第百六話 エマとドロシー

「そんな訳で、今向こうで何が流行ってるかとか、何に飢えてるかを調べてきてほしいんだよ」

「分かった。でもカインの兄ちゃんがいんのか。じゃあそこにもジャム持って行っとこ」

「いいと思う。子供が二人居るみたいだから、きっと喜ばれると思うよ。あと、ちょっと頼みたい事があるんだけど――じゃあ、よろしくね」


 ノアが声を潜めてダニエルにボソボソと話すと、ダニエルは訝し気にしながらも頷く。


「何でそんなもん……ま、了解。スマホの外枠は出来るだけ早く契約取りつけてくるから待ってな」


 そう言ってダニエルは立ち上がった。扉をノックする音が聞こえたのだ。


「お、お待たせしました。ラーメン三人分です。スープは温めて使ってください。それじゃ、仕事に戻ります。ところでお嬢、後でちょーっと厨房来てくれな」


 何とか用意できたラーメン三人分をダニエルに渡したザカリーは、アリスを呼びつけて去って行った。


「ヤバ……これ絶対怒られる奴だ」

「仕方ないですね。誰かの四人前を横流しした訳ですから、しっかり手伝ってきてください」


 容赦のないキリの言葉にしょんぼりしたアリスと、それを見て笑うダニエル。元はと言えば連絡も無しにやってきたダニエルが悪いのだが?


 アリスが視線で訴えたが、そんなアリスの訴えなど簡単に無視されてしまう。


「それじゃ、ラーメンありがとな。そんな睨まなくても、今度はちゃんと連絡してから来るって。じゃ、俺はそろそろ行くわ」

「絶対だよ! 怒られるの私なんだからね!」

「はいはい。じゃな!」


 そう言ってダニエルはリアンとライラをお供に部屋を出て行った。


 三人に戻った部屋の中で、ポツリとキリが言う。


「ヒロイン大集合ですね」

「ね。ビックリだよ。キリが紹介したの?」

「はい。オリバー様探しの時に手伝ってくれた少女が、見所がありそうだったので」


 駆けて行く三人の後ろ姿を思い出したキリは、渡した金貨が正しく使われた事に内心ホッとしていた。


「そうだったんだね。まあでも、これでヒロイン二人の居所は分かったからまぁ良しとして。アリス、君は早くザカリーさんの所に行った方がいいんじゃない?」

「はっ! そうだった! ちょっと行ってくるね。夕飯までには戻るから!」

「はいはい。行ってらっしゃい」


 手を振って元気に出て行くアリスが部屋から出て行ったのを確認したノアはキリに座るよう促す。


「で、そのヒロイン達はどうだった? アリスみたいに何かに気付いてそう?」

「いえ。接した時間が短いので何とも言えませんが、二人ともそういう感じはありませんでした。至って普通の少女という感じでしたが、ドロシーは分かりません。何を考えているのか、よく分からないぐらいまだ子供だったので」

「なるほどね。分かった、ありがとう。しっかしどこで繋がってるか分かんないもんだねぇ」

「全くです。こんな事なら『サーチ』をかけておけば良かったです」


 せめて名前ぐらいは見ておくべきだったとへこむキリにノアが笑う。


「いや、そりゃ無理だって。まさかそんな所と繋がるなんて誰も思わないじゃない。まあでも、探す手間が省けて良かったよね。エマは2のヒロインだし、ダニエルは2の攻略対象な訳だから、案外うまくいくかもね」


 さっきのダニエルの話を聞いていても、マリーよりもエマの方が気になってる様子だったので、もしかしたらそのまま二人は上手くいくかもしれない。


「ところでノア様、グランにはどんな条件を出すつもりなんですか?」

「グランに? まだ何にも考えてないよ。グランとは長期で継続して関係を築く必要があるから、そんな簡単には思いつかないよ」


 その為の事前調査が絶対に必要である。そしてこんな時のオリバーである。


 ノアはスマホでオリバーを呼び出すと、事の顛末を話して次の長期休暇にグランに向かって欲しい事を伝える。


「いいですよ。どうせ帰る家もないんで」

「ありがとう、助かるよ。ところで、キャスパー伯爵の方はどうなったんだろうね?」


 チェレアーリに監査が入った所までは聞いているが、その後は何も聞かされていないのだ。現に当事者であるはずのオリバーも首を傾げている。


「どうなってんですかね。俺も何も聞いてないんすよね。それより、これ便利すぎでしょ!」


 そう言ってオリバーはスマホを指さす。


 オリバーが仲間になった時点で、まずはオリバーにスマホを渡したのだ。


「便利だよね。もう一つはお母さんに?」

「っす。母さんちょっとだけ俺の事思い出してきたみたいだったんで。顔見て喜んでました」

「そっか。良かったね。ちゃんとアリス達の魔法は効いてるのかな」

「みたいですよ。今まで薬が切れたら暴れてたけど、あの組紐つけてから薬の匂い嗅ぐだけで駄目になったみたいで、あれつけてから一回も薬使ってないってクラークさんが言ってたんで」


 ある意味薬よりもよく効くアリスとアランの魔法をクラーク伯爵が苦笑いしながら怖がっていたのは伏せておいた。アリスの魔法は思考そのものに関与するというのはアランから予め聞いてはいたが、そこまで強力だとはクラーク伯爵も思っていなかったらしい。


「そうなんだね。この分なら回復は思ってたよりも早いかもしれないね。で、お母さん元気になったらどうするの?」

「それなんすよね。いつまでもクラーク家でお世話になる訳にもいかないんで、俺が退学して働くぐらいしか思いつかないんすけど」


 学校を辞めたい訳ではないが、このままでは確実に辞める事になりそうだ。学費は全てキャスパーが先に支払ってしまっているのでこのまま通わなくても卒業証書はもらえるが、それでは何の意味もないような気がする。


 悩ましいっすね、と呟いたオリバーにノアがポツリと言った。


「あのさ、今クラーク領にスマホの工場建ててるの知ってる?」

「ああ、らしいですね」

「そこで近々大量に人員募集する予定なんだよね。で、出稼ぎに来る人用の寮も完備するらしいんだ。お母さん、そこ行けばいいんじゃないの?」


 クラーク家はスマホにどれほど感動したのかと思う程、立派な工場を建てようとしているらしく、アランが呆れたように寮まであるそうです、などと言っていたので、丁度いいのではないか。


「や、でも母さんの魔法、めっちゃしょぼいんすけど」

「全然大丈夫。出来上がった魔法式をスマホに入れるだけの作業だから魔法関係ないよ。それに、最初は絶対人出が足りないと思うんだ。何せスマホが何か皆分からないから、知らない物作るのって怖いじゃない。その点、君のお母さんならもう知ってる訳だし」

「……確かにそっすね。ちょっと今度電話した時に聞いてみるっす」

「うん。そうしてみて。僕としてもオリバーに今学園から居なくなられるのは色々困るんだよ」


 学生だから休みの時にしか動けないのは痛いが、それ以上にすぐに集まれないのはもっと痛いのだ。外で自由に動き回るのはダニエルに任せておきたい。オリバーにはもっと内情を探ってもらいたいのだ。


「さて、そろそろアリスが戻るかな。オリバーも食堂行くでしょ?」

「そっすね。じゃ、俺はこれで」


 立ち去ろうとしたオリバーの肩を、ノアが掴んだ。

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