第百七十一話 炭酸飲料は凶器⁉

 その後をまた皆でついていく。すると、ジャスパーの言う通り少しだけ開けた所に、果たしてゴムの木が大量に生えていた。


「ふぉぉぉぉぉぉ!」


 ゴムの木に飛びつくように駆けて行くアリスを唖然とした顔をして見守るジャスパーと、おでこに手を当てて呆れるキリ。


 アリスは早速持っていたサバイバルナイフで木の幹に傷をつけると、あふれ出る白い樹液に歓喜した。その様は歓喜して踊り狂うどこかの部族のようである。


「あの……あの方、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。あれは彼女の通常運転なので。それにしても良かったですね、ジャスパーさん。どうやら特産物がもう一つ出来そうですよ」

「え⁉」

「まずはこれを見てください。これは鉛筆という商品なんですが」


 ノアはそう言って紙に鉛筆で字を書いて見せた。それだけでジャスパーの目はまん丸である。


「こ、これは一体? どんな魔法で出来ているんですか⁉」

「魔法じゃないんです。こういう鉱石があるんですよ。その鉱石を木で枠組みを作ってこんな風に削って使うのですが、今までのようにインクが要らない為、とても便利なんです」

「ええ! こ、これは便利です!」

「そうでしょう? そして、この鉛筆で書いたものは、ここにあるこの木の樹液で消す事が出来ると彼女は言うんですよ」

「消す⁉ じょ、冗談でしょう⁉」

「僕もまだ半信半疑なんですけどね。彼女は出来る、と。なのでジャスパーさん、少しだけこの森に入って作業する事を許可していただけますか? それに、先ほどの炭酸泉の話も詰めなければ」


 ノアの言葉にジャスパーは考える間もなく頷いた。目の前で見せられた鉛筆と、それを消すという魔法のような物が、まさかこのフルッタで作られるとは! おまけにさっき飲んだジュースも、驚くほど美味しかった。あれならばこのフルッタの特産物に十分なる。


 翌日からゴムの木の実験が始まった。ゴムの木の樹液から採れた白い液体は、どうやら空気に触れるとすぐにドロリと固まりだすようだ。そのドロドロを濾して不純物を取り除き、そこに酢酸を入れて型に流し込み固めた物を洗濯ロープに干してゴムになるまでひたすら待つ。


 ゴムの方はノア達に任せて、この間にアリスは炭酸水の実験に取り掛かった。宿に炭酸泉を持ち帰り、早速リアンとライラに試飲をしてもらうと、


「何これ! なんか口の中がピリピリする!」


 初めての感覚にリアンは驚き、


「凄いのね! 不思議な感じだわ! 面白い!」


 喜ぶライラ。そんなライラを見てリアンは先が思いやられるのを感じる。


 どうやらライラは純粋培養すぎて目新しいものは何でも楽しめるようだ。とても羨ましい性格である。一方のリアンは、割と過酷な幼少期を耐え抜いてきた為か、結構疑り深い。全くいいコンビである。


「で? これをどうするの?」


 リアンはガラス工房から持ち帰ってきたポーションの瓶と頼まれていた物をアリスに渡した。


「これはね、ジンジャーエールを作るの!」

「ジンジャーエール?」

「うん。ちょっぴり辛い大人の味のジュースだよ。あと、レモネードとサイダーかな」

「……あんたってさ、そういう知識ばっかり何でそんな覚えてんの?」


 いくら前世の記憶があると言っても、こんなにレシピばかり覚えているものだろうか? というよりも、どうしてそれだけの記憶力があるのに、勉強は覚えられないのだ?


「好きだったんだ! 調べもの。特に食べる事に関してはちょっと尋常じゃなかったんだ」

「……自分で言ってりゃ世話ないね」


 呆れたリアンを他所に、アリスは笑顔で頷いて作業を始める。 


 まず鍋に砂糖を入れる。そこへリアン達が切った生姜を入れ、煮る。水分が出てきたらそこにシナモンやクローブなどの香辛料を入れ、蜂蜜を投入。さらに煮ていると灰汁が出て来るのでそれを丁寧に取り除いていると、辺りにはスパイシーな良い香りが立ち込め始めた。


「良い香りね!」

「何か不思議な匂いだけど、これは合ってるの?」

「あってる。よし、完成!」

「え⁉ もう?」

「そだよ。これで粗熱取って終わりだよ。この間にレモネードも作ります!」


 そう言ってまたいそいそと作業を始めたアリス。


 しばらくして、ジンジャーエールの元とレモネードの元が出来上がった。問題はここからである。


「さてリー君、お外に出ましょう」

「は? なんで?」

「爆発するかもしれないからだよ」

「はぁ⁉」


 この材料で何がどう爆発するのだ? 日々よく分からない奴だとは思っていたが、今回はいつも以上に訳が分からない。


「炭酸って言うのはね、圧力が強いの。だから万が一、瓶の強度が弱かったら爆発する事もありえるし、温めすぎても冷たすぎてもダメな繊細な飲み物なんだよ!」

「そんな危ないもん売れる訳ないでしょ⁉」

「大丈夫! 用法を守れば絶対に売れる! もうガッポガッポだよ!」


 親指と人差し指で丸を作ったアリスを見て、リアンは顔を引きつらせた。


「この守銭奴が! あのねぇ、言っとくけど危なかったり美味しくなかったら却下するからね!」

「分かってるよぅ。ほら、外行こ。ライラ、危ないかもしれないから、しばらくここで待っていなさい」


 声を低くして言うアリスに、ライラは頷く。アリスの隣のリアンはと言えば、自分もここで待っていたい、と顔にしっかり書いてある。


 宿の外に出て裏庭に行くと、アリスは瓶を二つ地面に置いて中にジンジャーエールの元とレモネードの元をそれぞれの瓶に入れた。そこになみなみの炭酸を注いで、すぐさま瓶の蓋をハンマーを使って閉めたのだが……。


 閉めた瞬間、瓶の蓋がポン! と小気味いい音を立てて屋根付近まで飛び上がってしまった。


「……飛んだ……」

「……うん……」


 落ちて来た蓋がコロコロとリアンの足元まで転がってきた。リアンはそれを拾ってギョッとしている。


 スチールで出来た蓋は見事にひしゃげて、中に貼ってある薄いコルク板が跡形もなくはじけ飛んでいたのだ。


「ねぇ! めちゃくちゃ危ないじゃん! 無理だってば!」

「大丈夫! 絶対大丈夫なはずなんだよ! 見て! 瓶は無事だよ!」


 アリスが指さした先には急な圧力にもビクともしなかった瓶が二つ倒れている。蓋がはじけ飛んだ衝撃で倒れて中身が零れてはいるが、どうやら瓶は無事だったようだ。


 アリスは中身を捨ててもう一度元を入れた。そこへさっきよりも慎重に炭酸水を注ぎ、蓋をする。


「……」

「……」


 しばらく待っても何もおきない。いけたか? アリスは恐る恐る瓶を棒で突いてみた。すると、やはりさっきと同じように蓋がはじけ飛んだではないか。


「触った瞬間蓋が飛ぶって、どんな凶器だよ!」

「大丈夫なんだってば!」


 さっきからこの繰り返しである。絶対に無理だと言い張るリアンと出来ると言い張るアリスの攻防がその後も続き、その頃にはなかなか戻って来ない二人を心配したライラも遠巻きに様子を見ていて、アリスとリアンの激しい戦いを見ながらも時折飛んで行く瓶の蓋を見守っていた。

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