第三百二十一話 エントマハンターを探す為の準備
「レスター、あなたにエントマハンターを探してきて連れてきて欲しいの。場所は妖精界よ。あなたとヴァイスには妖精の加護がついている。妖精界の干渉を受けずに妖精界で動く事が出来るのは、あなた達だけなの」
「僕が、ですか?」
「ええ、あなたが。あなたにしか、この役割は託せない」
「……」
キャロラインの真剣な目をレスターは真っすぐに見つめ返した。ふと見ると、キャロラインの拳が微かに震えている。きっとキャロラインは、レスターに頼むのは不安なのだろう。それはレスターがまだ未熟だからだ。考え方も子供だし、キャロライン達のように何かを背負っている訳でもない。ただ、それでもキャロラインはレスターを選んだ。妖精界の事なら、フィルマメントに頼んでも良かったはずだ。
でもそれはせずにレスターに頼んだのはきっと、キャロラインはレスターに期待しているからだ。
「僕に、出来るでしょうか……」
ずっとお姫様のように塔に閉じ込められていたレスターは、はっきり言って弱虫だ。怖がりだしすぐ泣いてしまう。そんな自分に出来るのか? 不安そうに眉を下げたレスターに、キャロラインは震える拳を抑えて言った。
「本当はね、迷ってたの。こんな事頼んだらレスターに嫌われてしまうかもしれないなって。でも、嫌われても、あなたにはこの大役を務めて欲しかった。それは、きっとあなた自身の成長に繋がると思ったから。レスターの良い所は、自分の事をよく理解している所だわ。そして自分の欠点もちゃんと把握出来てる。でもね、自分の良い所を知らなさすぎる。それは、まだ私達以外とそんなに触れ合ってないからだと思うの。少なくとも、私はそうだったわ。ずっと公爵家という家柄に縛られて動かなかった。それが間違いだったと気付いたのはほんの少し前よ。だからあまり偉そうな事も言えないんだけど、あなたには既に仲間が沢山いる。必ず、やり遂げてくれるって信じてるわ」
「嫌うなんて……あるはずないのに」
涙を浮かべて笑うレスターに、キャロラインの拳の震えが止まった。どうやら本当にレスターに嫌われるのを覚悟でこの大役を頼んできたらしい。
「そう? そう言ってもらえてホッとしたわ。本当は怖かったのよ、私も。ルイスは絶対に大丈夫だって言うんだけど、家族だと思ってる人に嫌われるのは辛いわ」
安心したように微笑んだキャロラインを見て、レスターの目から涙がポロリと零れた。それを見てキャロラインは慌ててハンカチを差し出す。
「やります。僕、エントマハンターさん達を必ず連れて戻ってきます」
「! ええ! 頼んだわよ、レスター!」
「レスター……少しの間に成長したな……」
グスンと鼻をすするルイスを見て、すぐ泣いてしまう所は血なのかもしれないとレスターは思った。そしてこんな所をリアンに見られたら、またおじいちゃんと呼ばれてしまうのに、と。そんな事がすぐに思いつく程度にはレスターも皆を知っている。
「いつから向かえばいいですか?」
「そうね。皆にこの話をしましょう」
そう言って立ち上がったキャロラインに続いてルイスも立ち上がり、レスターに手を伸ばしてくる。その手をレスターはしっかりと掴んだ。
「で、結局レスターは一週間後に出発すんの?」
「はい! こういうの初めてでよく分からないんですが、何か持って行った方がいいものとかありますか?」
学食で夕食を皆で食べている最中にふとカインが言った。レスターはメモを取り出すと、斜め向かいに座ったアリスが手を上げる。
「着替えはね、二着で十分だよ! 汚れたらすぐ洗うとシミにもならないし! それより重要なのはキャンプグッズだよ! テントとか焚火道具とかサバイバルナイフとか!」
「あんたの思い描いてる旅とは違うと思うけど?」
一体何を想定しているのか、嬉々として語るアリスにリアンは白い目を向ける。
「リー君! 妖精界はどんな所か分からないんだからね! 準備はしっかりしていかないと!」
「いや、それはあんたも知らないでしょ? ミニ王子、ノアに聞きな。こいつは参考にしちゃ駄目だよ」
「は、はい! ノア、教えてくれますか?」
「う~ん。僕も妖精界は分からないから何とも言えないけど、アリスの言う通りキャンプグッズはある程度持って行った方がいいかもね。どれぐらい長期になるかも分からないけど、おおまかな場所はフィルちゃんが探してくれてるみたい。だから野営とかにはあんまりならないとは思うけど……どうだろうねぇ」
「そうだよな。フィルに聞いたけど、エントマハンター自体が本当にひっそりと暮らしててどこに住んでるのか皆目見当がつかないって言ってたよ」
「何か見た目とかに特徴ないのかな?」
「緑なんだって。肌の色が」
「……それだけ?」
「それだけ。でも一番特徴あると思うけど」
ノアとカインの言葉を真剣な顔をして聞いていたレスターは端からメモっていく。野営になるかもしれないと聞いたレスターは不安で一杯である。そんな中、アリスが言った。
「明日と明後日お休みだし、ちょっとキャンプの練習してみる?」
「え?」
「いいんじゃない。その方が道具にも慣れるだろうし」
アリスとノアに押し切られ、翌日、学園の森でキャンプをする事になったレスターは、その夜ドキドキして眠れなかったのは言うまでもない。
翌日、スミスの小屋で待ち合わせをしたレスターは、待ち合わせ時間よりも随分早くに小屋についてしまった。スミスに断って小屋の中でお茶をしながらアリスを待っていると、丁度お茶を飲み終えた頃にアリスがやってきた。
「あ、ズルい! スミスさん、おはよ~」
「おはようさん、お嬢も飲むか? 今年の白茶だぞ」
「飲む飲む! よっこらせっと」
背負っていた荷物を下ろしたアリスはそそくさと席について出された白茶に舌鼓を打った。
「うまぁい! やっぱ火山付近の子は違うねぇ!」
「ちょっとぉ、突然走るの止めてよぉ~」
「……」
少し遅れてやってきたのはユーゴとルーイだ。ルイスの護衛が二人して何故? そんな疑問にユーゴが笑って答えた。
「ルイス様がねぇ~ついてってやれってぇ。ついでに、キャンプ道具の勉強もしてきてくれってさぁ~」
「あ、そっか。もうじき卒業、ですもんね」
ルイス達は来年には卒業してしまう。今頃その為に色々と忙しいのだろう。何せルイスもカインもキャロラインもアランまでもが生徒会に属しているのだから。そしてその手伝いをノアがしていると聞いている。
「そうなんです。なので、今回は我々がお供させていただきます」
「わぁ~い! 皆楽しもうね!」
基本的になんでも楽しめるアリスである。一人だけ旅行気分で来ているアリスに三人は無言で頷いた。
「それじゃあスミスさん、行ってきま~す! お茶、ごちそうさまでした!」
「気をつけてな。そろそろ動物たちが出て来る時期じゃから」
「うん!」
元気よく頷いたアリスに心配しかないルーイとユーゴだが、一方のレスターはアリスの楽し気な雰囲気につられたみたいに何だかワクワクしているのを感じていた。
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