第四百八十六話 AMINAS計画

「ここと僕の居た場所では随分違うんだよ、ルイス。あちらは地獄だった。僕にとっては、だけどね。もちろん僕みたいな生活を送ってた人ばかりじゃないよ。大半の人達はそれなりに幸せに暮らしてたと思うし、僕だってあんな事にさえならなければ、他の人達と同じように普通に暮らしてたんじゃないかな」

「あんな事って?」

「皆はこんな話を聞いた事ないかな? 大きな事故に遭った後、まるで人が変わってしまったようになったって話」


 ノアの言葉にアランだけがコクリと頷いた。


「まるでそれまでの人とは別人のようになってしまう、という話は聞いた事があります。計算が異様に出来るようになったり、とても怒りっぽくなったり、症状は色々ですが」

「うん、正にそれだよ。それまでの僕がどうだったかは分からないけれど、一つだけ、僕は毎晩ある夢を見るようになったんだ」

「夢、ですか?」

「そう、夢。そこにはいつも必ず出てくる人達が居た。当時その国を治めていた賢王ルイス・キンバリーと王妃キャロライン。宰相のカイン・オーガスト。宮廷魔導士のアラン・ブラックにシャルル・フォルスター。そして……キャロラインのメイド、アリス・バネットと、弟で従者のキリ・バネット」

「……」


 部屋の中は静まり返った。誰も何も話さない。そんな中、ノアだけはいつものようにお茶をすすって続きを話し出した。


「毎晩眠るたびに、僕はこの人達の日常を毎日見続けたんだ。もちろん他の人達も居たよ。ダニエルやエマ、『花冠』に出て来ていたメインの人達は、全員がこの夢の中に居た。他の人達は役職とかは一致してないけどね。この夢はまるで僕の追体験みたいに毎晩ストーリーが進んで、いつぐらいだったかな。気づけば僕はアリスを好きになってた。それからはもう、寝ても覚めてもアリスの事ばかり。でも、僕は生きてかなきゃならない。それはあくまでも夢の中の話で、現実じゃない。施設は等しく十八になったら出なきゃならないし、その後は完全に一人で暮らさなきゃならなかった。だから僕は高校に通いながら夜はずっと年齢を偽って働いてた。とてもここで言えないような仕事も沢山した。ある程度お金が貯まった僕は、十七の時に施設を出たんだ」

「どうして十八まで居なかったの? 嫌な事されてたの?」


 何だかノアの顔に影が差している気がしてアリスが思わずノアの手を掴んで言うと、ノアは肩から力が抜けたみたいに小さく息を吐いた。


「嫌な事っていうか、早く自分の力で生きていきたかったんだ。誰にも干渉されずに、アリスの事を考えていたかった。会える訳もないのに」


 あの時のノアは、本気で寝ても覚めてもアリスばかりだった。同じ養護施設で育った絵美里でさえ気持ち悪がるぐらいに。


「施設を出てから僕は一人暮らしを始めたんだけど、その頃から簡単なゲームを作り始めたんだ。これが面白くてね、僕はどんどんゲームの世界にはまり込んでしまった。その時にAIっていう人工知能の勉強も始めたんだけど、これとゲームを融合させたら面白いんじゃないか、とか色々やってるうちにまぁ、うん。凝り性だったんだよね、僕は昔から」


 遠い目をしてため息をつくノアを見て、リアンが白い目を向ける。


「何作っちゃったの?」

「いや、ゲームだよ。念願の人工知能を積んだゲームを作ったんだ。そしたらそれがバカ売れしちゃってさ。僕は家から出なくなった。何せ好きな物作って生きていけるんだから、これほど幸せな事はないよね。でも」

「でも?」

「ある日、その生活に終わりがやってきた。僕が十八の時。僕は個人で会社を立ち上げたんだ。そうしたら生活がガラリと一変してしまった。何人もの人達が気づいたら僕の周りに居た。勝手に自分達に役職をつけて、僕を社長と呼んだ。何せ僕は一旦ゲームを作り出すと部屋から出て来ない。だから僕の知らない所で彼らは好きな事が出来たんだよ」


 最初は自分の為に雇った人達だったが、次第に色んな人間の思惑を知ってしまい、さらに他人との距離を取るようになってしまった。彼らが会社のお金で何をしていたかなんてどうでも良かったのだ。


 早くこの人生を終えたい。この頃には、常にそんな事ばかりを考えていた。まるでそんなノアの思考を読んだかのようにカインが呆れた視線を送ってきた。


「違うだろ? お前、どうでも良かったんだろ? 好きな事して生きていけりゃそれでいい。会社わざわざ立ち上げて人雇ったのは、自分の身の回りの世話させる為だったんだろ? その代わりにそいつらには好きにさせてた。違う?」


 カインの言葉にノアは肩を竦めて笑ってみせた。


「だってさ、食事する為に手を止めて料理しなきゃいけないんだよ。お風呂入る時とかさ、洗濯だってしなきゃいけない。結構、手を止めないといけない時間があるんだ。それは、僕にとっては凄く無駄な時間だった。ゲームを作って販路を作る為に営業しなきゃいけないし、その為に雑誌のインタビューとか、無駄の極みだよ。そういうのをね、全部やってもらうために雇ったんだよ。犯罪じゃなけりゃ何してくれてもいい。そう思ってたんだ」

「ノア様はやっぱりノア様だったんですね……」


 とにかく合理的なノアの性格は、どうやら転生前からだったようだ。


「僕の癒しは、だから夢の中だけだったんだ。早く寝たくて睡眠薬まで飲んで寝ようとした事も一度や二度じゃない。ていうか、何度か自殺したいんじゃないかって誤解されて病院に連れて行かれた事もあるよ」

「……お前という奴は……」

「そういう危うさは今はないけれど……若かったのね……」


 しんみりと言うキャロラインに、ノアは思わず吹き出してしまった。


「そうだね。僕は若かった。だから、あんな事になったんだ。その日もね、いつもみたいにアリスに会いたくてさっさと寝たんだ。そうしたら、お葬式の場面から始まった――」

「お葬式……ですか。それがまさか……」


 シャルルの言葉にノアはコクリと視線を伏せて頷いた。


 あの時の事はあまり思い出したくない。そんなノアの想いが仲間たちに伝わったのか、誰もそれ以上ノアには聞いて来なかった。


「流行病だったんだ。まだ十八だった。僕が見てた夢は、何も僕の世界と同時進行してた訳じゃない。だから本当に――突然だった。何が起こったか分からなかったよ。でも、その日からその場面ばかりを夢に見るようになった。何度も何度も夢の中でアリスのお葬式を見た僕がどうなるかなんて、何となく想像つくでしょ?」


 ノアの質問に皆が無言で頷いた。


「そう、僕は壊れてしまった。それまでにも人として完全にアウトだったのに、本気でおかしくなってしまったんだ。その日から僕は、部屋に引きこもってずっとアリスをどうにか助け出せないか考えてた。普通の神経なら、あくまで夢の中の出来事なんだからって済ませたんだろうけど、生憎僕はもう普通じゃなかったんだよね。いつの間にかアリスが死んだのは現実に起こった事なんだって思い込んでたんだ。そしてある一本のゲームのシナリオを書いた。それが、『花咲く聖女の花冠』だったんだよ。そしてこれが、AMINAS計画」

「AMINAS計画? 何だ、それは」

「アリス・バネットを生き返らせよう大作戦だよ」

「その物語を書く事で、何かが変わると思ったの? あなた」


 キャロラインが不思議そうに言うと、ノアは真顔で頷いた。そんなノアを見てカインは首を傾げる。


「それは……そう思い込んでたとかではなくて?」

「うん、僕はちゃんとアリスを助ける手だてを考えてたんだよ。夢の中のキャロライン・キンバリーの言葉を聞いてね」

「私?」

「そう、君の遠い祖先の話。この頃になると僕は、明晰夢っていうのが出来るようになってたんだ」

「明晰夢ってなぁに? 兄さま」

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