流氷の上のプライドチキン

桑原賢五郎丸

光る手錠と老町長

 どんよりと白く曇った空の下、極寒の強風にさらされたのぼりがバタバタと勢いよくはためいている。


「ようこそ少年院とヨモギの町、ぼう富良ふらへ」

「ハイテクカップル手錠あります」


 空が激怒しているような突風が吹き、数本ののぼりの柱がメキメキと折れもみくちゃになりながらすっ飛んでいった。飛んでいったのぼりには「センタッキープライドチキン決勝戦」「ふるさと納税の返礼品に手錠はいかが」という謎の文字が書かれていた。


 この冬、とある世界大会の決勝戦が、厳冬を迎える極北の暴富良町で開催されることとなった。正確に言えば暴富良町外ではあるのだが、町側が強引に


「町内ですだ」


 と言い張ることにしたのだ。そんな場所で行われるのは、天ぷらやフライといった揚げ物のみに焦点を絞った大会である。

 その名は「センタッキープライドチキン(SPC)」。大手家電メーカーが「どんな油汚れでも落とします」と豪語した自社洗濯機の性能を知らしめる為、冠スポンサーを買って出たことによりこの名前がついた。大会後は出場者たちのコックコートやエプロンの汚れを落とすパフォーマンスも行われる。洗濯機のプライドがかかっているのだ。

 重要な「洗濯機」の部分がカタカナで表記されている理由は明らかにされていない。また、チキンと銘打たれているが鶏肉料理に限定しているわけでもない。


 料理の腕前を競う大会は数多い。ジビエ料理で勝敗を決めるもの、山菜料理の優劣を競うもの、はたまた国の威信をかけた世界選抜戦など、その手の大会は枚挙にいとまが無い。


 日本でもなんとなく世界大会を開催してみようか、やった方がいいんじゃないか、いや、やらないとちょっとダメなんじゃないか、という雰囲気になった。

 バブルが弾けてからというものの、勢いよく左肩を上げ続ける日本経済をどうにかしなければならない。どうにかしなければならないがどうしたらいいのか、もう全然わからない。そういった志は高く能力はそれなりの人間たちが集まり、SPC大会の発足委員会がぼんやりと生まれた。

 そこへ集まった観光業や製造業、市町村や政治家の誰もがなんとなく悩んでいるような顔をしながらその実、何も考えずにハンコをポンポンと押していたところ、いつのまにか世界大会になっていたのである。今回の決勝戦の舞台が暴富良町に決まった理由は、最終的に立候補していたのが暴富良町だけだったからだ。


 暴富良町長・能生のうなし一夫かずおにとっては誤算だった。本気で招致する気は全くなかったからである。あくまで町の為にがんばってますという町民に対してのアピールだったが、そこは無能町長、他の市町村が次々と招致活動から撤退していったことなど全く把握していなかった。

 会場の用意などしていない。あるのは小さな公民館か少年院の運動場だけだった。よくわからないとはいえ、まさか世界大会の決勝戦を少年院で行うわけには行くまい程度の認識はある。


「流氷の上でやれば、はあ、いいんじゃねえですかね、独自性あっぺ」


 そう進言してきた秘書の田分たわけは、その名の通りの特性を持っていた。事故の可能性など微塵も考えていない。能生梨は手を叩いて賛同の意を表明した。


「そいつはいいべ。それにしよう。我が市に特産品はあったべか。土産に買ってもらおう」

「ねえですな。何一つねえですな。はあ、強いていうなら少年院があるくらいだ。あとはとうもろこし畑とそこら中に生えてるヨモギと、海産物くらいで」

「んー。なら手錠を名産品にすっぺ。観光客なら喜んでなんでも買ってくべ」


 急遽名産品に指定された手錠は、寒い地方だからということで発光ならびに寒さに反応する発熱機能も装備、海が近いこともあり防水機能まで備わったよくわからないものに仕上がったのである。


 蒙昧な町長により、一夜にして暴富良町のシンボルとなった手錠は町章にも採用された。平家建て町役場の正面玄関に貼り出された暴富良町の象徴は、誰がどう見てもしがないストリートアート以下の代物、当然町民からは不満の声が上がったが、加齢で耳が遠くなっている能生梨にその声は届いていなかった。


 数日後、SPCより能生梨宛の封書が到着。中を改めた能生梨は確認もそこそこに無邪気な喜びの声をあげた。一週間後の大会が、テレビで全国に放送されると記されていたのだ。

 更に、審査員として暴富良町長への出席の依頼が書かれている。


「そうかそうか。んならば目立ってやらねばなるめえ」


 能生梨は田分を呼びつけ、適当な命令を下した。


「どっかのプールでな、ぶあっちい氷こさえといてくれ。収録日の朝にそれを海に浮かべる」

「なしてそんなことを」


 田分は口を開けながら町長の答えを待つ。


「暴富良ではこんなきれいな、プールで作ったみてえな真っ直ぐな流氷が出来んだぞって。したら観光客押し寄せるべ。どっと押し寄せるべ。で、さみいからみーんな手錠買うべな」


 さすがは町長だべ、とおべんちゃらを入れた田分は、よく考えずに適当な提案をした。


「んならついでに手錠の100個でも閉じ込めておくべか。町のアピールになっぺや」

「そういうことなら、わしの写真も入れておいてくれんか」


 当然のように能生梨も全く考えず、適当で自己承認欲に溢れた生々しい提案を返した。

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