第二十節 確信
今日は雨が降っていた。雨の音が室内に響く。まだゴールデンウィーク中だ。だけど、こんな雨だからどこにも行けない。颯にプレゼントした傘を思い出した。
「今日、雨だからこそ、あの傘で駅前のショッピングモール行かない?」
「いいね」
朝ご飯を食べてすぐ、買い物に行く準備を進めた。勿論、相合い傘は出来ないけど。
玄関を出て、マンションから出て、彼は戸惑っていた。
「どうやって差せばいいの?」
「えっ!?」
まさか傘の差し方が分からないなんて。
「ずっと差してなかったから……」
「こうやってこう持つんだよ。そしてこうやって開くの」と教えてあげた。
物覚えがいいのかすぐに理解してくれた。
「柄綺麗だね」
「そうだね」
チョイスが良いと褒められ、気分が良かった。颯が青の傘で私は赤い傘だ。
ショッピングモールで服や小物を買った。
今日は休日ということもあって、人が混んでいた。
「この服可愛いねー」と私はアピールした。
「此葉が着るともっと可愛くなるよ」
何気ない一言できゅんときた。
「そ、そうかなー」照れ隠しをした。
「この服もお洒落だね」などと話していると時間がすぐに過ぎてしまった。
小物も部屋に飾れる物などを買った。家が一層豊かにそしてお洒落になるね等と話していた。
帰りに本屋に寄り、予約していた本を買った。ウキウキな私を横目に見て、彼も満足そうだった。
帰り道。ザアザアと傘に落ちる雨音の中、彼の口が動いた。
「僕は…………だ、よ。だから駄目……の……別れ……」
「へ?」
「なんでもない」
正直、雨音で何も聞こえなかった。
家に帰ってすぐに颯からスケッチブックを見せられた。
「あげる」
「え、いいの?」
そこには桜の木の下での私たち、水族館での私たち。どれも美しく、輝かしい立派な絵だった。颯は絵が上手いのか。しかもその絵の2人は笑顔だった。悲しみや苦しみを忘れさせてくれる。まさに幸せを絵に描いたような絵だった。
「喧嘩中に描いたの、ネットカフェで」
颯はネットカフェに居たのか。だからテントに行っても居なかったのか。
「ありがとう」
こんな素晴らしい絵をくれるなんて。しかもスケッチブックには余白が残ってるのに。もう他に描くことないのか――
と思ってたら、これ、もやくんのサイン。どうして? まさか颯がもやくん!? いいよ、それでも。サイン、かっこいい。こんな近くにかつてのTopモデルがいるなんて……
私が黙って驚いて立ち止まっていたら、颯が
「どうしたの?」と心配そうに言ってきた。
「大丈夫、気にしないで!」と私は平静を取り戻した。
本当はもやくんのサインはずっと昔に貰っていた。サイン会に行ったのだ。もやくん(颯)は15歳だった。あの頃は少年って感じだった。爽やかで茶髪で好少年だった。サイン会に行く前からファンだった。サインを貰って握手もした。サイン会は長蛇の列だった。写真付き色紙でそこにサインを書いてもらった。今でも大切に仕舞ってある。
それを8年越しに貰うなんて夢にも思わなかった。
僕は実は此葉に一度会ったことがある。あれは確か、8年前の事だった。暑い夏の日で。僕はまだ幼くて。サインと挨拶と握手だからすぐに覚えた。作業のようにこなしていた。僕は幼年の頃から人見知りで、すぐに緊張してしまう。それを彼女は明るい笑顔で、「いつも陰から応援しています。大好きです、会えて嬉しいです。こんなに人いるのにお疲れ様です。頑張って下さい」って励ましてくれて、救われた。それから風の流れのように楽に思えてきた。サイン会はいつもより充実してて、何より楽しかった。
昼ご飯の時はずっと無言だった。午後は買ってきた本を読んでいた。心理学の本だった。颯は相変わらずゲームをしていた。
颯の風呂を待っている間、ずっとスケッチブックを眺めていた。描いてくれてたんだ、喧嘩中も私のことを思ってくれていた。泣きそう、泣く。なんでこんなに人思いの人が逮捕されなきゃいけなかったんだろう……
ご飯を食べ終わったらすぐに寝ようとした。隣にいる人がもやくんだと思いたくない。それは憧れ、頂点にいる理想の人という意味で。
隣を見る。颯が横になっている。こちらを見てる。
颯くんはもやくん。その事実に変わりはない。私は気づいてしまった。
テレビを嫌うのも過去にたくさん批判されてきたから。雑誌を捨てたのも自分より輝いている人をこれ以上見たくなかったから。雲霧靄の写真を切り取ったのは過去の自分を消すため。自分のことを調べられたくないのは性犯罪者だったから。自分を知られるのが怖かった。全てが繋がった。
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