第三百三十三話 縦揺れするアリス

 ライラは先ほど馬車の中から見た長蛇の列が出来ていた菓子屋を思い出した。名前までは分からないが、美味しいのかな? と思うよりも先に、お菓子屋さんのモチーフにしては変わっているなというキャロラインと全く同じ印象を受けたので記憶にしっかりと刻み込まれていた。


「魔女の帽子のお菓子屋さん? そんなのあったの?」


 女子と違い、男子は馬車の外になど目もくれて居なかったので、全く道中の事は知らないが、アリスとライラが先程見た長蛇の列が出来る菓子屋の話をすると、アランとノアが血相を変えた。


「アラン、まずいね。既に中毒者が出てる可能性がある」

「ですね。これは我々だけでは手に負えません。とりあえず父を呼びます」

「うん、お願い。アリス、僕達は一旦戻って乾杯が終わったら全員集めて話しよう」

「うん!」

「オリバー、ドロシー、君達はダニエル達に話してもらえる?」

「っす」


 コクリ。


 桃を抱きしめたままドロシーは頷いた。オピリアはオリバーの母を酷い目に遭わせた危険な薬だと聞いている。だから少しは事の重大さを把握しているつもりだ。腕の中で桃もじっとノアを見上げて敬礼していた。


 会場に戻ると、あちこちからリアンとダニエルへの賛辞が聞こえてくる。チャップマン商会の歴史(リアン調べ脚色アリ)は大成功だったようだ。ステラなど、満面の笑みで誰よりも大きな拍手をリアン達に送っている。クラーク家もだ。何度も確かめるように頷き、「まだ若いのに素晴らしい志だ!」などと褒め称えている。


 そんなリアンが、皆の拍手の中を笑顔で潜り抜けて来て、アリス達の前まで来ると急に真顔になった。


「で、どういう事?」

「リー君は役者も向いてるかもね」


 あまりの変わり身の早さにノアが感心したように言うと、アリスが隣からノアの脇腹を肘で小突いた。


「ごめんごめん。手短に説明すると、最近流行のお菓子屋さんのお菓子にオピリアが入ってたんだ。今すぐその店は営業停止した方がいい。あと、多分既に中毒者が出てると思う。アリス曰く、物凄い行列が出来てたんだって。皆が皆、とは言わないけど、中には既に中毒症状を起こしてる人も居るんじゃないかな。店の名前はマリカのギフト。今、アランがご両親に伝えに行ってる」

「大事じゃん! もうお菓子は全部回収したの? あ、だからレインボー隊が机の上走り回ってたのか」


 壇上で喋っている時に何やら視界の中をちらちらと何やら小さいものが動き回っているな、と思っていたのだが、どうやらレインボー隊がオピリアを探している最中だったようだと納得したリアンは、誇らしげにライラの手の平で胸を反らすグリーンを撫でた。


「それで? これからどうすんの?」

「せっかくのお披露目会だしここで騒ぎにしたくないから、とりあえずクラーク家の判断待ちってとこかな。来てくれてる貴族も中々忙しい人たちばかりだし、とりあえずカインとキャロラインには報告だね」

「王子は?」

「ルイスはアリスと同じで嘘が吐けないからなぁ」

「だからって仲間外れは良くないと思うけど。僕なら一週間は口利かないよ」


 真顔でそんな事を言うリアンにノアは困ったように笑った。


「そう? それは困るね。じゃあルイスにも伝えるか。粗相しないように皆で見張ろうね」

「分かった。じゃあ僕はとりあえずあっちにそれ伝えてくるよ」

「お願い。それからリー君、長引かせてくれてありがとう。いいお話だったよ」


 いつもの笑顔を浮かべたノアに、リアンはイーッっと顔を顰めて言う。


「あんた達は聞いてなかったでしょ!」

「ははは! 今度聞かせてよ」

「はいはい、そのうちね」


 それだけ言ってリアンは銀髪を翻してダニエル達の元に向かう。そんな後ろ姿を見ながらキリがポツリと言った。


「ノア様、リアン様がお気に入りですね」

「え? だって可愛いじゃない。ああいう子は好きだよ。さて、僕達も動こう。クラーク伯爵たちが動き出す前にルイス達に伝えないと。アリス、それとなくキャロライン呼んで来てくれる?」

「分かった!」

「アリス、私も行くわ」


 顔をバキバキに強張らせたアリスを心配そうに見ながらライラは言った。アリスの大根役者っぷりはフラグ回収の時に嫌と言う程見た。絶対にさりげなく連れてくる事などアリスには出来ない。


 案の定アリスはキャロラインの側まで行って名前を呼ぶときに声が裏返ってしまって、ヘンリーとオリビアにクスクス笑われている。そんなアリスを見てキャロラインは苦笑いを浮かべてライラとアリスを両親に紹介してくれた。


「はじめまして、アリスさん、ライラさん。キャロラインからお話は聞いているわ」

「お初にお目にかかります。ライラ・スコットと申します。いつもキャロライン様には大変お世話になっております」


 そつなく挨拶をしたライラと違い、アリスは隣で縦揺れを起こしている。本当に嘘が吐けないアリスである。流石にそんなアリスを不審に思ったのか、キャロラインがそっとライラに耳打ちしてきた。


「アリス、どうしたの? 何だか揺れてるけど。あれ、動揺してる時のあの子の癖よね?」

「はい、ちょっとここでは……キャロライン様、申し訳ないんですが、少しだけよろしいですか?」

「? それは構わないけど……あれと関係ある?」


 そう言って指さした先にはやっぱり動揺して縦揺れしているルイスと、腕を組んで険しい顔をしているカインがいる。


「あります。非常事態です」


 いつものおっとり笑顔でそんな事を言うライラ表情とは裏腹に声は強張っている。キャロラインは頷いてアリスの肩を軽く叩いた。


「父様、母様、どうやらアリスは相当緊張しているみたい。また改めて挨拶させるわ」

「ええ、そんなに緊張しなくてもいいのに!」

「そうだぞ、アリスさん。君の評判は……うん、色々と聞いているしな」


 そう言って苦笑いを浮かべるヘンリーにオリビアはおかしそうに笑った。キャロラインに聞いていたよりもアリスはずっとまともそうだ。そんな風に二人は捉えていたのだが、今アリスの頭の中はオピリアで一杯である。


「少し友人達にも挨拶してくるわ。母様は座っていて。ずっと立っていたら体に障るわ」

「大丈夫よ、これぐらい。家でもずっと動くな! って言われてるのよ?」

「オリビア、キャロラインの言う通りだぞ。君はいつも動きすぎなんだ! それにしても、男の子か女の子かどちらだろうな……今の医術じゃ分からないなんて、全く!」

「まぁまぁ、あなた。それもお楽しみにしておきましょうよ。そりゃどちらか分かれば私も嬉しいけど……」


 オリビアはそう言って大分膨らんだお腹をさすった。それを見たアリスがポツリと言う。


「男の子……」

「え?」

「お腹の膨らみ具合からして、多分、男の子だと思います」


 突然そんな事を言いだしたアリスの口をキャロラインは慌てて抑えた。縦揺れしていたと思ったら、急に何を言い出すのか、この子は!


「ア、アリス⁉ このおバカ! い、行きましょう! それじゃあお母様、ちゃんと座ってらしてね!」


 そう言ってキャロラインはアリスにゲンコツを落として口を塞いだままズルズルとアリスを引きずってそれだけ言い残して去って行ってしまった。


 そんなキャロラインを見てヘンリーとオリビアは目を丸くして、次の瞬間二人同時に噴き出す。


「あんなキャロラインは見るの初めてだな」

「本当に! あの子、アリスさんの前ではいつものキャロラインを演じられないのね。面白いわ。今度お家にお招きしましょう」

「オリビア……君という奴は」


 おかしそうに笑うオリビアのお腹にそっと手を当てたヘンリーはポツリと言う。


「男の子か……楽しみだな」

「あら珍しい。信じるの?」

「何となく、俺もそんな気がしてるんだ。キャロラインの時に比べると随分元気だからな、この子は」


 愛しそうにオリビアのお腹を撫でるヘンリーの横顔を、オリビアはキャロラインが生まれた時の事を重ねて嬉しそうに見つめていた。

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