第四百七十八話 支倉乃亜の記憶

 目を開けると、真っ暗だった。


 ノアは恐怖に顔を歪めその場に座り込んで自分の体を抱きしめて蹲る。カタカタと小刻みに体が震えるのは、恐怖なのか寒さなのかの判別もつかない。


「ようやく会えましたね、ノア。こちらでは、初めまして」


 聞き覚えのある声にノアが顔を上げると、目の前に大きなスマホのような画面が現れた。そしてそこには見覚えのある顔、シャルルの顔がデカデカと映し出されている。


「シャルル……」


 どうして彼がここに? ノアはシャルルの火の矢で殺されたのではなかったか? 何がどうなっているのかさっぱり分からないノアに、シャルルは声を出して笑った。


「すみません、この姿の方が馴染があるかなと思ってこの姿にしましたが、やはりこちらの方が分かりやすいでしょうか」


 そう言って画面が一瞬止まり、次に映し出されたのは随分と幼いシャルルだ。


「偽、シャルル……?」

「ええ。ようやくあなたがここに来てくれました。ずっと待っていたんですよ、あなたがやって来るのを」

「どういう事? 僕は死んだんでしょ?」


 ノアは立ち上がって画面のおかげで少しだけ明るくなった辺りを見渡して言った。ここはどこだろう? さっぱり見当もつかないし、どうやら妖精王の作った空間でも無さそうだ。


 そんなノアの言葉に偽シャルルは呆れたように言う。


「ここまで来てもまだ思い出しません? 確かにルーデリアでのあなたは死んだ。いえ、殺された。けれど、その魂は一時的に避難しているに過ぎません。元のあなたの所に。そして意識はここにとどまっている。AMINASの中に」

「元の……僕?」

「ええ。支倉乃亜の元に」


 そう言って画面に映し出されたのは、白い簡素な部屋の中で椅子に座ってぼんやりと宙を眺めている若い男だった。男の目の前には何かが置かれている。


 男はただそれをじっと見つめ、時折口を開いて何か意味の無い言語を発していた。


 その男を見てノアは息を飲み、頭を押さえて蹲る。


 思わず目を瞑ると、まるで夢の中にでもいるかのように色んな映像が頭の中に流れ込んできた。


 その中にはあの時の呟きながら何かをしている男の後ろ姿もあって、ノアが思わずその男に手を伸ばし触れた途端、何かが頭の中で割れた音がしてハッと目を見開いた。


           ☆

 

 アリスは刀を構えた。それを見てシャルルが口の端だけを上げて微笑む。


「今更あなたが本気を出した所で、どうせすぐにループしますよ?」

「それがどうした! ループしようがしなかろうが、私の憎しみは私だけのもんなんだよ! こんなもん、引き継いでたまるかぁぁぁぁ!」


 アリスは叫びながらシャルルとの間合いを詰めた。


 そのあまりの速さに思わずシャルルは飛びのいたが、シャルルには分かっていた。そろそろループが始まる事を。


 突然辺りは真っ白になり、何も無い所に突然放り込まれたかと思うと、目の前に【セーブしますか? はい いいえ】という文字が現れるのだ。


 そしてその後に少しの間だけロード時間がある。そうしたらまた新しく始まるのだ。地獄のようなループが。


 そう、思っていたのに――。


 いつまで経ってもあの白い部屋に飛ばされない。目の前ではアリスが刀を振り回し、シャルルに猛攻撃を仕掛けてくる。


 シャルルはそれを必死に躱しながらどうにか詠唱しつつ帯剣していた剣を引き抜き応戦した。


「な、ぜ? ノアは……死んだ! 十五人を、きった、はずだ!」


 シャルルはアリスの刀を真正面から受け止め、叫んだ。ノアが死んだというのに、いつまで経っても世界は止まらない。何故だ! 


「ドン! こちらに来なさい!」


 このままではこちらの体力がアリスによってガンガン削られていく。そう判断したシャルルはドンを呼びつけ、その背中に乗り空に逃げた。


 広場の中心には大きな鉄塔がある。その鉄塔の周りを旋回しながら地上の様子を見ていたシャルルがあることに気づいた。


「おいレスター! あっちの方がまだくすぶってるぞ! 遅れて悪かったな! 俺が来たからにはもう安心だぞ!」

「ありがとう、ロト! ルイス様、キャロライン様! あっちです!」

「ロト……」


 ポツリと漏らしてシャルルが見下ろすと、そこにはレスターの肩に乗って指示を出す小さな妖精、ロトの姿がある。それを見てシャルルはゴクリと息を飲んだ。


「……まさかあれが……数に入ってる……のか?」


 ポツリと呟いた途端、何かがシャルルの上着を切り裂いた。


 ハッとして正面を向くと、どうやらアリスが風圧だけでシャルルの上着を切り裂いたようだ。流石にそれは無理だと踏んだか、ガシガシと鉄塔を登って来る。


 そして鉄塔の先端に辿り着くなり、ためらうことなく真正面からシャルルに向かって飛び掛かって来た。


          ☆


 ノアはモニターに駆け寄って、手元のキーボードを激しく打ち出した。


 そんなノアを見て画面の隅の偽シャルルが嬉しそうに笑う。


「シャル、僕は今どういう状況? あっちはどうなってる?」

「おかえりなさい、乃亜」

「ただいま。長い間待たせてごめん。今、作り替えるから」

「早くしてくださいね? もう時間はほとんど残ってませんよ!」

「分かってる。僕が倒れた日から今までの事、その間に説明して」

「もちろん。あの日、救急車で乃亜はこの病院に運ばれました。付き添ったのはもちろん絵美里です」

「ああ、そう」

「エミリと言う名前に縁がありますねぇ……」

「そんな事はどうでもいいよ。それで?」


 冷たいノアの声にシャルはフンと鼻を鳴らして続きを話し出した。


「絵美里はちゃんと乃亜のパソコンを病室に持ち込みました。あなたがあんな事言うから」


 そう言ってシャルは倒れる寸前に乃亜が絵美里に言った言葉を思い出して苦笑いを浮かべた。


『この中に、僕の全てが入ってる。僕と繋がってるから電源は決して落とさないで、忘れず持ってきて。もしも離れたら、もう一生開けなくなってしまう』


「パソコンだけはどうやっても持ち込まないといけなかったからね。この時の為に、必ず必要だった」


 言いながらノアは数字とアルファベットが羅列される画面を見ながら物凄いスピードでタイピングしていく。


 シャルが新しく書き換えたストーリーを適用させて、アバターも設定しなければ。そして、今度こそアリスを救う。


 アリス・バネットの魂を、あそこにもう一度――。


「それからどうなったの? 僕は何故レヴィウスに?」

「それは私にも分かりません。ていうか、転生なんて本当にあるんだって思ってたぐらいです。乃亜だって信じないでしょ?」

「……確かに。そんな夢みたいな話、信じられる訳ないよね、あの時の僕には」


 そう言って日本に居た時の事を思い出したノアは、おかしそうに笑う。


「今は信じるの?」

「信じる、というよりも実際に体験してるからね。信じざるを得ないでしょう?」


 でも、そのおかげでアリスに会えた。あれほど救いたかったアリス・バネットとは似ても似つかない、破天荒で滅茶苦茶なアリス・バセットに。


「ねぇ乃亜。あなたはあれでいいんですか? あのアリスで本当に?」

「僕にはあのアリスしか居ないよ、今はもう。アリス・バネットを思い出にしてしまう程に彼女は強烈だからね」


 真顔でタイピングの手も止めず言うノアに、シャルは呆れた視線を投げかけて来る。


「ふぅん。まぁ、その方が私としてはありがたいですけどね。アリスが蘇っても、あなたと喧嘩はしたくないですから」


 シャルの言葉にノアは笑った。


「同じ人間で喧嘩も何もないよ。いいから続きを話して。僕には倒れるまでの記憶しかないんだ」

「そうでしたね。入院してしばらくは色んな人がやってきましたよ。それこそ、会社の人達とか友人達とか恩師だとか色々と。ああ、元婚約者どの達も来ましたね」

「……勝手に名乗りを上げてただけだけどね。絵美里を筆頭に、僕は本当に昔から女運が悪い」

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