第四十五話  親の惚気は極力聞きたくありません。

「貸しなさい。サインをしよう。今のお前になら学園を任せても安心だろう。ロビン、奨学金制度の方の準備も進めておいてくれ」

「ええ。また仕事が増えますねぇ」


 どこか嬉しそうに呟いたロビンがルカを見ると、ルカはフンと鼻を鳴らした。


「あ、ありがとうございます!」


 ルイスはルカのサインがしっかり入った書類を手に、小躍りしそうな勢いで頭を下げた。


「ところで、これを発案したのは誰なんだ?」

「キャロです。彼女ほど民を愛している令嬢は居ません」


 内容自体の発案はアリスだが、キャロラインの後押しがあっての事だ。


 けれど、どうせキャロラインの事だ。また馬鹿正直に自分の手柄ではない、などと言うのだろう。その資質こそが聖女に必要なのだとノアは言っていたが。


「そうか。いい婚約者を持ったな、ルイス。俺ほどではないが」

「え? え、ええ、まあ……」


 ルカが母のステラの事をそんな風に思っていたとは知らなくて、思わず目を丸くすると、ルカは笑った。


「お前の前では見せないだけだ。言っておくが、ステラとは今でもラブラブだぞ! この間はお忍びで二人で城下町デートをしてきた所だ。なあロビン?」

「……そんな事聞かれても、知りませんよ、としか……」


 そんな惚気など誰も聞いていない。それはルイスも思ったようで困った顔をしている。そりゃそうだ。誰が両親のラブラブっぷりを喜んで聞くというのか。ましてや男子である。


「王子、もう行っても構いませんよ。鬱陶しいルカの惚気は私が聞いておきます」

「あ、はい。ありがとう、ございます?」


 曖昧に返事をしたルイスは首を傾げながら食堂を後にした。ルイスが出たあと、すぐにロビンの怒鳴り声が聞こえてきたが、それは聞こえなかった振りをしておく。


 王都からの視察隊はその後も色々な所を見て周り、最後は和やかな雰囲気で帰路についた。


「てっきり泊まっていくかと思ってました」

「すまん。私もそうしたいが、何せ仕事を全部放ってきてしまったんだ。早く帰らないと、それこそステラに叱られてしまう。そうだ、そのステラからの伝言だ。たまには顔を見せに帰ってらっしゃい、だそうだぞ」


 少しだけ寂しそうなルイスの頭をルカはまるで子供にするように撫でると、ルイスは一瞬驚いたように目を見張り、次の瞬間には照れたように微笑んだ。


「はい。次の休みはバセット兄妹とチャップマン家に行く予定なので、その帰りに寄ります、とお伝えください」

「チャップマン家? 子爵家のか? あそこの子とも仲がいいのか?」

「ええ。リアンはとても利発で、物怖じのしないハッキリした性格なので、俺にはちょうどいいんです」

「そうか。では、是非そのリアンも連れて来なさい。もちろん、バセット兄妹も」

「え⁉ そ、それは……聞いてみます」


 それはリアンがまた激怒しそうだ。そんな事を考えていると、ルカは目を細めた。


「別にどうこうしようとはしないぞ。ステラがな、喜んでいたんだ。ルイスには信頼できるお友達が出来たようだ、と。きっと、会いたがってる」


 その言葉にルイスは破顔した。


「はい! 説得してみます!」

「ああ。では、皆によろしくな」

「ええ、父さんも道中お気をつけて」


 そう言って人騒がせな視察隊は帰路に就いた。馬車が見えなくなるまで見送っていたルイスの横に、今までどこに居たのかカインがやってきて言う。


「はぁ~やっと帰った……」

「カイン。あれ? 宰相は?」

「どうにか馬車に押し込んだよ。普段はナヨナヨしてるくせに、どこにあんな力あるんだ」


 さっきまでドンを連れて帰るのだ! と息巻いていたロビンを思い出してカインは大きなため息を落とした。


「何かあったのか?」

「いや、ちょっとな……なあルイス、もしも俺がこの先、動物関係でトラブル起こしそうになった時は、殴ってでも止めてくれな」

「いや、そんなトラブルは流石に自分で解決してくれ」


 苦笑いを浮かべたルイスを見てカインも笑った。ここで女性関係や金銭関係という単語が出て来ない辺り、カインはとても信用出来る。


 寮に戻ると、誰から言い出した訳でもないのにルイスの部屋に全員が集まっていた。


「はぁ~疲れたぁ~いって!」


 カインは我が物顔でソファの長椅子に寝転がっていたところを、オスカーに押されて床に転がり落ちた。


 その向かいでは既にバセット家が今日のお菓子は何だとキラキラした顔をしている。いや、そんな顔をしているのはアリスだけなのだが。キリなどトーマスと共に既にお茶を飲んでいるし、遅れてやってきたキャロラインとミアは今日の出来事についてライラとリアンを交えて話している。そんな光景を見ながらルイスは知らずに自分が笑ってる事に気が付いた。


「気持ち悪いですよ、ルイス。何か良い事がありましたか?」

「うわ! アラン! お前、今日サボったな⁉」

「魔法が使えない私など、居ても居なくても同じこと。それよりもカイン、ドンさんの鱗が一枚足りない気がするのですが」


 そう言ってアランはドンのお腹をしげしげと眺めている。


「いや、お前数えてんの⁉」

「もちろんです。ドラゴンの鱗は世界最高峰の武器にも加工されるほど重宝されるのですよ」

「へぇ~。いや、親父とドン取り合ってる時に一枚剥がれてさ。だから鱗一枚でドン諦めてもらったんだよ。な? ドン」

「キュ!」


 そう言ってドンは、剥がれ落ちた個所をアランにもよく見えるようお腹を突き出した。そこにはうっすらとだが、次の鱗が生えかけてきている。


「おお! は、生え変わり! なるほど、自然に剥がれたんですね。それなら仕方ありませんが、次に剥がれた時は必ず私にくださいね!」

「わ。分かった分かった。そういう事だからアリスちゃん、どっかでドンの鱗落ちてたらアランにやってよ」

「いいですよ! 既に何枚かあるのでそれもお渡ししますね」

「あ、ありがとうございます、アリスさん!」


 感激したアランはアリスの手をガシっと握ろうとした所でノアとキリに止められた。

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