第二百六十一話 清廉潔白なノア

 そう言ってノアはチラリとキリを見たが、キリは頑なに首を横に振る。これは絶対に教えてくれなさそうだ。


「ていうかさ、変態が思い出そうが思い出すまいが、とりあえず進めなきゃなんないのはメインストーリーでしょ? まずはそっちから進めるのが先じゃないの?」


 リアンの言葉に隣でライラも頷いている。そんなリアンを止めたのはルイスとキャロラインだ。


「ちょっと待ってちょうだい! ノア、それは本当の事なの? あなたはバセットの者ではないかもしれないという事なの⁉」

「者かもしれないんじゃなくて、者じゃないんだよ、キャロライン」


 いつもの笑顔で言うノアに、ルイスが声を上げる。


「お、お前はそれで何とも思わないのか⁉ 出自が気になったりは……」

「別にしない。それどころかアリスと血が繋がってないっていう事の方がどう考えても重要だから」

「ふざけてるの⁉ あなた、それはもしかしたら詐欺罪になるかもしれないのよ⁉」

「そうだね。君達の誰かがそれを言えばね」


 今までバセット家の子だと信じて疑わなかったノアは、今朝、自分の書類を確認してようやく納得がいった。バセット家に息子は居ない。いや、正しくは籍が既に抜けていたのだ。


 ケロリとしてそんな事を言うノアに、キャロラインもルイスも黙り込む。


「あのさぁ、お姫様も王子もさ、多分元々ゴリゴリの血統主義だからそんな風に思うんだろうけどさ、男爵家とか子爵家なんて、結構こういうの居るよ? 優秀な子引き取って当主にするなんて事、よくあるじゃん。でさ、それの何が問題? 実際に変態は落ちぶれたバセット領を立て直して、アリス工房立ち上げて今やガッポガッポだよ。何ならうちの当主やってほしいぐらいだよ。でさ、そこの本当の娘と結婚でもしたら、それこそ血は繋がるし優秀な当主の出来上がりだよね。順番が逆になっただけの話じゃない? 何より、ノアはノアだよ。どこの誰だろうと、それは変わらない」

「リー君!」


 珍しく感激したノアがリアンを抱きしめようとすると、リアンはそれを両手で押し返して来た。


「くっつくな! 変態!」


 リアンの言葉にカインも頷く。


「そうそう。リー君の言う通り、俺も別にノアが詐欺を働いてるって思ってシャルルに連絡した訳じゃないんだよ。もしもそれが本当なら、どうして皆を今まで騙せたんだろうって思ってさ。だって、謁見の時に何度も書類なんて審査してるはずなんだ。俺だってもちろん見た。それでも、何故かノアは清廉潔白だって信じ込んでたんだ。で、今朝ノアが持って帰って来た書類を改めてみて気付いた。バセット家の戸籍のどこにも、ノアの名前が無いって事に。まるで、何かの魔法が解けたみたいだったんだよ」

「それは……どういう事?」

「つまり、何者かの魔法によって、ルーデリア国内にノアはバセット家の息子だって魔法がかけられたって事だよ。で、恐らくその魔法を解くにはノア自身が自分の事を思い出さなきゃならないって事なんだと思う。ノアの出自については、だから俺もぶっちゃけどうでもいい。ノアはノアだろ」

「カインまで! 成長したね!」

「おう。てか、何でそんな上からなの?」

「いや、だってカインなんて一番僕の事嫌ってたじゃない」


 そう言って笑ったノアに、カインは申し訳なさそうに笑う。


「いや、そりゃお前、だって何考えてんのか分かんなかったしね。清廉潔白なはずなのに胡散臭かったって言うか……でも、付き合いだして分かったけど、ノアは本当にただ胡散臭いだけだった」

「褒められてないなぁ~」


 のほほんと笑うノアにカインも笑う。そんな二人を見てようやくキャロラインとルイスも力が抜けたように席に着いた。


「言われてみればそうよね。ノアはノアよね。どこの誰だろうが、アリスと血が繋がってないって喜ぶような男よね」

「そうだったな。ノアの原動力はいつだってアリスだった。すまん。二人とも、お幸せにな」


 何かに納得したような二人にアリスでさえ、それでいいのか? と思ってしまうが、実際リアンが言ったように、ノアが居なければ今頃バセット家はどうなっていたか分からない。


 アリスはノアの服の裾をギュっと握ると、カインと笑いあうノアを見てポツリと言う。


「ずっと……ずっと、一緒だもん」

「ん? 何か言った? アリス」

「ううん! それよりも! その魔法をかけた人って誰なんだろう? ルーデリア国内全部にって……凄い魔力ですよね?」

「だねぇ。ちょっとヤバイぐらいの魔力だから一人しか思い当たらないよね」


 カインの言葉にルイスとキャロラインとノアが頷いた。


「シャ、シャルル⁉」


 意気込んで言ったアリスにノアは笑って首を振る。


「いや、シャルルではないよ。だって、考えても見てよ。僕がいつバセット家に来たのか分かんないけど、少なくとも母さんが出てったのは見てるから四歳の時って事だよね。シャルル、その時まだ子供だよ?」

「だね。てことは、あの人しか居ない訳だ」

「妖精王……か」


 ルイスの言葉にカインとキャロラインとノアが頷き、後は首を傾げた。


「ビックリだよね。そっか、僕は妖精王と面識があるのか……全く思い出せないけどね……」


 昨日、あれからずっと何か思い出せないかと必死になって考えてはいるのだが、何一つとして思い出せないノアである。


「だから、変態の記憶探訪はこの際後回しでいいよ。それよりも! メインストーリー! 校外学習までにまずは次期宰相フラグへし折って、王子ルートに入んなきゃなんでしょ⁉」

「そうだったそうだった。それ、今どこらへんまで進んでるの?」


 ノアの問いにアリスはフラグノートを取り出してノアに見せた。


「え、カインルートまだまだじゃない。何でこんな所で油売ってるの!」

「そ、そうは言われても……この強制力というやつはなかなか厄介でだな」

「そうなんだよ……なんか回を増すごとに強制力が強くなってるんだよね。流石にドンブリでも戻れなくなってきちゃってさ」


 そう言って切なげに視線を伏せたカインに、ノアは頷いた。


「とりあえず、これやってみようか」


 ノアが指さした先にはカインルートの分岐を指さす。それを見て頷いた一同は、そのまま校舎の空き教室に移動した。時間はちょうど夕暮れ時だ。


 ノアの指示通り、カインは窓際の机に腰かけて立膝を立てる。


「ねぇ! この立膝いる⁉」


 何て言うか、もういかにも格好つけてます! って感じが死ぬほど恥ずかしいのだが、アリスは真顔で頷いた。それ以外は一生懸命笑いを堪えている。


「じゃ、いくよ~。よ~い、スタート!」


 ノアの言葉にアリスは廊下の端から猛ダッシュしてきた。多分、ゲームでは可愛らしく走ってくる所なのだろうが、いかんせん大根役者アリスである。走れと言われたら全力疾走しか出来ない。


「健脚だな」

「早いわね」

「ヒロインの足じゃないよね」


 アリスを見守っていた一同は、目の前を物凄い勢いでアリスが走り抜けて行くのを見守っていたが、アリスがその勢いのまま教室のドアをバァン! と物凄い音を立てて開いたのを見て、口を噤んだ。その勢いはないだろ。心の中で皆が突っ込む。


「!」


 その音に芝居も忘れて驚いたカインの頭の中で、またあの音がする。


「驚いた。月の妖精さん、また会ったね」

「忘れ物を取りに来て……」


 どう考えても忘れ物を取りに来る勢いではなかったが、スイッチが入ってしまえば、そんな事はどうでもいい事である。


 アリスはそう言ってカインが座っている机を指さした。どうやらそこがアリスの席という設定のようだ。

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