番外編 メリークリスマス! おまけ

「……おはよ、ライラ」

「おはよう、リー君」

「これ、置いたのライラ?」


 リアンはまだ眠そうな目をこすって枕元をちらりと見た。そこには一枚の雑巾が置いてある。


「私じゃないわ。だってほら、私の枕元にも置いてあるもの。アリスの枕カバー」


 そう言ってライラはアリスからのクリスマスプレゼントを抱きしめた。


 ライラの雑巾にはライラの魔法を表現しようとしたのか、拙い雷のマークが刺繍されている。ちなみにリアンの雑巾にはとにかくグルグルとした渦巻き模様だ。


「……雑巾だよね?」

「枕カバーよ。アリスが枕カバーだと言ったら、それはたとえスリッパでも枕カバーなの」

「流石にそれは無くない⁉ ライラ、ちょっとアリスの事心酔しすぎだよ⁉」


 リアンはキラキラした顔で雑巾を握りしめるライラを抱きしめた。このままではルイスではないが、ライラをアリスに盗られてしまいかねない。咄嗟にそんな事を考えたリアンだ。


 

「ぶはぁっ! 苦しいっ! な、なんだ⁉」


 ルイスは突然の息苦しさに慌てて飛び起きた。その拍子に顔から何かがヒラリと落ちる。


「ん? なんだ、これは……雑巾……か?」

「ルイス? どうしたの? 随分早いわね……」

「ああ、すまんキャロ、起こしてしまったか。いや、これが顔の上に乗っていたんだ。苦しくて起きてしまった」


 そう言ってルイスがつまみ上げたのは一枚の雑巾だ。暗殺されるにしても雑巾で窒息死は嫌だ。それを聞いたキャロラインは飛び起きた。


「なんですって⁉ 顔の上に⁉ 暗殺かもしれないわ! 大変! 早く皆を集めなきゃ……あら? こ、これは……」


 キャロラインはベッドから下りようとしてふと自分の枕元にあった雑巾を拾い上げた。ルイスには適当な感じで顔にかけてあった雑巾だが、キャロラインのは丁寧に折りたたんでおまけに歪なハートが刺繍してある。それを見てキャロラインはスッと目を閉じた。


「アリスね」

「ああ……そのようだな。それにしても何故俺には顔の上に置くんだ! おまけに無地だぞ!」


 何ならちょっぴり汚れている気がしないでもない。なんだ、この差は! 


「まぁまぁルイス。ちゃんとくれた事を喜びましょう。もしかしたら何か刺繍しようとして失敗したのかもしれないし」

「そ、そうか? あいつが失敗したぐらいでへこたれるとは思えんが……まぁしっかし下手くそだな!」


 アリスの雑巾を手に笑ったルイスを見てキャロラインも目を細めて頷いた。


「でも、とても暖かい贈り物だわ」



 カインは今日に限って夜中に目が覚めた。鳥たちの朝食を入れておくのをすっかり忘れていたのだ。


「ふぁ……ほ~ら、皆ご飯だぞ~……ん? 誰だ⁉ ぐふっ!」

「ホッホッホ~! 今日だけはゆっくり寝るんじゃぞ~。だ~いじょうぶ! この子たちの食事は私が代わりにやっておいてやろう!」


 途切れる意識の中でそんな声を聞いたカインは、その後ゆっくりと意識を失った。


 それからどれぐらいの時間が流れたのか、カインはフィルマメントの叫び声で目を覚ました。


「カイン! こんな所で寝てたら風邪引いちゃうよ! それにどうしてこんな大きなコブができてるの⁉」

「いてて! え? あれ? ゆ、夢……?」


 確かに自分は深夜に起きたはずだ。その後鳥たちに餌をやろうとしてここまで来たのはしっかり覚えている。問題はその後だ。何か聞き覚えのあるセリフを聞いた後殴られたような気がする……。


「大丈夫? カイン」

「あ、ああ。大丈夫……はっ! あいつらの飯!」

「え? 皆もうお腹いっぱいになってるよ? 何かいつもよりも食いつき良かったみたいだけど、ご飯変えたの? それよりもこのコブどうしたの!」


 フィルの言葉を聞いてカインが鳥かごを覗き込むと、見たことも無い餌とおもちゃが鳥かごに入っている。そしてそのカゴの下には茶色い毛と雑巾。


「フィル、犯人が分かった。アリスちゃんだ。遠慮なく俺を殴ってコイツらに餌やってこれ置いてったみたいだよ」

「これって……私の枕元にもあった! 誰がこんなイタズラしたのかと思ってたら、アリスだったの⁉」

「ああ。多分これがノアの言ってたアリスの枕カバーだな。うわぁ……本当に枕入れるとこないじゃん」

「雑巾じゃなくて枕カバー⁉」


 驚きすぎたフィルマメントは急いで寝室に戻ってゴミ箱の中からアリスの枕カバーを取り出してゴミを払う。てっきり誰かのイタズラだと思ったフィルマメントはそのままゴミ箱に突っ込んでしまったのだ。


「そっか、あの時フィルまだ居なかったもんな。そん時の話してやるよ。アリスちゃんの事だから他の皆にも餌やってくれてんだろ。もっかいベッド戻ろ」

「いいの? カイン今日仕事じゃ……」

「たまにはいいよ。後でズル休みするよーってルイスに連絡しとくから」


 そう言ってカインはイタズラに笑ってフィルマメントを抱き上げると、また寝室に戻ったのだった。

 


 オリバーは寝返りを打ってふとある違和感に気づいた。何だか変だ。何が? よく分からないが何かがしっくりこない。相変わらず家の周りには鈴が張り巡らせてあるから侵入者の可能性はないし、隣ではまだドロシーが気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている。


 オリバーはどうにか体を起こして首を傾げた。部屋の中はいつもどおりで特に何も問題は無さそうだ。


「気のせいっすね……ん?」


 もう一度寝なおそうとふと枕に目をやってようやく違和感に気づいたオリバーは、慌ててドロシーを抱きかかえてベッドから飛び降りた。


「なぁにぃ? オリバー、どうしたのぉ?」


 むにゃむにゃと目をこするドロシーを抱きかかえたまま、オリバーは硬直する。


 オリバーの枕カバーが何故か雑巾に変わっていたのだ! いや違う。これは見覚えがある。捨てたくてもずっと捨てられなかったアリスの枕カバーだ。


「ア、アリス……一体どこから……まさか妖精が?」

「オリバーってば、どうしたの?」

「あ、いやごめん。どうも夜中にアリスが来たみたいっす。全然気付かなかった……」


 オリバーの言葉にドロシーが不思議そうに首を傾げた。


「アリスが? どうして?」

「この枕カバー、いや、雑巾はアリスお手製の奴っす。その証拠にほら、ドロシーの枕元にも置いてあるっしょ?」

「……ほんとだ。でもこれ枕入れるとこないよ? でも枕カバーなの?」

「らしいっす。てか、俺の枕カバーどこ行ったんだろう?」


 ドロシーへの雑巾はちゃんと枕元に置いてあるのに、オリバーへの雑巾はすでに枕の上に置いてある。何故か本来あったはずの枕カバーは綺麗に無くなってしまっているではないか。枕カバーを交換された事にも気付かず寝こけていたなんて一生の不覚だ。


 そんな事を考えながら雑巾、もとい枕カバーをどけるとそこには一枚のメモが。


『前あげた奴まだ持っててくれてたんだね! 気に入ってるみたいだから大サービスでもう一枚あげる! ついでに交換しといてあげたゾ! キメッ!』

「……はあ⁉」


 どうやらアリスはまだオリバーが以前の雑巾を持っている事に気づいたようで、オリバー愛用の枕カバーと雑巾をわざわざ交換してくれたようだ。余計な事をするものである。


「オリバー、また買お。ね?」


 雑巾を握りしめて震えるオリバーを見兼ねてドロシーが言うと、オリバーはコクリと無言で頷いたのだった。

 


「アラン様! これ! 何か枕元に置いてあった!」

「僕の所にもありましたよ。一体何なんでしょう?」


 二人は謎の雑巾を握りしめて首を傾げていた。クリスマスの時期はいつもアランは学園には居なかったので、アリスの枕カバーの話は知らない。


「まぁとりあえず、ちょうど良かったです。研究室の雑巾をそろそろ新調しなければならなかったので」

「私も道具拭く雑巾欲しかったから丁度いいかも! 誰だか分からないけど、ありがたいね」

「ええ。どこの誰だか分かりませんが、わざわざ枕元に置いておいてくれなくても良かったのに」


 というか、枕元に雑巾は置いて欲しくないが、丁度良かったのは本当だ。絶対に必要なのについつい作るのをいつも忘れてしまいがちな雑巾。たかが雑巾。されど雑巾である。


 二人はだから全く気付かなかった。その雑巾がアリスお手製の愛たっぷり仲間の証枕カバーだと言うことには。


 けれど他の誰よりもこの二人は愛用してくれている。今もずっと雑巾として。

 

 

 深夜、小さな物音にシャルルは目を覚ました。何か異様な魔力を感じた気がしたのだ。何気なく窓を見るとそこにはカーテンが引いてあって外は見えないが、何故かカーテンは不自然に揺れている。シャルルの緊張した雰囲気が伝わってしまったのか、隣で眠っていたシエラが目を覚ました。


「シャル?」

「しっ! 静かに!」


 何か話そうとしたシエラの口を覆ったシャルルは音も立てずにガウンを羽織り、そっと窓辺に近づいた。シャルル達の寝室は城の一番高い場所にある。何よりも結界が張ってあるのでこの部屋自体が見えないはずなのだ。もしもこの部屋が見えたのなら、それは相当魔力の強い者と言うことになるのだが。


 シャルルは大きく息を吸い込んでカーテンの隙間から外を覗いて――。


「⁉ ’&$’($&(’%%#!」

「シャ、シャル⁉ だ、大丈夫⁉」


 声にならない叫び声を上げて後ろに倒れ込んだシャルルを見てシエラは慌ててシャルルに駆け寄り窓の外を見て悲鳴を飲み込んだ。


 窓の外には金色の光る大きな目がギョロギョロとこちらを伺っている。中が見えないのか、さっきからずっと生暖かい鼻息が窓枠の隙間から入り込んできていた。


「……ド、ドン……ちゃん?」

「……え?」


 シエラの言葉にシャルルはようやく立ち上がってカーテンを大きく開いた。そこにはシエラの言う通りドンの上でアリスが腕を組んで座って困ったような顔をしているのが見える。


『う~ん、私の勘ではこの辺なんだけどなぁ~』

『キュキュ!』

『あ、やっぱドンちゃんもそう思う? やっぱここだよね? じゃもう眠いしここに枕カバーねじ込んで行こ! よし! これであとはキリと兄さまだけだぞ! それじゃあドンちゃん! 全速力でバセット家へゴー!』

『キュゥ~!』

「……」

「……」


 あっという間に見えなくなってしまったドンとアリス。それをシャルルとシエラは唖然として見ていた。魔力ではなく己の勘のみでここに辿り着いたアリスとドンの恐ろしさと、何よりも枕カバーだと言って置いていったものはどう見ても雑巾の成れの果てである。最早四角くもない。ガタガタだ。


 しばらくそれを手に取りしげしげと見つめていたシエラが、ふと笑みを漏らした。


「見てシャル。このステッチ。多分私達のイニシャルじゃないかしら」

「……かろうじて数字の8に見えるのですが……」

「きっとSがくっついちゃったのよ。ふ、ふふふ!」


 雑巾の成れの果てを握りしめて笑い転げるシエラを見て、シャルルの肩からも力が抜けていく。行儀悪くその場に座り込んで安堵のため息を落とし、シエラの腰を抱き寄せた。


「はぁ……私はやっぱりあなた達には敵いませんねぇ」

「あら、そう?」

「ええ。あちらのアリスにも私のアリスにも、一生敵う気がしません」


 シエラの髪に顔を埋めてポツリと言ったシャルルに、シエラは小さく微笑んだ。


「それは仕方ないわ。だって、私達ヒロインだもの!」


 と。

 


「あ、アリスおかえり。どしたの、そのコブ」

「キリが起きてたの……兄さま、よしよしして」


 大量の雑巾を持って飛び出して行ったアリスにノアは動じること無く寝室で読書をしていた。新婚のクリスマスの夜に、先に寝るなんてありえない。何が何でも起きていてやる! と思い本を読み始めると夢中になってしまっていた。


「アリス、キリの所も新婚さんなんだよ? ちょっとは遠慮してあげないと可哀相でしょ?」

「遠慮したもん! だから窓の外から鍵開けて放り込んだんだもん! そしたら凄い勢いで、寒い! って殴られたの!」


 何かイチャイチャしているような気がしたので最大限に遠慮したアリスは、中を見ないように窓の鍵を開けて雑巾を二枚放り込んだ。ところがその後キリが物凄いスピードで出てきて超特大のげんこつを食らったのである。おかげで傍から見ても分かるほどアリスの頭頂部はたんこぶで膨らんでいる。


「しょうがないなぁ、アリスは」


 べそべそしながら抱き着いてくるアリスを、ノアはニコニコしながら抱きしめてしばらくよしよしと撫でてやる。


「温かい物淹れてこようか」

「うん。ホットミルクがいい!」

「注文までつけるんだ。分かった」


 そう言ってガウンを羽織って出ていこうとしたノアの腕をアリスが掴んだ。何だろうと振り向くとアリスは何を言うでもなくノアの手を握る。


「一緒に行くの?」

「うん」


 手を繋いで深夜にホットミルクをノアに淹れてもらう。昔アリスがお腹が減って眠れなくなったら、いつもこうして二人でこっそりホットミルクを作った。


 それをふと思い出したアリスは何となくノアと離れたくなくてノアの手を握ると、ノアもちゃんと握り返してくれる。


「こうしてると小さい頃の事思い出すよ。アリスはこの時期になるとほぼ毎晩お腹減ったって僕の部屋に来てたよね」

「うん。兄さまのホットミルク飲むとお腹いっぱいになったんだ。なんでだろう?」

「さあ……何でだろうね」


 他の誰が作ってもアリスは駄々をこねて寝ないのに、ノアが作るとアリスはいつもすぐに寝ついた。アーサーはそんなアリスを見ていつも言っていた。


 本当はアリスも寂しいのだろう。寂しいという感情をお腹減ったって事にして無意識に誤魔化しているだけなんじゃないか、と。


 素直なのに不器用なアリスは、寂しいと口にすると襲ってくる悲しみを多分本能で知っていたのではないだろうか。


 そして、それは今もだ。クリスマスをして世界中の人を喜ばせて、皆の所に枕カバーを届けに行ってふと我に帰ったアリスを襲ったのは、言い知れぬ寂しさだったのではないだろうか。


「アリス、僕はずっとアリスと居るよ」

「うん」

「それからはいこれ、僕からアリスにクリスマスプレゼント。アリスは放っておいたらいつも誰かにあげてばっかりだから」


 そう言ってノアはガウンのポケットから小さな箱を取り出してアリスに渡した。本当はアリスの枕元に置いておいてやろうと思ったけれど、これは今渡すべきだ。


「やったぁ~! 何だろう? 開けても良い?」

「いいよ」


 ノアの返事を待つ前にその場で飛び跳ねたアリスは既に箱を開けている。中から出てきたのは小さなロケットだ。


「ロケット?」

「うん。君はいつも何かに夢中になって僕たちの事を忘れるからさ。忘れないように、寂しくないようにお守りだよ」

「お守り? わぁぁ! これ、父さまの部屋に飾ってあるやつ⁉」

「うん。小さくしてもらったんだ。僕もキリもお揃いのを持ってるよ、ほら」


 そう言ってノアは胸元からお揃いのロケットを取り出してアリスに見せると、アリスは嬉しそうに笑う。


 ロケットの中にはアーサーの執務室に飾っていた幼い頃の3人の絵姿がはめこまれている。しばらくその絵姿を見つめていたアリスが、ふと小さな欠伸を噛み殺した。


「眠くなってきたの?」

「うん。なんかね、この絵見てたら急に眠くなってきた。何でだろう?」

「何でだろうね。じゃあ今日はもうベッドに入ろう。皆の反応聞かせてよ」

「いいよ! えっとね――」


 厨房までたどりついた二人は、手を繋いだまま元来た道を戻る。


 こうして結婚して初めてのアリスとノアのクリスマスは幕を閉じた。


 ロマンチックにはならなかったけれど、それがアリスらしい。ノアは笑顔を浮かべながらベッドの中でずっと、楽しそうなアリスの話を聞いていた。


 朝になったらアリスがあちこちに勝手に植えたツリーを二人で見に行こう。マフラーをして手を繋いで二人でくっついていれば、きっと寒くもないだろうから。

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