第四十一節 君と見た向日葵#19
「わあぁ、綺麗だねー」
「こんなに沢山咲いてるなんてすごい」
そこには満開の向日葵が一面に咲き
畑だから歩き回れるのかな、そんなことを考えていた。
「こんな広いと迷子になりそう……」そんな不安そうな彼女の手を取り、手を繋いだ。手を繋げば離れない。この手をいつまでも離したくない。手を繋いだ感触から温かなぬくもりを
「大丈夫だよ、僕がいるから。安心して」
頼りない僕だけど少しでも助けになりたいと思い、そう声を掛け、励ました。
夏だからこそ見れる景色に圧巻されつつも、歩みを進めた。此葉と手を繋いでいると少し熱い温もりが伝わってくる。僕の力強い手も彼女に伝わっているだろう。少し緊張して胸の鼓動が早くなってくる。
「向日葵摘んじゃダメだよね……?」
それは当たり前だけどダメだ。そんな彼女の天然ぶりにもクスっと笑いながら、こう告げた。
「ダメに決まってるじゃん! だけどね、それくらい美しいよね。気持ちは分かるよ」
向日葵の黄色い花弁が何かを伝えるかのように太陽に当たって、光り輝いている。その花は僕たちに向かって元気よく咲いている。病気でつらいことがあっても勇気を与えてくれる。そっか。リオちゃんは向日葵に勇気を貰っていたのか。今、気づいた。
向日葵畑にいる人は割と沢山いた。ちらほら人がばらついているが、人の姿は見える。カップルで来てる人、親子連れ、友達同士、おばあちゃんと付き添い人、1人で見に来る人など様々な種類で来ていた。
向日葵を頭を横、左右に振り、見ていたら無言の間が続いてしまった。
「暑いね」タオルで汗を拭きながら僕が言う。
確かに歩き回っていると夏の暑さに負けそうになる。彼女は涼しげな衣装だが、「うん、そうだね」と共感の意を示す。やっぱり、思ってることは同じなのか。
向日葵はぶつからないように器用に咲いている。自然が
途中、虫が襲ってきて此葉がきゃあっと言って、僕のところへ
ところで、今僕たちはどこにいるんだろう……怪しくなってきた。彼女はそんなことを気にする余裕もなく、向日葵に夢中になっているが。
「あのさ、今どこにいるか分かる?」
「へ?」
まずい。これは土地勘のある僕が何とかしなくちゃ。僕はリードされてばかりだ。たまには男らしいとこ見せないと。彼女から頼られなくなってしまう。
そう危惧したのか僕は辺りを見渡し、来た道を頭の中に浮かべてみた。
「こっち」と言い、彼女の手を引っ張った。
そしたら、数分後には抜け道に辿り着き、ベンチがあって自動販売機もあった。道は合っていた。
「ありがとう」
「礼を言われるようなことした覚えないよ。兎に角、迷路から脱出できてよかった」
そう笑みを浮かべると自販機の前に立った。
「何飲もっか」
「私はやっぱりオレンジジュースがいい!」
「じゃあ、
そう言って財布を取ろうとポケットに手をつっ込んだり、持っている財布――しかも彼女から借りてる――の中を確かめたりしたが、お金が無かった。
「お金持ってないでしょ」
そうだった。自分が恥ずかしい。でもいつか、奢ってあげたい。その気持ちに変わりは無い。
結局、彼女に払ってもらい、僕は炭酸入りラムネジュース、此葉はオレンジジュースを買うこととなった。出会ったきっかけじゃない財布で買ってもらった。財布、色々持ってるんだと興味をそそられた。
ベンチに2人手を繋ぎながら座った。
「あ」そのタイミングで手を離した。ドキドキする。
少し休憩がてら雑談をする。ジュース美味しいねだとか向日葵綺麗だったねとかそんな他愛もない話。
「変わったね、雰囲気とか」と此葉が口に出した。
自分では気づかなかった。
「そうかな?」照れ笑いをした。
「変わったよ、前は怯えてるっていうかちょっと今より暗かったというか、ミステリアスで陰に隠れてて積極的じゃなかったのに、今は元気があって晴れ晴れしてて印象が良い」
「もしかして、過去と向き合ったの?」とも言われた。
「そんなふうに僕を見てたんだね。よく僕のことを見てるよ、すごいね」
「過去とは少し向き合ったかな」
「そうなんだ」
「というか病院で出会った人たちが良い人ばかりで教えてもらったってかんじかな。その人たちとの縁は深いよ」
「良かったじゃん! 人は
そう元気づけられて此葉はジュースのペットボトルを持ち上げ、天に向かって腕を伸ばした。
僕は此葉に「此葉は変わらないね。笑顔とか明るさとか優しさとか」と褒めたメッセージを送った。
「そんなこと言われると照れちゃうよ」此葉は頬を赤く染めていた。夏の暑さだろうか、それとも照れなのだろうか。
「勿論良い意味でだよ。入院前と比べたら変わった所もあったと思う」
「分かってるよ」と此葉は顔を背けながら言った。
「そろそろ行こっか」と僕は誘った。
ベンチから立ち去った。ハンカチを忘れて。
向日葵畑を来た道を戻って僕がエスコートして抜けた。
向日葵畑から遠ざかろうとする僕を引きとめる此葉。
「待って!」と止められた。
此葉はショルダーバッグからカメラを取り、手を振った。
「写真撮るの?」
「折角だから撮ろうよ」
此葉の隣に移動した。
「はい、せーの!」
ちーずじゃなくてせーのなんだ……そう思っていると後からカシャッという音が聞こえた。僕はピースサインをして、彼女は僕の体を片手で包み込み、もう片方はカメラを持っていた。
しばらくして確認すると2人とも笑顔だった。白いワンピースの彼女と黒いTシャツの僕。向日葵畑を背景に良い景色が撮れている。夏にしか撮れない1枚だ。良い思い出の品が出来た。
この写真で水彩画描きたいなと思った。絶対良い絵になる。
「それで渡したい物があるんだけど……」
あ、僕も水彩画プレゼントしたかった。持ってくるの忘れた。
「何?」
「颯のことが好きなファンをネットで募って会うことができたの。それでファンレター書いてもらったから。良かったらどうぞ」
そう言って差し出されたのは1枚の色紙だった。そこにはペンで書いたメッセージが添えられていた。此葉のもあるし、5人とかそんな人数じゃない。ざっと数えて20人はいる。昔から集めていたのだろう。
「そのネットで知り合った人のは?」
「ここだよ」
そう教えられ、指さした先には。
『世間の批判に負けず、強く生きて下さい。陰ながら応援しています。大好きです』との文字が書かれていた。
泣きそうになってきた。
「ごめん」と顔を抑えながら色紙を返すと、「どうした? 嫌だったの?」と心配された。
「違う、嬉しくて」
「貰っていいんだよ」と再度、色紙を渡された。
「僕も渡したい物あったんだけど持ってき忘れちゃった」
「今から持ってきていいよ。待ってるから」と言われたが、「いや、今日はいいよ。またの機会にしよう」と断った。
「じゃあ、今日はこれでお別れしよう」
別れの時間が来たことを此葉は伝えた。
「そうだね。また会える日を楽しみにしてる! すごく楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ」
別れを告げ、帰ろうとする此葉の目の、夕日に照らされ光った涙は忘れない。
何で泣いてるのかは僕にも分からなかった。
色紙を持って病室へと帰った。何だか心に引っかかったものは取ろうとしても取れなかった。
いつも通りの病室。看護師には幸い迷惑はかけてなかった。
夕食前に此葉の触れた手を確かめる。今日は此葉と過ごせたんだよね。向日葵見たのもベンチでジュース飲みながら話したのも写真撮ったのもファンレター貰ったのも全て現実。夢のようで仕方なかった。夢なのか現実なのか今でも信じ
此葉が触れたぬくもり。今もこの手に宿っている。此葉の触れた手を頬に当てて、ニコニコしながら感傷に浸っていた。
そんな手のぬくもりも次第と消え、ただの手になった。
今頃、どうしてるかな……もう家に着いたかな等と思いながら、夜ご飯を頂く。
食べ終わり、メールした。
すると午後8時くらいには返信が届き、返した。ここは午後9時には消灯だからなるべく早くやりとりを済まさなければならないのだ。今のところバレてないから、気持ちちょっと早めと思えばいい。
『今日は楽しかったね。向日葵綺麗だった』
お互い思い出を振り返る。
『こちらこそファンレター嬉しかったよ。良い思い出になったね』
感謝を述べる。
『それで向日葵畑を教えてくれたのって誰だったの?』
『それは教えられない』
『それはまあいっか。何でもない』
諦めてくれて非常に助かる。
『向日葵畑を回ってた時のエスコートや案内ぶり、男らしくてかっこよかったよ』
それだけ送信すると通信は切れた。嬉しい。とっても嬉しい。そういうこと言われたことあんまなくて気にしてたから。気にしてた事、気づいてたのかな……
今日は寝れなくなりそうだ。興奮しすぎて。僕の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。