第五百十七話 二人の記憶


「それは簡単です。あなたがアリスの敵役だったからですよ。毎度毎度アリスに陥れられる。何故だろうと考える。自分で行動する事を思いつく。そうして、いずれはあなたがアリスと手を組む。恐らくAMINASはそう考えたのだと思いますよ」

「……そうなの。期待されてたって事なのかしら。何だか裏切ってしまったようで申し訳ないわね」


 今までのループで自分がしてきた事を思い出したキャロラインはそう言ってシュンと頭を下げたが、シャルは首を振った。


「いいえ、そうではありません。あなたはとてもよくやってくれた。多分、AMINASはあなた達がここまで深い絆を繋ぐ事になるとは思っていなかったと思うのです。だから最初は私が女王の邪魔をしていた。ゲームに関わらせないようにする為に。ところがいつからかAMINASはあなた達であれば、女王の存在に対処する事が出来ると判断したんです。だからゲームの最後に新しい戦いが追加された。ゲームに女王を関わらせて、本来ならもっと先に起こる筈だった外の世界との戦争を今に持ってきたんです。強制力が適用されれば、必ずそれは起こる。それを逆手にとったという訳です。それは偏にあなたがアリスの話を信じ、アリスの代わりに聖女になる事を決め、行動したからです。あなたでなければ、成し得なかったんですよ」

「ちょっと待ってくれ。女王との戦争は本来もっと先に起こる予定だったのか?」


 ガタンと立ち上がったのはルーイだ。そんなルーイにユーゴも頷いている。


「ええ。少なくともこんな直近では無かったと思います。まずはルーデリア内にオピリアを蔓延らせ、ジワジワとこちらの人間を支配してから事を起こす予定だったんですよ、女王は。けれど、それはゲームの強制力によって阻止されてしまった。焦った女王は自ら引き金を引いたと思い込んでいるでしょうが、本当の所は彼女もAMINASに踊らされていたと言う事です。何年後になる予定だったのかまでは分かりませんが、彼女は本当は執念深く機会を待つつもりだったのだろうなという事は分かります。性格的に」


 シャルはそこまで言って白茶を一口飲んで顔を輝かせる。


「じゃあ、戦争自体はAMINASが無理やり引き起こしたって事か……いつからAMINASは女王を利用しようと思ってたんだろうな」


 何となく気持ち的にはすっかりAMINASも仲間だと思っているカインが言うと、シャルは笑みを浮かべて言った。


「勇者エリスが活躍しだした頃からでしょうね、きっと」

「え⁉ そんな前から?」

「ええ。エリスという人間がバセット家にやってきたのはただの偶然です。ですが、彼があちらに戻ったのは偶然ではありません。彼が外の世界で動きやすいよう私にエリスに手を貸すよう指示して来たのはAMINASですよ。だからその頃から、AMINASには彼が外の世界で力を発揮して教会を倒すと言う道筋が見えていたのでしょう。そうすれば女王は嫌でもルーデリアに攻めてくる時期を早めるだろう、と。あとは力を二分させる為でしょうね。本来なら教会と女王は対立する事無く、こちらに責めてくる予定だったんでしょうし」


 それが何の因果かノアが転生し、『花冠』に興味を持ったアメリアが教会を裏切った。こうなってくると、もしかしたらノアの転生でさえAMINASが仕組んだのではないかと思えるが、ただの人工知能にそれは流石に出来まい。


 すると、それまで黙って聞いていたトーマスがポツリと言った。


「AMINASは……まるで神ですね……。最早人智をとうに超越した存在です……」

「だな。俺もそう思った。でも、それはあながち間違いではないのかもしれないぞ。俺達の世界は、ゲームが終わってもAMINASに保存されているのだろう? という事は、AMINASは俺達にとって世界そのものだ。妖精王に次ぐ存在なのかもしれんぞ」


 人工知能というものがイマイチ分からないトーマスとルーイが言うと、シャルも肩を竦めて笑ってみせた。


「確かにそうかもしれませんね。支倉乃亜はあくまでアリス達を助けたくてAMINASを作りましたが、AMINAS自体が学習し続け、とうの昔に支倉乃亜の思惑を追い越し、あなた達だけではなく、この世界を愛し始めていたのかもしれません。AMIとは、私達が居た世界のモンゴルという国の言葉で意味は『命』。NASは、ネットワークアタッチドストレージという言葉の略なんです。これはパソコンと線で繋いでファイルやデータを大量に保存する為の機械の事なんですよ。最初のうちは、支倉乃亜はずっとこの機械にあなた達の情報を集め、保管していた。そこから名前をとったんです」

「つまり、命の保管場所……という意味合いを持っているの?」

「はい。ピッタリでしょう?」

「そうね……素敵な名前ね」


 キャロラインが笑みを浮かべて言うと、それを聞いてシャルも嬉しそうに笑った。


「名は体を表すとは、よく言ったものだな。なるほど……しかし、何か姿はないのか? それこそシャルのような」

「姿ですか? 姿は残念ながらありませんが、声は少女の声を使っていましたね。何の願望かは分かりませんが」


 あれはAMINASの趣味なのか支倉の趣味なのかは分からないが、AMINASがシャルに話しかけてくる時は幼い少女の声だった。


 それを聞いてルイスがパッと顔を輝かせる。


「そうか! では、何か姿をつけてやらなくてはな。彼女もまた、俺達の仲間だろう?」


 ルイスの言葉にカインも頷く。


「いいんじゃない? 何ならルイス、娘が生まれたら名前貰えば? 賢くて慈悲深い子になるんじゃない?」

「いやー、それはどうかなぁ。なかなかエゲツナイ事する子になっちゃうんじゃないのぉ? だって、アリスがあんなになるの止めなかったんだよ?」


 そう言って笑ったリアンの脇腹を、ライラが小突いてきた。


「リー君! 罰が当たったらどうするの!」

「大丈夫だよ。こんな事ぐらいで罰当てないよ、AMINASは。むしろ笑って聞いてると思うな」


 居もしない、姿も無いただの人工知能なのにレインボー隊のせいで、すっかり人工知能は生物だという認識が出来てしまっている仲間たちである。何だかそれがおかしくてシャルは声を出して笑ってしまった。


 支倉乃亜は倒れる前の日の夜、パソコンの中のシャルに言った。


『家族を作れなかった僕の大事な家族なんだ、AMINASは。可愛い娘みたいな存在なんだよ』


 と。


 何となくそんな事を思い出してシャルは切なげに視線を伏せる。


 ノアと支倉乃亜では、やはりどこか違う。もう二度とあの支倉乃亜には会えないのだと思うと、思いがけず寂しくなってくるから不思議だ。


「そんな顔しなくても、僕は今も君の前に居る。AMINASもだけどシャル、君だって僕の息子のようなものなんだ」

「っ!」


 驚いて顔を上げたシャルの前に、いつの間にかノアが立っていた。こちらを見下ろして笑う顔は、支倉乃亜の時のままだ。そんなノアを見上げてシャルがポツリと言った。


「……また、会いに来る」

「うん」

「会社子供に任せたら、アリスとこっちに居てもいい?」

「うん、構わないよ。フルバージョンをクリアした君は、もう自由だ。好きな所に居るといいよ」


 ノアが答えると、シャルは子供のような顔をして泣き出しそうに笑う。そんなシャルを見てノアも微笑んだ。


 シャルの人工知能の情報は十六歳の支倉乃亜から始まっている。寂しがりやで怖がりで、必死になって虚勢を張る事で毎日どうにか生きていた。


失ったモノの事なんて考えないように、うっかり思い出してしまわないように。だから余計にアリスに傾倒したのだ。彼女なら、もしかしたらこんな自分でも愛してくれるかもしれない、そう思ったから。


 二人の話を聞いていたルイスとキャロラインは相変わらず目頭を押さえている。それを見てリアンがハンカチを差し出しながら言った。


「もう止めたげて。おじいちゃんとおばあちゃん、また泣いちゃうから」

「な、泣くだろ⁉ 感動の親子の再会なんだぞ⁉」

「そうよ! 尊いお話じゃないの」


 そんな事を言うルイスとキャロラインにカインが腕を組んで考え込んだ。


「親子なぁ……どう見ても同い年か、何ならシャルのが上に見えるんだよなぁ」

「ほんと、それ。子供の姿とかだったらまだ辛うじて親子に――そう言えば!」


 突然何かを思い出したかのように叫んだリアンに、仲間たちは体をビクつかせた。


「ビ、ビックリした……どうしたの、リー君」

「あ、いやごめん。最初にさ、アリスの前に姿を現したのは何でだったのかなってずっと気になってたんだよね。そっから全部始まったんでしょ?」

「言われてみればそうだな! シャル、何故なんだ?」

「あれは確認に行ったんですよ。とは言え私に実体は無かったので、覆面に私の映像を投影しただけの偽物ですが」

「確認って、アリスが思い出したかどうかって事?」


 ノアが問うと、シャルはコクリと頷いた。


「本当は、私はそれまでにも何度かアリスに会いに行ってるんですよ」

「そうなの?」

「ええ。アリスが琴子を思い出していなかったら、私と出会った事は記憶から消えるよう魔法をかけてたんですよ。ですが思い出した途端にアリスの魅了が発動して私の魅了なんて効きませんでしたが」

「それでお嬢様のシャル様に対する記憶はあやふやだったんですね?」

「そうです。あの時は既に筋書きも出来ていたので、余計な事はしないよう警告までしたのに、あっさりそれを破るんですから、本当に参りましたよ」

「そっか! あれ、そういう意味だったんだ!」


 突然の声に皆の視線が一斉にアリスが寝ていた部屋に集まる。


 そこには、明らかに寝ぼけ眼で寝ぐせまでつけたアリスが、キメッ! のポーズをして立っていた。

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