第二十八節 病気の女の子と仲良くなって#6


「リオちゃんは何の病気なの?」


 そこから悲劇は始まった。聞いてはいけない質問だったらしい。それから、すっかり黙りこんでしまった。


俯いて無表情にさせてしまったので、絵本を持ってきた。


「ほら、ゾウさんだよー。ぱおーん」僕は本当にこういうのに向いていない。自分でやっていて恥ずかしくなってくる。子供ができたらどうするんだ。此葉に頼むしかない。此葉は上手そうだなーって考えていると思い出して、泣きそうになってきた。やめよう。


「ブレーメンの音楽隊はどうかな? 色々な動物たちが出てくるねえ」


絵本で指差し、動物に目がいくようにした。楽しませるつもりだった。


なのに、それが無意味だったことに数秒後、気づく。


「お兄ちゃん、無理しなくていいよ。わたしを励まそうとしてるんでしょ」


 何が理由かは分からないが、突然とリオちゃんは泣き出した。


うぅっ、ぐすっ、わああぁんっ


僕の袖で顔を拭く。何か地雷を踏んでしまって、触れてはいけない場所に触れてしまった。結果的に僕が泣かせたんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい」これは僕じゃなくて、リオちゃんの台詞だ。本当は僕が謝らなきゃいけないのに。


「僕のほうこそ、ごめんね」


「そうじゃないの、わたし、病気のことで、もう泣かないって決めたのに……病気の事は思い出したくなかった。治療から逃げてきたの、本当は迷子なんかじゃなかった、悪い子でしょ。バカだなって思うでしょ」


 迷子だと信じ切っていたが、そうじゃなかったのか。こんな小さな子が病気と闘ってて、逃げたくなる気持ちも分かる。でも、逃げるのは良くない。悪化したら死んでしまうかもしれない。リオちゃんは悪い子でもバカでもない。普通の女の子だ。


「リオちゃんは悪い子でもバカでもないよ。痛い治療とか怖いのとか嫌だよね。その気持ちは分かるよ。だけど、逃げてたら何も進まらないよ。一緒に乗り越えていこう」そう励ました。


そしたら笑ってくれた。笑顔を取り戻してくれた。


「もう病気の話はしないから」ときっちり約束をした。


 まずは趣味や好きな物の話題から始めるかと思い、さっそく話を始めた。


「好きな物とかある?」


「好きなものはディズニーとさくらんぼかな。あとジェットコースターに乗ってみたい」


ディズニーとさくらんぼか。さくらんぼは歌の方か? ディズニーで好きなプリンセスとかいるのかな……


「ディズニーでは好きなプリンセスとかいるの? 僕はあんまり詳しくないけど。さくらんぼは歌の方? それとも食べ物?」


「シンデレラとベルかな。あとさくらんぼは食べ物だよ。さくらんぼの歌って何?」


知らないのか、まあそうだよね。シンデレラとベルか……名前聞いてもしっくり来ない。


「シンデレラはあんまり境遇が好きじゃないんだよね。ベルは美女と野獣がどういう話か忘れちゃったっ! ごめんね、知らなくて」


「また否定! お兄ちゃん否定ばっか。美女と野獣は野獣になった王子様をベルが助けて幸せになるお話だよー」


「そんなに否定したっけ。そうなんだ。さくらんぼの歌は何でもないよ。さくらんぼ甘酸っぱくて、美味しいもんね」


それに対し、リオちゃんは一瞬困惑顔を見せたがすぐに満面の笑みを浮かべた。


「さくらんぼおいしーさくらんぼの歌が気になるなぁ……」と元気一杯な様子を見せた。


「さくらんぼの歌は本当に何でもないよ」僕は忘れてほしいと話を逸らそうとした。


「さくらんぼ、病院の食事で出たんだよね! すっごく嬉しかった!!」


病院食? 一体いつのことだろう。入院してきたばっかりだから知らないや。リオちゃんはいつから入院してるんだろう……これは聞いちゃ駄目か。


「僕も食べてみたいなー」と口ずさんだ。


 ちょっと話を変えてみようと思った。


「リオちゃんは退院したら行きたい場所とかあるの?」


「ディズニーランドと海外と東京タワーと北海道」


「そっか」


「でも、退院できないけどね。最期くらい、昔見たひまわり畑みたいなぁ……」


えっ、退院できない? だと?? 最期ってどういうことだろう……ディズニーランドと海外と東京タワーと北海道、行きたい場所というなら良い場所ではないか。僕も海外旅行してみたい。それ以外のリオちゃんが言った場所は行ったことある。


「退院できないってどういうこと? リオちゃんならきっと早いうちに退院できるよ」


リオちゃんは悲しい顔をしながら、「お兄ちゃんのさくらんぼの歌と同じくらい何でもないよ。退院はせんせーが退院できないって言ってた。お兄ちゃん、冗談だけどわたしの余命があと1年って言ったら、びっくりする? 悲しむ? もしわたしが死んだらお墓のそばにいて、見送ってくれる?」と上目遣いで不安そうに言った。手が小刻みに震えている。


「退院できないって先生に言われたの? そっか、重い病気なんだね。余命があと1年だったら悲しむし、驚くよ。そりゃあ。でも、嘘だよね……。それでも、その1年をリオちゃんと大切な時間にして過ごすよ。死んだら見送るよ。僕が死んでもよろしくね」


リオちゃんからの言葉はこういう状況だからか、どこか重く、切なく聞こえるのだった。だから、冗談を言ってても素直に聞き入れた。


「お兄ちゃんは退院したら行きたい場所あるの?」


「行きたい場所かぁ、此葉とデートした時の水族館かな。あと、リオちゃんが言ってた昔見たひまわり畑が気になる」


ちょっと個人情報言い過ぎちゃったかなと後悔したが、まあこれも良しとするかと考えた。ツッコんでくるかと思ったら、案の定ツッコんできた。


「デートってことは彼女いるの? 此葉って誰?」控えめに言ってバカなようだ。さっき、バカじゃないと言ったが訂正しよう。


「此葉は僕の彼女だよ」


数年間は彼女がいない日々だったけど、財布を拾っただけで、久しぶりに彼女ができた。不祥事を起こす前は沢山彼女がいた。あ、浮気してたわけじゃないからね。すごくモテてたという意味。僕の周りにいる女性はみんな彼女だ。そう脳内変換している。結婚を迫られたこともあった。だけど、すぐに断った。10代の頃だったから。今は此葉と結婚したい。あまり未来のことを考えない僕だけど。


「えぇーっ。彼女いたの? わたしと結婚するはずだったのに。今度、その此葉さんとも会いたいな。デートに行けるとか羨ましい」


出た、私や俺と結婚するはずだったのに。勝手な妄想なのに。ということは、リオちゃんは僕のこと、好きなのかもしれない。だけど、結婚とか恋愛の意味を本当に分かっているのだろうか……。


「リオちゃん、僕のこと好きなの?」


「好きだよ。好きに決まってるじゃん!」


無邪気だ。でもそれは恋愛の意味じゃないとすぐに分かった。


「それで、ひまわり畑っていうのは?」


「それはねえー病院の外にあるんだよ。散歩道さんほどうを抜けるとその奥にひまわりがたくさん咲いてるの」


「そうなんだ、今度行ってみたいな。リオちゃんはこの病院の事、詳しいんだね」


 リオちゃんに教えてもらったひまわり畑に行ってみたいと思った。夏になると太陽に照らされて、生き生きとしてるんだろうな。此葉と手繋いで歩いてみたいな。

とはいえ、ここの病院広くないか? 総合病院だからこのスケールは普通なのかもしれないけど。広場もあるし、公園みたいな所もあるし、ひまわり畑もあって、それで……病院内も広くて迷子になりそうだし、9階まであるし。VIP病室と一般病室に分かれてるから、尚更広い。


そう僕が思っている頃、リオちゃんはもう2年もこの病院にいるからねと思っていた。


リオちゃんがもう病室帰らなきゃと言ったので、ここで別れた。













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