第百十話 アリスに目を付けられる!
「うん、それがいいね。ありがとう、頼んだよリー君」
「様子見てモブから切り出してみてよ。チャップマン商会の今後にも関わるかもしれないとか何とか言ってさ。実際にグランには昔一度断られてるから、ダニエルも頷くと思うよ。あいつ、プライドモンスターだからさ」
「あ、リアン君もモブって言うんすね。まあ、了解っす。とりあえず俺はドロシーと仲良くなればいいんすよね?」
ヒロインとか言われても何だかあまりピンとこないが、とりあえず頷いたオリバーを見てノアも頷いた。
「じゃ、この問題は解決っと。アリス、食べすぎだよ。ご飯さっき食べたでしょ?」
「だって、難しい事考えたらお腹減るんだもん」
「お嬢様は特に何も考えていなかったのでは」
「そんな事ない! どうやってオリバーとドロシーをくっつけるか考えてたもん!」
「おっそろしい事考えてたんすね⁉ あっちまだ十一歳でしょ⁉」
そんな対象に見れるはずもない。ある意味ではノアの考え方よりもアリスの思考の方が怖い。どうやらそれは皆も思ったようで、アリスの事を鬼でも見るような顔をして見ている。
「あー……ごめん、ノア。あんたの妹の方がやっぱどう考えてもヤバイよ。こいつ、ほんとに倫理観死んでるね」
ノアにはちゃんとした理由もあっての上での提案だった訳だが、アリスのは完全に純粋にただくっつけたいだけなのだと分かっているだけに怖い。
「まあ、それぐらいの歳で婚約決まる事もあるけどね。でもそれは貴族の話だから。庶民の場合は大抵は生まれた時からの許嫁か、恋愛結婚でしょ? で、オリバーとドロシーは恋愛結婚しかありえないよね? だからアリス、余計な事は絶対にしちゃ駄目だからね!」
そう言う関係でもないのにオリバーが万が一でもドロシーに手を出しでもしたら、少女愛者だと言われてそれこそオリバーの社会的地位は危うくなってしまう。
「しないもん! じっくり愛を育んでもらう予定だもん!」
流石のアリスもオリバーがロリコンだと言われるのは本意ではないが、どうせヒロインとヒーローなのだ。ゆくゆくはそういう関係になって欲しい。これは単なる完全な趣味である。
「いや、だから怖いんすけど⁉」
ギラつく目をしたアリスにオリバーが怯えていると、リアンがうっすら微笑んで言った。
「モブ、諦めな。数年後にはあんたもドロシーと婚約発表してるよ、きっと。こいつのくっつけるは、本気だから」
正に自分達がそうだったのである。目的の為ならばアリスもノアも手段は選ばない。
「リー君誤解してる! 言っとくけど、私だってお互いに好意がなきゃそんな事しないよ!」
「ですが、お嬢様はその好意を上げようと色々画策しますからね。自分の趣味の為に」
「言っちゃ駄目だよ、キリ! ドロシーにモブのいいとこ一杯吹き込んで刷り込もうとしてる事なんて、絶対に言っちゃ駄目! はっ!」
「そんな事しようとしてたの? 分かった。アリスとドロシーは近づけちゃ駄目、絶対。ドロシーが挨拶に来る時はアリスをどっかに縛っとこう」
ノアの言葉に皆は無言で頷いた。どのみちグランにアリスは関わらないのだから、ドロシーとアリスが会う事もないはずなのだ。
「とにかく、僕達のはこれで終わりだよ。他には誰も何も報告はない?」
「すみません、私から一つだけ。オリバー、君のお母さんなんですが、思っていたよりも回復が早いようです。今はベッドから起き上がって自分で座れるまでに快復したようで、その頑張りに驚いた父と母がスマホ工場の工場長に推そうとしているんですが、どう思いますか?」
「は? こ、工場……長?」
「ええ。最初は貴族の誰かに任せようとしていたみたいですが、キャスパーの件があったのでやはり信用出来なくなってしまったようなんです。父さんと母さんは自分が信用した人にしか物事を任せたくない人なので、オリバーのお母さんに、と思っているようなんですが……どう思います?」
「ど、どうって言われても……母さんに聞いてくださいとしか……」
突然の話にオリバーが目を白黒させていると、アランも納得したように頷いた。
「そうですよね。ではそのように伝えておきますね。でも、工場長ではなくても、うちの両親はあなたのお母さんの事をとても気に入ってるみたいなので、きっと工場に勤めて欲しいと言ってくると思います。それは許してもらえますか?」
「も、もちろんっす。それは本当にありがたいっす。多分母さんもそれなら喜んで引き受けるっすよ」
母親があんな風になったのは、元はと言えばオリバーを守る為に出稼ぎに出たからなのだ。今までずっとオリバーの為に働いて来た母親に早く楽させてやりたいとは思うが、それは良しとしない人である。それならば、母親が選んだようにさせてやりたい。
小さく笑ったオリバーにアランもまた安心したように微笑んだ。
「さて、それじゃあ本当に終わりかな? じゃあそろそろ解散しようか」
ノアの言葉を皮切りに皆ゾロゾロとルイスの部屋を後にした。部屋に戻る途中、カインの部屋の前でドンブリがオスカーと待っていた。
「お待たせ~! お部屋に戻ろうか、二人とも」
「キュ!」
「ウォン」
「オスカーさんもありがとうございました! また明日もよろしくお願いします」
「はい。ではドンちゃん、ブリッジ君、また明日」
「キュキュ~!」
「ウォン」
手と尻尾をそれぞれ振ってドンブリはアリス達の後を追ってきた。
最近は毎日ドンの飛行訓練をオスカーとリーンにしてもらっているのである。そのおかげか、まだまだ低い位置ではあるがドンはようやく少しだけ飛べるようになってきた。その姿はまさに空飛ぶトカゲである。尻尾で舵を上手い事取って必死になって翼をバサバサ動かす様はまだ雄大さの欠片もない。
部屋に戻ってソファに転がったアリスの正面にノアが、そしていわゆるお誕生日席にキリが、そしてその向かいにドンブリが座る。最近はもっぱらこれが定位置になっているのである。
「はぁ~お話一杯だったねぇ~」
「お嬢様のはどうでも良かったですけどね。それにしてもノア様、グランには何故二人で行かせるんです? しかも印象に残すためってどういう意図です?」
「うん? ああ、あの二人にはとある貴族の屋敷から逃げ出してきたって事にしてもらおうと思ってるんだ。妹を助けて逃げてきたってね」
そう言って、ノアは何かを考えるように宙を眺めた。
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