第五百四話 裏切者たちと利用される者

「そうだな。悪いな、お前達。この坊やのいう事を聞かないとリサが殺されるかもしれないんだ」


 そう言っておかしそうに肩を揺らすアーロにノアは苦笑いを浮かべて頷く。


「リサ⁉ リサって誰よ⁉ あなたまで……あなたまで裏切ってたなんて!」


 物凄い形相で叫ぶアメリアに、アーロは口の端だけをあげて微笑む。


「リサは俺の女神だ。ついでに言うと、安心しろ女王。スパイは俺だけでそこに居る二人はずっとお前の仲間だ。今もこれからもな。良かったな、忠誠心の厚い仲間が居て」

「ち、ちが! 私はノア様の――」

「お、俺だって……アーロ! 貴様!」


 目の前で消えた兵士達と、それに反して目の前に現れた騎士達を見てさっさと寝返ろうとした二人の思惑は、アーロによっていとも簡単に潰される。


 そもそもこの状況で本気で寝返れると思っていたのだとしたら、アリス以上にお花畑だし確実にそうではないだろうから、あの二人が何を言って来ても手加減するな、とアーロは先に仲間たちに釘を刺した。


 それを聞いてアーロの後ろで鼻息を荒くして今にも飛び出してしまいそうなアリスも頷く。その勢いは出走前の馬にそっくりである。興奮していて爆発寸前だ。


 そんなアリスを見てノアは苦笑いを浮かべて後方に居たルカに合図を送った。


 その合図を見て、ルカとシャルルが同時に声を張り上げる。


「「出陣せよ!」」


 その掛け声に仲間たちから地面が揺れそうな程の声が上がった。


「さて、お待たせアリス。じゃ、ゴーしよっか!」


 両国の王達の声を聞いたノアがアリスに言うと、アリスは満面の笑みで力強く頷いた。


「よっしゃ! 任せとけ! アリス部隊出陣だーーー!」


 アリスが言うと、力自慢の妖精達と戦える仲間たちが苦笑いを浮かべながら走り出した。


「こちらも行くぞ! 幻の島を手に入れるんだ!」


 それを受けてアメリア軍の男が叫んだ。それを聞いて他の兵たちも声を上げて武器を構えだす。


 男は教会側のスパイだった。


 アメリアの動向を逐一教会に流し、最終的にはアメリアを殺すよう言われている。そしてこのような人は声をあげた男の他にも沢山居た。残った兵士たちはほぼ全員が教会側だと言ってもいい。


 アメリアはずる賢いが、基本的には周りが見えない愚かな人間だ。とりあえずちやほやして女王と崇めておけば、喜んで矢面に立ってくれる。


 男達は知っていた。オピリアは薬などではない事を。とても危険な花だという事も。それを利用してアメリアに花を使ってこの島を支配しようと教えたのは、他の誰でもない教会の人間である。


 教会の思惑は一つだ。どこまでもアメリアを利用しつくす。レヴィウスの戦況が危なくなっている今、簡単に侵略出来るのは長く閉鎖的な環境に追いやって来たこの島だけだ。長年何の戦争もなく暮らして来た人間に戦う術など分かる筈もない。


 少なくともそう思っていた。男も、アメリアも教会も――。


「そうよ! あなた達! 今こそ幻の島を解放する時が来たのよ!」


 アメリアは叫んだ。誰に裏切られていようとも、自分の思いを継いでくれる兵達がまだこんなに居るではないか! 


 アメリアの声に兵たちは一斉に動き出した。そんな敵兵の様子を、ノアとカイン、ロビンとヘンリーは味方陣営の天幕の中からじっと見ていた。


「やっぱノアの言う通り、司令塔はあいつだな」

「うん。可哀想なアメリアはどこまでも利用されるんだなぁ」


 何故かにこやかに言うノアを見てカインは眉を寄せた。


「アメリアを殺される訳にはいきませんね。先にあの三人は捕らえてしまおう。お願いできますか? ルーイ」


 ロビンが言うと、一歩下がった場所でそれを聞いていたルーイが頷いた。


「お任せください」


 そう言ってルーイがチラリと蒼の騎士団に目をやると、蒼の騎士団は全員が無言で頷いた。


 規律に沿って動くのは苦手だが、好きにしろと言われている蒼の騎士団はすぐさま行動に出る。彼らは元より隠密行動が得意だ。こういう指令の方が実力を発揮できるというものだ。


「さて、じゃ、僕も行ってこよっかな」

「おい、気をつけろよ?」

「はいは~い!」


 そう言ってノアはアリスとアランに改造されたガンソードを担いで天幕から出て行く。そんな後ろ姿をカインとロビンとヘンリーが呆れたように見送った。


 

 アリスはアーロに言われていた。


『お前のその尋常じゃない力はいい切り札になる。ここぞという時に使え。俺が合図を送る。それまでは大人しく戦ってろ』


 と。


 だからアリスは大人しく、とはとても言えないが、かなり加減して兵達をこっそり感電させていた。悲鳴を上げて逃げる振りをして相手の剣を受け止めるアリス。


 ライラの発案してくれた武器の特徴は、衝撃があると自動で雷が発動するようになるというものだ。受ける衝撃が強ければ強いほど大きな電気が流れる仕組みだ。本来、ライラの雷自体はそれほど強いものでもないが、トーマスの増幅がかけられているから話は別である。


「こっちは! 寝てたんだよ! このバカどもが!」


 リアンは怒鳴りながら次から次へとやってくる敵を感電させていた。


 リアンにも、もちろんドワーフ達はクローを作ってくれていた。そこにやっぱりライラとトーマスの魔法がかかっている。


「リー君、かっこいい~!」


 バタバタと敵を感電させてなぎ倒すリアンを見てアリスが調子に乗って言うと、リアンがキッと睨んでくる。


「うっさい! あんたもちんたらやってないで早く本気出しなよね!」

「そうしたいんだけどさー……」


 そう言ってアリスはチラリとアーロを見たが、アーロは首を振るばかりだ。


 

 一方、ノアとキリはアリスからは少し離れた所で戦っていた。


「何かキリが長剣持ってんの変な感じ」

「俺もそう思いますが、この人数では俺の短剣ではちょっと……」

「確かに。よし、そこ避けて~」


 ノアはそう言って塊になってアーロに襲い掛かろうとしている敵に狙いを定めてガンソードの引き金を引いた。すると、大きな爆発音と同時に五発の弾が連続で発射され、全ての敵を貫く。


「それ、弾もドワーフ製ですか?」


 いとも簡単にドラゴンの鎧を打ち抜いたガンソードを見てキリが言うと、ノアはにっこり笑って頷いた。


「お願いしたら大量に作ってくれたんだよね」

「お願い……ドワーフに?」

「そう。アリスのお世話をずっとしてきたドワーフの旦那さんが鍛冶職人さんなんだってさ。花火の話をしたら凄く興味持つから火薬を分けてあげたんだよ。そしたらハマっちゃって。何か爆弾とか作ろうとするから、これ改造していいよって渡したらこんなのになって返ってきたんだ。今までは自分で弾込めしなきゃだったんだけど、この弾入れがドワーフのおじさんの箪笥と繋がってるからいくらでも使えって言ってくれたよ」


 そう言ってノアはニコニコしながら剣を撫でている。


 ドワーフの旦那さんもまた、今回の戦争には何かしらの形で参加したかったらしい。だから今もせっせと弾に火薬を詰めて箪笥に放り込んでくれているのだろう。


「……それ、お嬢様たちにも改造されてましたよね?」

「うん。だからこんな事も出来るよ! 見てて」


 ノアは適当な敵の塊を見つけてそちらにめがけて剣を振り下ろした。すると、剣の先から雷撃が飛び出したではないか!


「な、何でそんな事になってるんですか……」

「ほら、僕死んだじゃない? あれからアリスとアランが異様に過保護なんだよね。近づかなくても敵倒せるようにって言ってこんな風に改造してくれた訳なんだけど……僕の魔力も結構がっつり持ってかれるんだ。だからやっぱりこっちのが僕には合ってる」


 そう言ってノアはいつものように大剣を振り回し始めた。のんびり話してはいるが、ノアもキリも絶賛敵に囲まれ中だ。

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