第三百十四話 信用の無いアリス

「……面白いかもしれませんね。なるほど、空気感を強くして他者と混ざり、人工知能が自力で中で動けるようになれば出来なくは……ない?」


 アランはブツブツと呟きながらアリスの画伯級のイラストを見て何やら書き込んでいく。


「アリスさん、実験してみましょう! 皆さんのレインボー隊を連れてきてもらえますか? あと、イーサン先生も」

「! ラジャー!」


 アリスはそう言って保健室から勢いよく飛び出してすぐさま全員の所からレインボー隊を連れてきた。キャロラインとルイスはすぐに貸してくれたが、カインとリアンは渋った。二人して怖い顔でアリスに詰め寄ってきて、言ったのだ。


『変な事しないでよ?』


 と。


 それを聞いてアリスは自信満々に頷いた。全然変な事じゃない。合体させるだけだから!


言葉にはしなかったが、明らかに二人はそんなアリスを見てお互いの顔を見合わせた。


『心配でしかないから俺達も行く』


 そう言って結局二人はついてきてしまったのだが、ゾロゾロと保健室に入ると、そこにはスカイを連れたイーサンが既にやってきている。


「おう、お前らも来たのか」


 イーサンが手を上げて言うと、カインとリアンは神妙な顔をして言った。


「何で先生も? あいつ、絶対何かやらかしそうなんで」

「信用ねぇな、あいつ」


 苦笑いを浮かべてそんな事を言うイーサンにカインとリアンは同時に頷く。


「ではアリスさん、始めましょう」

「はい!」


 てきぱきと動き出したアリスを見て、普段からアリスがここでアランとしょっちゅう籠って何かしているのだという事が伺える。


「ノア、知ってると思う?」

「いや~知らないんじゃないかな。アランもアリスちゃんも授業サボる常習犯だし」


 リアンの問いに腕を組んで答えたカインに、リアンも頷く。


「だよね。こいつら絶対授業サボって普段から余計な事してると思う」


 そう思う程度には二人とも手慣れている。アリスなど、アランの言う訳の分からない器具をどこからともなく見つけ出してくるのだから、これはノアに報告した方がいいかもしれない。


 コソコソと言い合う二人を見て、アリスはアランに頼まれた器具を渡しながら言った。


「言っとくけど、めっちゃ便利道具作ってんだからね!」

「そうですよ。あなた達が重宝してるという『お湯沸かせ~る君』だってここで出来た物なんですよ。それに色んな工場にあるレバーも」


 アランは言いながらレインボー隊の体の中から人工知能を抜き出していく。


 すると、途端にレインボー隊は動かなくなってしまった。そんな様子を見てカインは青ざめている。


「ちょっと次期宰相大丈夫? 顔色悪いけど」

「や、こんな腹掻っ捌いて出すのかと思って……」

「まぁ、スライムなんで。指突っ込んだ方が良かったですか?」

「いや、そ、それもどうかと……リー君、ちょっと終わったら呼んで」


 そう言ってフラフラと保健室の空いてるベッドに転がったカインを見て、リアンは大きなため息を落とす。


「あんた、何でついてきたの?」

「ご、ごめん……」

「もう! 何か飲み物持ってくるよ」


 そう言ってリアンは保健室を後にした。そんな様子にイーサンが声を出して笑う。


「チャップマンは何だかんだ言いつつ面倒見がすこぶるいいな。アリスの勉強の時にも思ったんだが、入学当初から比べたら随分成長した」


 嬉しそうに笑ったイーサンにアリスも笑った。友達が褒められるのはいつだって嬉しいアリスである。


「まぁ、逆に言えばそれだけアリスが手がかかるって事なんだけどね」


 突然の声にドアの方を見ると、そこには腕を組んでニッコリ笑うノアと呆れた顔のキリが立っている。その後ろには申し訳なさそうにレスターが保健室を覗き込んでいた。


「ちょっと! 増えてんじゃん! ああもう!」


 そこへ戻って来たリアンがノア達に気付いて持ってきていた人数分の飲み物をキリに渡し、また食堂に戻って行く。本当に面倒見の良いリアンである。


「で、アリス? 一体何してるのかな?」

「え、えっとー……その、桃を治そうと思って?」

「桃を治すのにどうして他のレインボー隊が必要なんです?」

「そ、それはそのー……ていうか! 何で他のレインボー隊も連れて来たって知ってるの⁉」


 アリスは皆からレインボー隊を借りる際にくれぐれも言ったのだ。


 絶対にノアには内緒にしててね! と。それなのに、どこから漏れたのだ! 


 拳を握りしめたアリスにノアは笑顔で窓の外を指さした。ふと見ると、そこには背中にブリッジを乗せたドンが恐ろしい物でも見るかのような顔をしてアランの手元を凝視している。


「あいつ……チクったな……」


 ドンのお腹の上で寝ていたレッドをそっと連れてきたが、どうやらバレたようだ。二人はノアとキリに言って探し回っていたらしい。


「アリス? 何しようとしてるの?」

「もうこれ以上厄介事は増やさないでください」

「え、えっと……ちょっと、心強い味方作ろうかなって……思いました! ごめんなさい!」

「おお、アリスが謝った。お前、やっぱり兄貴は怖いんだな」


 一連の流れを見ていたイーサンが言うと、アリスはイーサンの後ろにさっと隠れてブルブル震えた。ノアが怖いかって? 怖いに決まっている!


「だ、だってね、兄さま怒ると本当に怖いんだよ。笑顔でね、心をへし折ってくるの」


 ノアの精神攻撃はアリスにも効果てきめんなのだ、昔から。


「その割には何か食べたらすぐにケロっとしてるじゃないですか、あなたは。俺はそのメンタルの方が怖いですよ」


 ノアにどれほどけちょんけちょんに言われても、チョコレートの一つでも食べればすぐに復活するアリスだ。そっちの方が怖い。


「お待たせ! もう増えてないよね? はい、一人一個ずつ持ってってね。あんた達も何してんの? こんな入り口で。邪魔だからさっさと入ってよ。あ、ヴァイスにはミルクで良かった? はい、これね。窓の外に居る二人にも一応持ってきたけど、あいつらここ入れる? ちょ、そっちもうちょい詰めてよ。で、どう? 進んでる?」


 矢継ぎ早に話しながら皆に飲み物を配るリアンに、お礼を言いながら皆が従う。それを見てイーサンが噴き出した。


「ありがとな、チャップマン」

「どうしたしまして! ほんっとに手がかかるんだから! それで? そっから何すんの?」


 全てのレインボー隊から取り出された人工頭脳を一列に並べたアランの手元を見てリアンが言うと、アランは人工頭脳からズルリと魔術式を取り出して大幅に書き換えた。そしてそれをまたレインボー隊に仕舞い込む。


「今回の事で思ったんですが、この頭脳の場所を固定してしまうのは危険だな、と思いまして。せっかく考える脳があるんですから、危ないと感じた時は体の中のどこにでも移動できるようにしようと思います。あと先生、ちょっとこの子達に空気をもう少し足してもらえませんか?」

「これにか?」


 イーサンはアランの言う通りに目の前にズラリと並んだレインボー隊の外側に空気を送り込む。すると、今までしっかり固定されていた形が途端に崩れ始めた。


「お、おい、いいのか?」

「ええ。ではアリスさん!」

「はい!」


 二人は崩れたレインボー隊を徐に混ぜだした。それを見て周りはギョっとする。窓の外のドンブリなど、窓を叩いて抗議してくる。


「さて、皆混ざりましたね? 上手くいけばいいんですが」

「皆、戻って!」


 アリスとアランによってぐちゃぐちゃに混ぜられて大きめのボールになったレインボー隊に声を掛けると、それまで混ざり合っていたボールがグニグニと動き出した。


「き、気持ち悪いんだけど」


 思わず呟いたリアンにアリスとアラン以外が頷いたが、やがてボールの中から桃が飛び出してきた。


「え……?」

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