第四百七話 次期王妃のプライド
『ノア! 今、そっち何時だ?』
「師匠? こっちは今深夜の1時だよ。どうしたの? こんな時間に」
『そうか……やっぱり外と中では時間ズレてるんだな。こっちは今夕方の6時なんだが、アメリアがフェアリーサークルを作る場所が分かったぞ』
「え⁉ 嘘でしょ?」
『いや、それが本当なんだ。あと、妖精達が妖精王からのメッセージとやらにザワついてるんだが、お前何か知ってるか?』
「知ってるも何も、僕達が妖精王に頼んだからね。近々妖精王から緊急メッセージが全ての妖精達に発信されると思うよ。師匠、それまでにどうにかして羽のある妖精達だけでもどこに捕まえられてるのか場所分からないかな? あと、師匠と偽シャルルはどこで出会ったの?」
ノアの言葉にエリスは小さく頷いて話し出した。
『それが俺にも不思議なんだ。俺がこっちに戻った時、頭の中に声が聞こえてきてな――』
思えばあれは不思議な日だった。
ようやくフェアリーサークルを見つけたエリスは、アリスに命の次に大切にしていた剣を託してフェアリーサークルをくぐった。
辿り着いたのは、どこかの古ぼけた教会の前で、エリスは自分が十五歳ぐらいの少年の姿をしている事に気付いて驚いた。
エリスは元々メイリングの傭兵として雇われていた。三十歳だった。不意打ちで敵に襲われ森に逃げ込み、うっかりフェアリーサークルに足を踏み入れて辿り着いたのがバセット領だ。戻ってきた時とは逆に、エリスは十歳ほど歳をとっていた。
アリス達と居るのは毎日楽しくて仕方なかった。どうせいくら探してもフェアリーサークルは見つからないのだから、このままバセット領に骨を埋めるのもいいかもしれない。そんな事を考えた事も一度や二度ではない。
けれどそれをいつも寸前で思いとどまったのは、メイリングの惨状を放っておけなかったからだ。
そしていざこちらに戻ってみれば、戦争は終わっているどころかさらに悪くなっていた。レヴィウスが内戦している所にメイリングが戦争をけしかけようとしていたのだ。
エリスは仲間を集めてその時メイリングを動かしていた王政を倒し、レヴィウスとの戦争を止めた。その時に知ってしまったのだ。この戦争を裏で糸を引いていたのは、全てレヴィウスの教会だった事に。そして、あろうことか世界に蔓延る奴隷制度すらも、教会が思いついた事なのだという事を――。
その頃からエリスは勇者と呼ばれ始めた。そんな時だ。初めてシャルルの声を聞いたのは。
エリスがその日も戦いの汚れを落とそうと風呂に入っていた時だ。
『勇者エリス、あなたに一つ、頼みたい事があるのです』
頭の中に響く声に驚いて周りを見渡しても誰も居ない。
シャルルは言った。これから先、もしかしたらアリスがエリスに連絡を取ろうとしてくるかもしれないから、その時はどうか力を貸してやってほしい、と。
「……それで?」
相変わらず長いエリスの話をノアは根気よく聞いていた。どこにヒントが落ちているか分からないと思ったからだ。
けれど、生憎今回はただのエリスの昔話でしか無かった。
『それで、もちろんって答えたんだよ。そしたらあいつ、勝手に手伝ってくれるようになってな』
「勝手に?」
『ああ。気がつけばそこら辺から妖精を解放しちゃ、うちの家の前に連れてきてくれてたりな。何でそんな事が出来んのかさっぱりだが、まぁ別にいいかと思って』
「……」
こういう所がしっかりアリスに反映されている。細かい事は何も気にしないエリスにノアはため息を落とす。
『あとは教会の抜け道とか教えてくれたりな。まるで知ってたみたいにさ』
「……そう。分かった、ありがとう」
『いや。それで話は戻るんだが、シュタ教会の地下に今、大きな穴を開けてるって言ってたから、恐らくそこにフェアリーサークルを作るつもりじゃないかと俺らは踏んでる』
「シュタ教会? そっちにもあるの?」
『そっちにもって……そっちにもあるのか?』
「うん。意味は心臓って偽シャルルが……なるほど、そういう事か」
ノアは呟いて腕を組んだ。そして一つの可能性を導き出す。
『ノア? 何か気付いたのか?』
「あ、うん。でも確証は無いからまたはっきり分かったら連絡するよ。とりあえず師匠、情報ありがとう。こっちの事が全部終わったら、きっとそっちにも手伝いに行くよ」
そう言って笑ったノアに、エリスは嬉しそうに頷いて電話は切れた。
ノアは教科書を閉じてベッドに転がりエリスに聞いた事をもう一度考え直していたが、考えがまとまらなくてイライラしてきた所に隣の部屋からアリスの豪快な寝言が聞こえて来て思わず噴き出してしまった。
「アリスはいくつになってもアリスだなぁ」
十八でアリスが死ぬかもしれないと偽シャルルが言ったのは、少なからずノアにも影響を与えている。
もしもそれすらもゲームの強制力だと言うのなら、絶対に回避しなければならない。
けれど、今回のアリスはパワーと体力にステータスが全部割り振られているだけあって、とても頑丈だ。到底一度目のループの時のようにアリスが流行病にかかるとは思えない。
そう考えるとアリスの死因として考えられるのは、物理的な何かによって、と考えるのが一番しっくりくる。
「守るよ、必ず。絶対に……死なせたりしない」
ノアは窓から見える月に向かって呟いた。
長期休暇が始まるなり、相変わらず橋の上はそれぞれの家に戻る為の馬車で溢れかえっていた。
一旦自宅に戻る馬車にそれぞれ乗り込んだ仲間たちは、馬車の中で慌ただしく着替えてそれぞれのレインボー隊に宝珠を持たせた。
「それじゃあオレンジちゃん、お願いね」
キャロラインが髪を素早くまとめて男性用の帽子と衣装に身を包んだのを確認して、オレンジはコクリと頷いた。
「これは私の分です。よろしくお願いしますね、オレンジちゃん。皆さん、後はよろしくお願いします」
ミアも男性従者の恰好をして宝珠をオレンジに渡すと、オレンジはそれをポシェットに仕舞い込む。
ミアの言葉にキャロラインのメイド達は真剣な顔をして頷いた。
一週間ほど前、キャロラインの元に王からの手紙が届いたのだ。とはいってもそれはキャロライン宛てではなかった。キャロラインの周りに常に居るメイド達宛てだったのだ。
内容は今起こっているルーデリアの危機と、それに対抗するための簡単な作戦が書かれていた。ミア以外のメイド達はループの事やゲームの事は知らないが、この手紙でレヴィウスという大陸の国が今、ルーデリアを含めたこの島全体を狙っているという事を知った。そしてその戦争を止めるべく、今ルイスやキャロラインが王家の手足となって対抗している事も。
それを読んだ時、もちろんメイド達は止めた。今までキャロラインが色んな事をしてきた功績をメイド達も知っている。
けれど、まさかこんな事にまで関わっているなんて思ってもいなかったのだ。そんな危ない事を、何も次期王妃がしなくてもいいはずだ。そう言って皆で止めたのだが、キャロラインはそれを聞いてそっと首を振った。
『皆、ありがとう。けれど、私はあなた達のこれからを守りたい。もちろん、あなた達だけじゃないわ。この国に、この島に住む人達全員の未来を守りたいの。この島に住む一人として、この島を守りたい。この作戦にはあなた達の協力が無くては成功しない。だからどうか、あなた達の力も貸して欲しいの。お願いよ』
そう言って頭を下げたキャロラインを見て、メイド達は皆涙ぐんだ。
アリスに出会うまでのキャロラインは、こんな風にメイドに頭を下げたりしなかった。ドレスを着替えさせてもお茶を淹れてもそれが当然だと。
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