謎解きと謎掛け(4)

 学者は言った。「マコトを見極めよ」と――。


 三賀山みがやま遺跡……。


『三賀山遺跡の発掘所に人がいて、テントの方へ散策路を下りたら……テントごと消えたんだ』

 消える前の若林が言ってた。

 三賀山遺跡でUFOを見たって。


『梓ちゃんが解かなきゃならないと思うのなら、私も行きたい』

 だから棗ちゃんは、準備はしておいたって……。


『地球の長い歴史の印が表れてる場所がある』

 志摩先生は三賀山遺跡によく足を運んでいる……。棗ちゃんはそのことを知っていたから協力を申し出るつもりだったんだ。


 途端とたんに私は質問せずにいられなくなった。

「あの志摩先生、そこ知ってます。三賀山遺跡……」

「そかそか、三賀山には超ド級の地層の露頭ろとうがあって中央構造線の一部なんじゃないかって言われてるかな」

「よく行くんですか?三賀山遺跡に」

「私は毎週のように行くかな」

「怖いこととか、ないですか?」

「高所恐怖症ではないし、安全ってわけじゃないけど楽しい、かな」

「そうじゃなくて」

「ん?」

「あ、梓ちゃん……」

「見たりしませんか?UFOなんかを!」

「あ、あっは、っは。ミカモっちゃん可愛い。夢見る文学少女かな?」

「ちがいますから!」

「あの、志摩ちゃん。今度そこに私たち見学に行きたいのだけど、ダメかな?」

「そかそか、いいと思う。なあに大丈夫、科学をこころざす私は未確認な物体には興味がないからな!」

 黒縁のメガネを2本の指でツマミながら彼女は、右の口角だけをやや上げて見せてくれた。そして分かった、この人は“リケジョ”なんだと。


 その後の私は、やっぱりいつまでたってもドキドキが消えなかった。

 特にその晩なんて、目がギンギンにえて寝付かれずに本の部屋を意味もなく彷徨さまよっていた。そういう意味ではいつもと同じだったりする。

 でもこのウロウロする自分が、熊牧場のクマと重なるってことは、つまり無意味だってことなんだよね、たぶん……。

 それからは、本棚に挟まっているマトリョーシカ人形を分割して戻したり、だるまを上下逆様さかさまに置いたらへの字口が笑ったとか、エジプト壁画の神像をよーく観察したら服が少しカラフルな織物っぽかったーとか、どうでもいいことをして眠くなるのを待った。


『梓ちゃん』

 どこだろう……。

『梓ちゃん』

『あ、棗ちゃん、なんかすっごく大人っぽい』

 あれ?私が子どもになったのかな……。棗ちゃんが私より先に大人になったのかな。

『梓ちゃん、しっかりね』

『棗ちゃん、待って棗ちゃん』

 目覚めてから洗面台の鏡に映った私の眼は、泣きらしたみたいになってた。

 洗面所の冷たい床に敷かれたフロアマットまで今朝はカチカチに冷たくて、左右の足の指をモジモジからませてその場から動きたくなかった。

 眼がボンボンに腫れてるから、かも知れない。

 今朝は凍えるほど寒いから、かも知れない。

 ただ単に寝不足で眠いから、かも。

 けれど違った。

 心のどっかにある引き出しにしまって、もう見付からなくてもいいよって忘れちゃいたい気持ち。

 なぜか無かったことにしたい。

 見なかったことにしたい。

 今こうして動こうとしない理由わけに、気付いていても、それが嫌な夢のせいだと認めたくない自分。

 ただの夢なのに。

 嫌な夢なんて誰にでもあるのに。

 でもどこかで普通じゃない私の見る世界が、自分の夢にまで影響してるんじゃないかって思ったら、確かめたくない。

 学校に行きたくない。

 行きたくないけど、行きたい。

 早く顔が見たい。

 早く棗ちゃんに会いたい。

 そして淡々たんたんと準備をすませた私は、玄関を飛び出していた。

 普段は走ることなんて滅多めったにない登りの明ル坂あかるかさかを、全力疾走してた。


 坂の向こうに美少女が待っていた。

 長い足を黒いタイツに包んだ靴先をくるりとこっちに向けて、振り向く。

 内巻きにしてる髪はマフラーの中に巻き込まれて、首元はモコモコしちゃってる。

 長い睫毛まつげまで今朝はあったかそうに見える。


「おはよ、梓ちゃん」

「棗ちゃん、おはよ」


 私はなぜか泣いていた。

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