第四百五十六話 スルガの行き先
「良かった……とりあえず兄さま達に報告して、スルガさんに事情聞こっか」
「そうですね。皆さんにも、もう少し詳しくお話聞かせてもらっても構いませんか?」
キリが問うと、病室についてきた何人かの鉱夫が頷いた。
「もちろんだ。あんた達は女王と戦ってるんだろう?」
「ええ。ああ、王からの手紙ですか?」
「ああ、それもあるけど、ルード様がな、ちょっと前にいらしたんだ。で、近々きっと大きな戦争が起こるって。その時に自分の弟と仲間たちはきっと、止めても戦争に行ってしまうだろうって。だからどうか、助けてやってくれないか? って言われてな、スルガと一緒にあれこれ試行錯誤して武器作ってたんだ」
「……そうですか、ルードさんが」
自分達が知らない所でルードがそんな事をしてくれていた事を知ったアリスとキリは視線を伏せた。誰も巻き込みたくない。
けれど、あちらが三千もの兵を連れてくるとなると話は別だ。騎士でなくても手伝ってもらわなければならないだろう。
「俺達も手伝うからな! 絶対にあんた達だけで無茶はしないでくれ。でないと、ルード様に顔向けが出来ないからな」
「はい。とても頼もしいです。ありがとうございます」
珍しく素直に頭を下げたキリに続いてアリスも頭を下げたが、すぐにキッと顔を上げて鉱夫を見上げた。
「でも約束だよ! おっちゃん達も無茶はしたらダメだからね! おっちゃん達に何かあったら、それこそルード様が悲しむんだから!」
「ははは! 分かってるよ。どのみち身体が言う事きかねぇよ」
「なら良し! あ! スルガさん! 目が覚めた⁉」
病室で大声で話していたからか、スルガが小さく呻いて目を開いた。そんなスルガを覗き込んでアリスが笑うと、スルガはそんなアリスを見て小さく息を飲む。
「アリス……さん? と……キリさん」
「おはようございます。体調はどうですか?」
「あ、大丈夫……です。え、何でここに……」
不思議そうな顔をするスルガに鉱夫がアリス達を押しのけて次から次へとスルガにゲンコツを落としていく。
「このバカが! いつも言ってるだろ! 何でも自分で解決しようとするなって! ルード様の言葉忘れたのか⁉」
「ご、ごめん。そうだ! あの男は⁉」
「あの男とは? キャスパーですか? 猫背の」
慌てて辺りを見渡すスルガにキリが問うと、スルガは首を振った。
「違う! 顔半分を仮面で覆った男だよ……薬を飲んだ振りをしてどこかに隠れてろって……」
そう言ってスルガはさっき自分の身に起こった事を説明し始めた。
朝、怪我人が鉱山に迷い込んできて言ったのだ。どうか医者を紹介してほしい、と。スルガは慌てて馬車の手配をしてその男と一緒に馬車に乗り込んだのだが、少し走った所で急に馬車が停まり、仮面を付けた男に馬車から引きずりおろされた。
顔が半分仮面で隠れていても、その顔立ちは恐ろしく整っていると分かるほど、男は冷たく美しい顔をしていた。
『よく聞け、一度しか説明しない。ここに猫背の男がやってくる。お前に何か飲ませようとしてくるが、お前は飲んだ振りをして猫背の男が去ったらすぐにどこかに身を隠せ。いいな?』
『い、一体どういう事なんです? あの怪我人は……』
『あれは芝居だ。怪我などどこもしていない。命が惜しかったら言う通りにしろ。ほら、行け』
そう言って男はスルガをまた馬車に押し込んでドアを閉めた。怪我をしたと言っていた男を恐々見上げると、男は細い目をさらに細めて言った。
『あの人怖いから、言う通りにした方がいいですよ』
『は、はい……あの、あなたは……』
『僕はあの人の、うーん、昔は従者? 今は友達? みたいな者です』
何とも間の抜けた言葉にスルガは何とか頷いて、その時を待った。その場所からほんの少し進んだ所でまた馬車が停まり、今度はその従者に馬車から叩き出されたのだ。
でも、耳元で小さな声で、ごめんね、またね、と聞こえたので悪い人間ではないのだろうと思う。思いたい。
馬車から放り出されたスルガの前には、あの仮面の男が言った通り猫背で顔色の悪い男が立っていた。その周りにも数人の男達が居たが、何かの印を結んでその場からさっさと立ち去ってしまった。男はスルガに近づいてきて目をギラギラさせながら言った。
『やぁ、はじめまして。あなたが古き大陸の王の血筋の者ですか』
『……どうしてそれを』
確かに自分のルーツは古い。かつては大陸の王族だったとも聞かされている。それをどうしてこの男が知っているのか。スルガが首を傾げたその時、突然顔面を男に殴られた。
『図が高い! 王の血筋とは言え今は平民だろうが! この私にそんな口を聞いて許されると思ってるのか!』
『⁉』
『まぁいい。とりえずこれを飲め。話はそれからだ!』
男はそう言ってスルガの髪を掴んで無理やりポケットから取り出した瓶の中身を全部スルガの口の中にぶちまけた。
あの仮面の男が言っていたのはこれの事かと気づいたスルガは、咄嗟に飲み込む振りをして咽て見せた。それを見た男が高笑いをした所で、ルードに貰ったブレスレットが発動したのだろう。スルガは泡を噴いて気を失ったのだった――。
「と、言う訳だったんだ。あの人は誰だったんだろう……」
一連の出来事を全て聞き終えたキリは確信していた。
「やっぱり、アーロはこちらの味方ですね。という事は、毒殺されたというシュタの元指導者もどこかで生きている可能性があるかもしれません」
アーロが手引きをしてシュタの指導者を毒殺して挿げ替えたとカインは言っていたが、もしかしたらそういう芝居をしたのかもしれない。今回のスルガのように。
「じゃ、早くアーロ探さないと!」
「いえ、それは戻ってからにしましょう。あと、スルガさんは仮面の男の言う通り、どこかにしばらく一時姿を隠していた方がいいかもしれません」
「どこかって……どこに」
「あるじゃないですか、いい所が。皆さん、スルガさんをしばらくお借りしても?」
キリの言葉に鉱夫達は迷うことなく頷いた。
「もちろんだ! すぐに連れてってやってくれ! スルガ、ここでの事は俺達に任せとけ。大体お前は働きすぎなんだ。ちょっとした休みだと思ってどっかでのんびりしてこい!」
鉱夫達にそんな風に言われたスルガは困ったように笑って肩を竦めて見せたが、そんな彼らの言葉をキリは真正面から否定した。
「いえ、スルガさんは休めませんよ。何ならここよりもずっと忙しいかと」
「え……」
「クルスさんの所に連れていきます。一緒にダムでも作っててください」
「えぇ⁉」
「あ、あんたら鬼か!」
「死ぬよりマシです。では行きましょう。お嬢様」
「はいよ! 任せとけ! クルスさんとこっと」
キリに言われてアリスはいそいそと妖精手帳にクルスの名前を書き込むと、すぐさまキリとスルガの服を掴んだ。それと同時に体が光出す。
「えぇぇぇぇぇ⁉」
「過労死するわ! 待て! こら、ちょ! スルガぁぁぁぁーーーーー!」
鉱夫達の叫び声を聞きながら、スルガは思っていた。やっぱりあちこちの噂で聞く通り、バセット家の人間は皆、鬼なのだ……と。
こうしてクルスの元に預けられたスルガは、何だかんだ言いながらクルス達と楽しくダム作りに励んでいる。
ダムは公共事業になった事で働いている者の素性は皆しっかりしているし、常に王都の騎士が何人かついている。そこに屈強な妖精達も集まっているので、おいそれと余所者は近寄れなくなっているのだ。
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