第三百三十一話 紛れ込むオピリアの罠
「まぁ何でもいいよ。好きにしてよ、もう。その代わり、バセット領に来たからには働いてもらうから。それこそ死ぬまで」
ノアの言葉に何故かルイスとカインとアランまで嬉しそうに頷いている。
待て、アランまで来るつもりかと思ったが、アランは何かと居ると頼りになるのでそこは良しとしておく。
そこまで黙って聞いていたユーゴがポツリと言った。
「いいなぁ……俺も行きたいなぁ……」
「何言ってるんだ。当然俺の騎士団も行くんだぞ? 元々そういう契約だろうが」
「! そっかぁ!」
そう言えばそんな契約だった気がする。契約書をよく読まずに勢いに任せてサインしてきてしまったが、騎士団は終身雇用だった事を思い出してユーゴはホクホクと荷物を運び始めた。
そんなユーゴを呆れたような目で見ていたルーイもまた、どこかホクホクしている。どうやらルーイまでもがバセット領は美味しい物が沢山あるという事に気付いてしまったようだ。
「何だか楽しそう! リー君、私達も将来はバセット領に移住する?」
「え、嫌だよ。僕はネージュでいい」
「そうなの? リー君寒いの嫌いじゃない。その点バセット領は気候は穏やかだし、美味しい物も沢山あるみたいだし、何よりも皆一緒なんて、楽しそうなのに」
「寒いのも嫌いだし美味しい物もあった方がいいけど、老後までずっとこいつらと一緒とか絶対に嫌なんだけど」
「……そう……じゃあ仕方ないわね。老後は別居になるのかしら……」
困った顔でそんな事を言うライラに、リアンはぎょっとしたような顔をしてライラの肩を掴む。
「ライラ落ち着いて。老後までまだ大分長いから、ゆっくり考えて話し合お。ね?」
「……そうね。寂しいのは嫌だものね……」
「いや、だから離れる前提で話すの止めてよ! ていうか、あんた達のせいでライラまで感化されちゃったじゃん!」
そんなリアンの叫びを一同は生暖かく見守っていた。きっとそのうちライラに押し切られる未来が見えるようである。何だかんだ言いつつ、このカップルの舵取りはライラがしているようだ。
「あなた達! いつになったら入ってくるの!」
屋敷の前でいつまでも話していたら、とうとうステラが屋敷から顔を出した。手にはしっかりと空のビールジョッキが握りしめられている。飲む気満々だ。
「すまない、母さん。さあ皆、入ろう」
ルイスの言葉に皆は頷いてゾロゾロと後に続いた。
門を入ると広いエントランスがあり、そのど真ん中に大きな執務机が置いてある。その後ろには左右から二階に伸びる緩やかなアーチを描いた階段があり、それだけで何だかもう、異次元のお金持ち感が凄い。
まだエントランスだというのに、リアンはノアの腕をギュっと掴んで言った。
「ね、ねぇこれ今からでも断れると思う?」
「う~ん、難しいんじゃないかな」
「……だよね……」
「皆こっちよ~! あ、リー君! リー君のお父さまもいらっしゃってるわよ。それにダニエル社長たちももう着いてるから、早くいらっしゃいな!」
「……」
「リー君、諦めた方がいいんじゃないかな」
「……そだね」
リアンは掴んでいたノアの腕を放すと、大きなため息を落としてステラの消えた部屋に向かって歩き出す。
というよりも、そうか。リアンはステラにまであだ名で呼ばれているのか。ではオリバーの事はもちろん、モブと……いや、いい。もう何もかもどうでもいい。
とりあえずリトとマリオが粗相しないようにしっかり見張らなければ。
エントランスを抜けてホールに入ると、そこには沢山の丸いテーブルが並べられていて、驚くほどの人が居た。その端っこにまるで借りて来た猫のように縮こまるチャップマン家とダニエル達が居る。
ダニエルはリアンが入って来た事に気付くなり血相を変えて走り寄って来て、がっしりとリアンの肩に腕を回した。
「遅かったじゃねぇか! リアン」
「ごめんごめん。で、一体何事?」
「俺にも分からん。一週間前の夜に突然王妃様から連絡があってな、物凄い量のビールとジャムとラーメンの発注があったんだ。何かパーティでも開くのかなーなんて呑気に構えてたら、今日の為に用意したとか言ってだな、無理やり……なぁ、今日って家が完成したから見るだけって話だったよな?」
それを聞いてリアンは青ざめた。チラリとルイスを見ると、どうやらルイスも何も聞かされていなかったようで、リアンの方を向いて両手を合わせて目配せしてくる。口は明らかに、すまん! と言っていて、リアンはもう何も言えなかった。
「しょうがないね。もう断れないだろうし、行くよ、ダニエル」
「お、おう」
そう言ってダニエルの腕を掴んだリアンは、余所行きの笑顔を浮かべてステラに挨拶に行ってしまった。そんなリアンを後ろから眺めていたオリバーがポツリと言う。
「やっぱリー君って、情報処理めちゃくちゃ早いし結構度胸座ってるっすよね」
「そうだね。仕事も出来るし戦えるし可愛いし、言う事ないね」
ノアの言葉にオリバーは苦笑いを浮かべた。
「それ、最後の奴は言っちゃダメなやつっすね」
「リトさんも美人だから、リー君もあのまんま美人になるんだろうね」
「それもアウトっすね」
そう言いつつ、オリバーはチャップマン商会の集まりに目を向けると、ドロシーが胸に桃を抱えてそわそわした様子でこちらを伺っている。初めて会った時とは比べ物にならないほど綺麗なドレスはきっと、フィリップス子爵がドロシーに買ってやったのだろう。
オリバーはそんなドロシーに目を細めて手招きすると、ドロシーは顔を輝かせて走って来た。
「ドロシー、今日は随分綺麗にしてるんすね」
それを聞いてドロシーは慌ててスマホでメッセージを打ちだした。
『フィリップスおじい様が買ってくれたの。こんなお姫様みたいなドレス、マリーには似合うけど、私には似合わないと思うのに』
「そんな事ないっすよ。ドロシーもお姫様みたいっす。そもそもドロシーは何着ても可愛い。桃もそう思ってる」
微笑んでドロシーの頭を撫でたオリバーの言葉に、桃は頷きドロシーは頬を染める。そんな様子を隣で見ていたノアがポツリと言った。
「やっぱりオリバーもヒーローなんだね。そういうセリフがスラスラ言えるんだから」
「いや、あんたに言われたくないっすよ⁉ あんた、アリスと居る時相当っすからね!」
「いやいや、僕なんてまだまだだよ。勉強になるなぁ」
からかうようなノアを軽く睨みつけてオリバーはドロシーに引っ張られるようにチャップマン商会の方に行ってしまった。
気づけば皆、それぞれの家族の元に行っていて、悲しいかなバセット家の三人だけは入り口でその様子を眺めていたのだが、ふと、アリスが言った。
「兄さま、あの匂いがする」
「あの匂い?」
「うん……オピリア工場の匂い……」
「……え?」
ここにオピリアが? それを聞いたノアとキリは思わず顔を見合わせて頷いた。せっかくの目出度い出発の門出で騒ぎは起こしたくない。
「アリス、どれからその匂いがするか分かる? 皆が食べ始める前に特定出来たら何か理由つけてバレないように回収しよう」
「うん、分かった」
ノアの意図を汲んだアリスは頷いて鼻に意識を集中させた。檀上ではリアンとダニエルの挨拶が始まる。その間に何としてでも見つけなければ。
しかしいくらアリスでも、これだけ沢山の食べ物の山の前では自慢の鼻を使ってもなかなか特定出来ないでいた。
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