、やっぱり本当にいなくなっちゃったんだね……」

 3学期の始業式のこの日、式もホームルームも終わって下校時刻も過ぎてからも私は教室にいた。

 一番窓際の席を一番前から数える。

 日向ひなた

 星崎ほしざき

 馬門まかど

 愛花まなか

 御神本みかもと

 村雨むらさめ

 室伏むろふし

 森永もりなが

 私の窓際の列は、これで二人も減ってしまったらしい。

 棗ちゃん……どうして……。

『あとでこっそりキットカットあげるね』

 また涙が出そうになっちゃった。

 どうしても彼女の存在が大きく私の中に保有されている。

 忘れることなんてできない。

 あきらめることなんてできない。

 彼女が言い残した言葉の意味が分かるまで……。


「あれ、みかもっちゃん、かな」

 さすがにドキッとした。

「志摩先生……」

「まだ残ってたの?」

「あっはい、先生は?」

「私も一応これで実習生なんでね、課題とか成果とか色々あるって感じかな」

 私はもしかすると、って思ってた。

 この人ならって思ってた。

 3人で行動した数少ない人物だから……どうかお願いします。

「あの、先生」

「ん?」

「志摩ちゃんって呼ばれたこと、ありますか?」

 彼女の表情が少し反応したように感じた。若林の時は誰一人としてまったくだった。

「ない、と思うかな」

「そう、ですか……」

「なんで?」

「あっ、じゃあ、ウチのクラスのここ、窓際の列……」

 私は今さっき、自分でたどっていた8席を指し示した。

「ああ、うん」

「前に、私に名前のゴロ合わせっぽく教えてくれたでしょ?」

「そうだった、かな?」

「言ってみて、もらえますか……」

「マカドマナカミカモトムラサメ、かな」

「あ、ああ。ありがとうございます……すみません私も帰ります」

 完璧だった……。前は『マナカミカドミカモトムラサメ』って言ったのに……。やっぱり無理なんだ。

「あ、みかもっちゃん」

「え?!」

「だ、大丈夫?かな」

「何が……ですか?」

「えっと、そう。地質学で何かあったら……いつでも」

「ああ、ありがとうございます。地質学、おもしろいです。先生がこの学校にいる間に色々と教えてもらいたいです」

「そうだね、また行こう、三賀山遺跡に」

「また……はい、お願いします」

 私は諦めないと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る