第百二十三話 キレるカインとキリ
「まさかオピリアの裏にフォルス大公が居るとはね。もしかしたらフォルス大公も中毒になってるんじゃないのかな」
「その可能性はありますね。メグさん、薬は弟さんに飲ませていました? それとも注射ですか?」
「の、飲み薬です。注射は、あの子、凄く嫌がって……」
「なるほど。多分、弟さんは分かってたんでしょうね、危ない薬だと。この事から察するに、弟さんは学者か何かでした?」
アランの言葉にメグはコクリと頷いた。
「医者の卵でした。私の家は元々子爵家なんです。父が開業医をしていて、母は看護師でした。アレックスも父に倣って医者を目指していたんですが……」
研修に行くと言って王城に勤めだしてから様子がおかしくなりだした。それまでは温厚で優しい子だったのに、急に怒ったり物を壊したりすることが増えたのだ。かと思えば何がおかしいのか、突然笑い出したり、それはもう見ているこちらが不安になるほどだった。
結局、父も母も病院を閉めて今も弟を助けるべく、あちこちに飛び回っている。
そんな事情を話すと、アランとノアが深く頷いた。
「なるほど。城で薬を摂取させられたんでしょうね。そして注射をずっと拒んでいるのは、最後の理性が働いているんだと思います。あれは静脈に直接注射する事で効力を発揮するんです。快楽に酔い、身体能力が飛躍的に上がる。その代わり、体や脳は薬に侵され、いずれ薬なしでは生きられなくなる」
「そんな……」
「状態を見ないと何とも言えませんが、理性がまだ残っているのなら、まだ助かる確率も高いです。どうか弟さんをクラーク家へ預けて、フォルス大公と完全に縁を切ってはくれませんか」
何の手立てもなく死んでいった者達もいるほどの薬である。少しでも早く手を打ちたい。
真剣なアランの言葉に、メグとルードは顔を見合わせて何かを決意したように頷いた。
「カイン、俺達の持ってる情報を全て話すよ。実は今回、最後の最後まで迷ってたんだ。こちらに戻るなら、アレックスは諦めよう。向こうに戻るなら、実家にはもう二度と連絡をしない、スマホも返す、そして、子供達は実家に預けようと思っていたんだ」
ルードの台詞にカインは立ち上がって、いきなりルードを殴りつけた。あまりにも自然な動作だったので、殴りかかるまで誰も気づかなかったほどだ。
カインは目に涙を溜めて頬を押さえるルードを見下ろし、睨みつける。
「そんなに俺達は頼りないか! そんな大事な事をずっと隠してなきゃならないほど、俺達は信用が無かったか⁉ 言っとくけどな、迷惑をかけたくなかったなんてのは、お前たちが頼りなくて信じられなかったって言われてんのと一緒なんだからな⁉ 何でそんなになる前に手紙寄越さなかったんだよ! 兄貴は昔っからそうだ! いっつも一人で決めて一人で解決しようとする! その度に俺達は悲しくなるんだよ! 何でそれが分かんないんだよ!」
大粒の涙を零しながらそんな事を言うカインに、ルードもまた涙を堪えていた。
「すみません。カインさま、発言をしてもいいですか?」
ずっと黙って話を聞いていたキリが口を開いた。キリが自ら口を開くときは、大抵心底イライラしている時だと仲間たちは知っているので、皆はゴクリと息を飲んだ。一斉にカインを見ると、カインは鼻をすすりながら顎でしゃくる。
「おう、いいよ。言ってやれキリ。何も遠慮はいらないよ。ここに居るのは元公爵家の長男だけど、今はただの平民だ」
「それを聞いて安心しました。万が一にも断罪されたら敵わないので」
そう言ってキリは口の端を上げて話し出した。
「まずメグさん。あなたはバカですか? 後々改心してしまうのなら初めからそんな誘いに乗るべきではなかったし、一度引き受けたのなら最後までそれを貫くべきでしょう? そんな覚悟で弟を救うべく間者になったというのなら、呆れて物も言えませんね。とてもお粗末です。そしてルードさん。あなたもあなたです。公爵家の人間ならば、相手の素性はしっかり調べるのが普通でしょう? いくら若かったとは言え、そこを怠ったばかりに起こった悲劇ですよ。きちんと調べておけば、こうなる前にアレックスさんを救えたかもしれない。あなた達は、アレックスさんを救うつもりでどんどん彼を追い詰めたんですよ。それをまずはしっかりと肝に銘じるべきです。そして、一番の被害者はあなた達の身勝手な行いによって振り回されたあの子達だという事を、よく覚えておいてください。あなた達は、あの子達を裏切ろうとしたんだと。うちのお嬢様はそれはもう頭がお花畑なので、すぐに何でもゲロします。ですが、そのおかげで私達は動けるのです。対策を考える事が出来るのです。ですが、それすらもしないのはお花畑よりもずっと酷い。花畑どころか、乾ききって何も無い荒野です。それこそ草木すら生えません。バカの極みです。夫婦揃って情けない。ここまで酷いと、いっそ笑えますよ。誰かに頼る事が出来ない人間は結局破滅します。別にそれでも構わないんです。一人でやる分にはいくらでもどうぞ、ですが、家族が居るのなら話は別です。あなた方が守りたいそのちっぽけなプライドなど、豚の餌にもなりません。あまり自分達の事を過信しない方がいいですよ。結局、あなた達もこの世界を回す為のただの駒にしか過ぎないのですから。まんまとフォルス大公に利用されたのが良い証拠です」
そこまで言ったキリは、ふぅ、と小さく息をついて頭を下げた。
「大分マイルドだったね」
「うん。これが私だったらって思うとゾッとする」
ノアとアリスのつぶやきに仲間たちは頷いた。キリの口の悪さはこんなものではない。
けれど、恐らく生まれてこのかた誰かにこんな事を言われた事など無いであろうメグとルードは完全に固まっている。
「そんな訳だよ、兄貴。俺も付いて行くから、親父に全部話そう。メグもだよ」
「ああ、そう……だね。俺は彼の言う通り、自分を過信しすぎてたみたいだ。こんなにもちっぽけな人間なのに、何を意地張ってたんだろう」
「私も……守るべきは家族なのに……」
まるで何かに殴られたかのようにプライドはズタズタだが、心は何だかスッキリしている。本当は、誰かにこうやって止めてほしかったのだろうか? そう思えるほどには、キリの言葉は利いた。
「カイン、あの日全てを置いてお前に押し付けて家を飛び出した事、俺は一生忘れない。その償いは必ずすると誓う。それとは別に、アレックスと俺達に手を貸してくれるか?」
ルードの言葉にカインは涙を拭って頷いた。
「もちろん。それに、俺はあの日兄貴が飛び出してくれたおかげで皆に会えたんだ。その事は感謝してるぐらいだよ。何よりも、可愛い甥っ子が出来た。だからその事はいいんだ。胸張って幸せだって笑ってくれたら、俺はそれが一番嬉しい」
「――そうか。ありがとう」
「カイン君……ありがとう」
二人が皆に頭を下げた所で、リアンのスマホが鳴った。
「あ、ダニエルだ。もしもーし、え? 見つかった? もう捕まえた? 護衛が居たけど殴った? ああ、まぁいいんじゃない、別に。大至急配達してくれるの? うん、ありがとう。送り先はクラーク家でお願いね。多分道中何回か暴れると思うけど――暴れたらどうしたらいいの?」
電話から耳を放したリアンが言うと、間髪入れずにノアとアリスとキリが言った。
「気絶させる」
「落とす」
「意識を奪う」
「あ、聞こえたー? だって。とりあえず黙らせたらいいみたいだよ。それじゃ、よろしくね」
そう言って電話を切ったリアンを見てカインとルード、そしてメグが同時に真っ青になった。
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