第百五十四話 ノアの本音
「お疲れ様でした、ノア様」
「お疲れ様。皆もありがとう。ルンルン、ごめんね。赤ちゃんの所に戻ってあげて。ウルフたちもありがとう。また何かあったら呼ぶよ。ああ、それから万が一この男がこの小屋から出て行こうとしたら、遠慮なく噛み殺していいよ。ハンナもジョージも、ありがとう。後はキリとユーゴに頼もう」
そう言ってノアは狼達の頭を撫でると小屋をアリスと共に出る。入れ替わりにユーゴが蒼い顔をしながら小屋に入って行く。
小屋の外には顔色を失くした友人たちが呆然とした顔をして立っていた。
「ごめんね、長引いちゃった」
全くいつも通りのノアの反応が、かえって薄ら怖い。ルイスが恐る恐るノアに近寄ると、背伸びをしてノアの頭を一生懸命見ようとしている。
「なに?」
「いや、角でも生えてるのかと思って……」
「あはは! ルイスもなかなか度胸あるじゃない。こんな時にそんな冗談言うなんて!」
「俺は至って本気だ! お、お前、本当は悪魔か何かの化身だろう⁉」
「俺さ、キリはめっちゃ口悪いなぁって思ってたんだけどさ、違うな。キリって口は悪いけど間違いを正してくれるめちゃくちゃいい奴なんだな……今のノア見てたら、何か凄いそれを実感したわ……」
呆然としてそんな事を言うカインに皆が無言で頷く。
「だから言ったのにね~。早く言っちゃった方がいいよ! って」
「アリスは優しいからね。アリスの忠告を聞かなかった彼が悪いんだよ。アリスもお疲れ様」
「そだね! さってと! 晩御飯の支度支度~! 皆、今日はアリス特製グラタンだよ!」
「……」
それだけ言ってケロリとして駆けていくアリスの後ろ姿を見つめながら、キャロラインがポツリと言う。
「あなた達を敵に回さなくて本当に良かったわ……」
アリスの肉体攻撃にノアの精神攻撃。この二つを受けた者の末路など、考えたくもない。ノアの言う通り、極刑を免れても彼は来るかどうかも分からない戦争に怯えて暮らすのだろう。
「それにしても、蛇の紋章か……フォルス大公の名前を語ったのは誰なんだろ」
「え? キャスパーなんだろ?」
あれだけ自信満々にキャスパーが仕組んだ事だと言っておきながら今更何を。
「いいや、いくらキャスパーが大公と繋がりがあったとしても、自分の紋章を貸すとは思えない。という事は、一人しか居ないか。やっぱりお膳立てされてるなぁ」
苦笑いを浮かべたノアにカイン以外が首を傾げた。
「シャルル・フォルス?」
カインの言葉にノアは頷く。
「そう。シャルルが彼に頼んだんだよ。だから今回のこれは茶番だね。ここにアリスが居る事が分かってて依頼したんだよ、きっと。という事は、シャルルもアリスの力を知ってるって事か。もしかしたら彼も前世持ちなのかな」
「ええ? まさか!」
「無いとは言い切れないよ。アリスがそうなんだから」
「いや、そりゃそうだけど……そうか、でもそう考えたら全部辻褄が合うのか」
シャルルはどうやってもフォルスの大公に来年の夏までにならなければならない。だから父親を陥れるのに自分達を巻き込んでいるのだとすると、シャルルの行動の全てに合点がいく。
「待て! じゃあシャルルは自分の父親に罪を着せて自分が大公になろうとしてるという事か?」
「そういう事になるね。まぁ、よくある話じゃない」
高位貴族、ましてや王族などにはよくある話だ。そんな事を言うノアをルイスは睨みつけ、ルイスは大きなため息を落とす。
「俺は一人も殺さない。ノア、今回の事はバセット家に泥棒に入ったという事にしておいてくれないか?」
突然のルイスの提案に、意外にもノアはすんなり頷いた。
「構わないよ。じゃあ彼の身柄はうちの青年団に預けるよ」
「あ、ああ、頼む」
あまりにもあっさりと頷いたノアにルイスは拍子抜けしたように口を開いたが、ルイスの選んだ選択は返って彼の枷になるのだという事を、ルイス以外は気付いていた。
「死んだ方がマシだって思える人生を彼はこれから生きていかなきゃいけないなんて、ルイスも案外残酷だね」
ニッコリ笑ったノアに、ルイスは頬を引きつらせた。そこまで思い至らなかっただけなのだが、結果的にあそこまで追い詰められた彼は、この先どんな人生を送るのだろう……。
「ま、待ってくれ! ど、どうしたらいいんだ!」
「ルイス、誰でもした事の責任は負わなきゃならないんだよ。それを助けるのは君じゃない。彼自身だ」
ノアの言葉にルイスは深く頷いた。誰も何も話さないが、きっと同じことを考えたのだろう。
「すまない。俺が間違えてたな。判断は王に任せる。あいつは王宮に連れて行ってもらうよ」
「そうだね。その方がいいと思うよ」
ノアは頷いてルイスの肩を軽く叩いて屋敷に向かって歩き出す。その後をゾロゾロと皆が無言で着いてくる。
屋敷に戻ってハンナが用意してくれたお茶を飲んでいると、突然トーマスがノアに向かって頭を下げてきた。
「バタバタしていて遅れましたが、ノア様、いえ、バセット家の皆さま、ルイス様の命を守っていただいて、本当にありがとうございました。王家を代表して、心よりお礼申し上げます」
ノアの言うように今回の事がシャルルの茶番だったとしても、ルイスの命が守られた事には変わりない。
深々と頭を下げたトーマスに、ノアは小さく笑った。
「助けたのは僕じゃなくて正義の使者アマリリスだよ。だからお礼は彼女に言ってやって。それに、僕はこれでも少し後悔しているんだ」
「後悔、ですか?」
「そう。どうしてユーゴが頭を打つまで気づかなかったんだろうって。もしもそれまでに気付いていたら、不法侵入してきたって事で殴り殺せたのにな、って」
「……」
「皆はアリスの事をどう思っているのか知らなけど、彼女は本当に無益な殺生はしない人なんだ。どんなに憎くても、一時の感情には絶対に流されない。レインボー隊とかの時とは違って、本気で罪を憎んで人を憎まず、なんだよ。でも僕は違う。感情を最優先して動くタイプなんだよね、昔から。今回の事も、危うくルイスが殺されかけた。これだけで僕にとってはもう彼は万死に値する出来事なんだよ」
「……そうですか」
神妙な顔をしてそんな事を言うノアに、トーマスは胸に手を当てて、もう一度深く礼をする。
そしてルイスもまた、泣きそうな顔でノアを凝視していた。
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