第三百八十四話 屋根裏部屋
「……まぁ、これこそバセット領って感じね。分かった。皆にも言っとくわ」
呆れたように言ったリンは、すぐさま領内のスマホを持つ全員に一斉にメッセージを送る。
『お嬢、虎二匹拾う』
これだけ送れば大体の人は意味が分かるからバセット領は凄い。
「ハンナー! 片づけ終わったよ! あ! 皆も来てくれてたんだ~!」
厨房に飛び込んできたアリスを見て、ハンナ以外が笑った。
「やだぁ! お嬢、ちっともどっこも成長してないじゃない!」
「ほんとだねぇ。お嬢はもうずっとこのまんまなのかね」
一仕事終えてやってきたアリスを見てケラケラ笑うリンと酒屋のモルガ。この二人にはアリスは小さい頃から大変お世話になっているので、未だに頭が上がらない。
「してるもん! ちゃんとおっきくなってる!」
胸を反らしたアリスを見て、やはり全員が笑う。失礼である!
「ほらほら、お嬢、旦那様が戻ってきたよ。キャシーのバターサンド作るんだろ?」
「うん!」
こうして、皆の協力のおけがでどうにか客を迎える準備が出来た所に、仲間たちが乗った馬車が姿を現した。
あらかじめアリスが帰って来て、これから重要人物達がやって来ると知っていた領民達は、またいつものように沿道にでて旗を振る。
今回はまさかのシャルルまで居るという事で、ルーデリアの国旗の裏に慌ててフォルスの国旗も書き殴った。
これは流石に失礼では? と思ったものの、二つ作る時間が無かったので仕方ない。フォルスとは友好国になった事を祝いたい。それが伝われば十分である。
そんな領民達の想いなど知らない馬車の中では。
「ははは! 考えたな。時間が無かったんだろうな!」
「皆、相変わらず振り回されてるなぁ!」
失礼どころか、両面に書き殴られたルーデリアとフォルスの国旗を見てルイスとカインが大爆笑していた。
「何だかすみません。こんな大事になる予定では無かったんですけど」
「まぁ、アリスが先に行った時点でこうなる事は予測出来てたよね」
申し訳なさそうなシャルルと苦笑いを浮かべるノアに、リアンは初めてのバセット領を見て唖然としていた。
「本当に森の中にあるんだね。凄いな……」
「素敵! ここが大地の化身アリスが育った所なのね! そして私の老後もここで……」
「待って! まだ決まってないよ⁉ まだ決まってないからね!」
既にバセット領に骨を埋める気満々のライラを止めると、リアンはまた窓の外に視線を移す。
誰一人嫌そうな顔もせずに旗を振っているのが、どれほど自分達が歓迎されているかを物語っているようで、何だか嬉しい。
やがてバセット領に馬車が到着すると、ドンブリ達が馬車に走り寄ってきた。
「ちょ、ダイアウルフ増えてんじゃん!」
「あ、そうなんだよ。妊娠中みたいで、あの小屋使ってるみたい」
ノアはそう言って馬車を降りると、駆け寄って来たドンブリの頭にキスする。それを見ていたチェルシーと虎たちもノアの前に並ぶ。それをさも当然かのようにキスして回るノア。
「君達も名前つけないとね。アリスにつけてもらった?」
「ベンガルとシベリアだよ!」
ノアが虎たちに聞くと、後ろから大量のシーツを抱えたアリスがやってきた。
「またそのまんまですね……他に引き出しはないのですか?」
「分かりやすいじゃん! 兄さま、ちょっといくつか持って!」
「はいはい。これ、各部屋にセットしてくればいい?」
「うん! あ、皆は先に家入っててね! マッハでシーツかけてくる!」
そう言って走り出したアリスとノアを見て、キリが全員を応接室に案内してくれた。
バセット家の敷地に入るなり、シエラがポツリと家を見上げて呟く。
「……懐かしい……まさか、またここに来る日が来るなんて……」
シエラにとってはこの家での記憶はあまり思い出したくないものだ。屋根裏部屋に閉じ込められ、毎日何かに怯えて過ごした。そんなシエラに気付いたシャルルがそっとシエラの手を取る。
「ここはもう、あなたの家ではありません。ここに住んで居るのも、あなたの両親ではありません。だからそんなに怯えないで」
「……そうね」
それでもやはり怖いものは怖い。
シャルルの言葉にシエラは頷いて震える足をどうにか前に進め、家に入ってエントランスに飾られた調度品を見て、肩の力が一瞬で抜けていくのが分かった。
「こ、これは……一体……」
自分がここで過ごしていた時、エントランスにはどこかの高名な画家が描いた絵が飾られていた。
見栄っ張りだった両親は、男爵家には見合わない調度品をあちこちから揃えてきていたのだ。散々散財しまくり、あっという間にバセット家は落ちぶれた。
けれど……。
「ねぇ、これ何?」
「それはお嬢様が作られた花瓶です。ただ、持ち上げると底が抜けるのでお気をつけて」
「花瓶、とは」
ポツリと言うリアンにライラは感心したように花瓶らしきものをしげしげと眺めている。
「ねぇ、以前来た時よりも変なもの増えてない? こんな絵、あったかしら?」
キャロラインが指さした先には何を描いたのかさっぱり分からない絵が飾られている。
「増えてます。お嬢様が以前戻られた時に家族を描くんだと言って描いたのがこれです。ちなみに、この豆みたいなものが全部人だそうです。どれが誰かはさっぱり分かりません」
「……豆」
「またノアか?」
「いえ、これはアーサー様ですね。アーサー様はノア様と違って、この絵を本当に、心の底から褒めてらっしゃったので、多分視力の低下が著しいに違いないとハンナが嘆いていました」
一人頷くキリに仲間たちは全員口を噤んだ。そんな中、シエラだけが小さな笑い声を漏らす。
「ふ、ふふ。ほんとね。私の時とは雰囲気が全然違う。ここなら怖くないわ」
「ふぃ~! 終わった終わった! あれ? まだ皆こんな所に居るの?」
階段を降りて来たアリスとノアを見て、シエラが意を決したように言う。
「アリス、少し屋根裏部屋を見せてくれない?」
「屋根裏部屋? いいよ! こっちこっち!」
何だか悲し気な顔をしているシエラを見て、アリスは意気揚々とシエラの手を取った。シエラもアリスだ。きっと、この家が懐かしいに違いない。
「シエラ、大丈夫ですか?」
後ろからシャルルが声をかけると、シエラは振り返って頷く。
そんな二人の反応を見て、事情を知っているカインとルイスとノアは神妙な顔をするが、そんな事はお構いなしにアリスがズンズンとシエラを引っ張って行ってしまった。
「大丈夫ですよ、シャルル様。お嬢様はこういう時も良い意味で空気を読まないので」
「そうだよ。アリスに任せとこう。僕達はこっち。うちの自慢のお菓子、キャシーのバターサンド食べてみてよ。アリスと父さんが頑張って作ってくれたみたいだから」
「アーサー様が? まぁ、一緒に料理されるの?」
キャロラインの言葉にノアは頷いた。何せ手が足りない時は領主でさえ手伝わされる。それがバセット家である。
「うちはこの通り、最低人数しか居ないからね。何でも出来ないとダメなんだよ」
ノアは肩を揺らして笑いながら皆を応接室に案内した。
階段の突き当りに、屋根裏部屋に行く隠し階段がある。シエラは自分が住んで居た時の間取りを思い出しながらアリスの後に従った。
アリスはシエラの思い描いた通り、階段の上に添えつけてある屋根裏部屋に入る為の階段を下ろすと、嬉しそうに登っていく。
「ここはねー、私のお気に入りの場所なんだ!」
「そうなの?」
「うん! 秘密基地だったの。明日はどこで何しよっかな~って考える場所!」
「……そうなの」
アリスにとってここは良い場所なのか。それに比べて自分は……そう思いつつ階段を上り、屋根裏部屋の中を見てシエラは息を飲んだ。
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