第百四十二話 ノアとの会議
その意味に気付いたオリバーは申し訳なさそうに視線を伏せたが、そんなオリバーを見てエドワードが笑う。
「そういう所もとても好感が持てるよ。チャップマン商会は十分に信用に足る組織のようだ」
「っす」
短く返事を返したオリバーに満足したようにエドワードが席を立つ。
「話し合いの場には、是非君達も同席してくれるかい? そして証人になってほしい」
「もちろんです。喜んで参加します」
コクリ。
オリバーの返事と頷いたドロシーを見てエドワードは店を後にした。
エドワードが完全に店から出たのを確認したミランダが首を傾げている。
「さっきの糸とか何とか言ってたのは一体どういう意味だったんだい?」
ミランダが片づけながら言うと、その場に居た領民達は皆首を捻る。
流石にここで全てをばらす訳にはいかないオリバーは、必死になって言い訳を考えた。
「多分、グランの小麦を狙う商会が多いんじゃないんすかね」
「ああ、なるほどね。それはそうかもしれないね。今年に入ってから足元ばかり見る商会が増えたみたいだからね」
「っす」
エドワードの糸とは恐らく意図の事だ。誰かがオリバー達をこの時期にあえて向かわせ、チャップマン商会を周知させたのだろう? そう言いたかったに違いない。そしてそれをすぐに認めたオリバーを見て、チャップマン商会を信用したという事なのだろう。
恐らく今年に入ってからミランダの言う通り色んな商会がグランに交渉に来たのだ。安く小麦を買い叩くチャンスだとばかりに。それが透けて見えていたからエドワードは決めかねていたのかもしれない。
夜、オリバーはノアに一部始終を話した。
『おー、優秀優秀! 思ってたよりもずっと早かったね』
「でも、多分バレてるっすよ」
『バレても構わないよ。元からグランさんはある程度気付いてたんじゃないかな。ただ、そんな回りくどい事をしてくる商会は他には無いだろうから反応に困ってたんだと思うよ』
「え。じゃあ俺達がした事の意味ってあるんすか?」
『あるよ。大ありだよ。まずチャップマン商会のグランでの印象を良くする。それからチャップマン商会で取り扱う商品はこれほど人の心を掴む事が出来るんだって思い込ませる。そこに来て新しい小麦の食べ方だよ? それをさ、領民達が皆知っちゃった訳だよ。将を射んとする者はまず馬を射よ、だよ』
「それじゃあバレるってノアは分かってたんすか?」
『分かってたっていうか、そうじゃなきゃ困るよね。それに、どんな時においても中立を貫くという姿勢を崩さないグラン伯爵だよ? 切れ者に決まってる』
小手先の芝居などすぐに見抜かれる。ノアはそう断言した。
『でも君達の設定までは疑ってないと思うよ。実際に全部が嘘って訳でもないし、もしも聞かれたら正直に話せばいいよ』
「いいんすか?」
『構わないよ。君がキャスパーから逃げたのも、ドロシーが辛い目にあって口が利けないのも、それをダニエルが保護したのも嘘じゃない。それに別に誰にも迷惑かかってないでしょ?』
「っすね」
チャップマン商会と手を組むことでスマホがグランにも普及する。何よりも新しい麺料理が入ってくるのだ。グランにとっても利益でしかない。おまけにそこに永久に続く定額の販売契約を結ぼうと言うのだ。そこまでするチャップマン商会を、エドワードが無下にするとは思えない。
『こっちとしてはキャロラインが聖女だという認識を植え込めればそれでいいんだよ。後は成功しようが失敗しようがどちらでも構わないよ。ただ、ダニエルには伯爵位を取り戻してもらわないといけないから目を付けたのがグランってだけの話だから』
「あー……忘れてたっす」
『こら! そこも重要なんだからね! 話し合いの席でダニエルが変な事言い出さないようにしっかり見張っててね』
「っす」
電話を切ったオリバーはそのままベッドに転がって大の字になった。そんなオリバーを心配そうにドロシーが覗き込んでくる。
「大丈夫っすよ。ちょっと疲れただけっす」
オリバーが言うと、ドロシーが小さな手でオリバーの頭を撫でてくれた。その仕草があまりにもぎこちなくてオリバーは思わず笑ってしまう。
「今まで任務ってずっと一人だったんすよ」
コクリ。
「でも、今回は一人じゃなくて良かったっす。ドロシーが居てくれて本当に――良かった」
一人ではきっとここまで上手くまとめられなかっただろう。上手くいったかもしれないけれど、もっとずっと時間がかかったはずだ。
けれど、口の利けないこの少女がずっと隣に居てくれた事でオリバーは頑張れた。毎朝嬉しそうにドレスを選ぶドロシーを見ると、ずっとこの時間が続けばいいのにとさえ思えたのだ。
アリスに聞かれたら絶対にニヤニヤして冷やかされそうだから絶対に口にはしないが、感謝の気持ちを伝えたオリバーに、ドロシーもメッセージをくれた。
『私も楽しかった。オリバーと一緒で良かった。オリバーが学園に戻っても、メッセージ送ってもいい?』
モジモジとそんな事を言い出すドロシーに、オリバーは笑う。
「当たり前っす。また一緒にジャガイモ剥くっすよ」
コクリ。ドロシーが頷くと、隠れていた桃が顔を出して自分を指さす。
「もちろん、桃もっすよ。桃、俺が学園に戻ってもドロシーの側に居てやって欲しいんっす。どうにもドロシーは一人で頑張りすぎる癖があるから心配なんっすよ。頼めるっすか?」
オリバーの言葉に桃はドンと自分の胸を叩いた。そしてドロシーの肩によじ登ると、そこに座り込む。そんな桃とオリバーにドロシーは涙を浮かべて喜んでいる。
「ドロシー、桃を頼むっす。桃、ドロシーに何かあったら、すぐに学園にいるレインボー隊に連絡するんっすよ」
コクリ。桃が頷く。アリスの話では、ドロシーは『花冠3』で何者かに攫われるという経験をするそうなのだ。運命は大分変っているからそんな未来など来なければいいとは思うが、万が一という事もある。用心はしておくに越したことはない。
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