第十八話  初めてのお揃いがドラゴンと、って・・・

 翌日、アリスとノアとキリ、ドンに何故かカインとオスカーが道具屋の中で周囲の視線を一心に集めながら買い物をしていた。


「これとかどう? 長さも太さも丁度いいと思うんだけど」

「あ、いいですね! すみませ~ん! これの色違いって他にもありますか~?」


 急にやってきた訳の分からない生き物を連れた学生たちに店主はビクビクしていたが、彼らの目当てが釣り竿だという事にさらに驚いた。


「は、はい、これとこれですね」

「ありがとうございます!」


 店主が慌てて奥から出してきた釣り竿を見てアリスは竿を一本一本しげしげと眺めて軽く振ってみる。しなり具合はちょうどいい。軽さもこれなら大丈夫だろう。リールを付けた時の重さはどうだろう。キリが持ってきたリールを借りて重さを確かめてみる。


「ねえ、君ほんとに男爵家の子? 漁師の子とかじゃなくて?」

「間違いなく男爵家です! 地元では木から削って釣り竿作ってたので、今楽しくてしょうがないです! 兄さま、キリ、これでいい?」

「うん、任せるよ。カイン達はどうするの? ザカリーさんが三本は用意できるって言ってたから、とりあえず今回はそれ借りる?」

「そうだな~。もしまたやりたくなったら自分の買うよ」


 釣りなどした事のないカインにとって、釣りが楽しいかどうかも分からない。完全に未知の領域だ。カインは何に使うのかよく分からない釣り道具を眺めながら返事すると、綺麗な魚を模した木で出来た人形を手に取った。


「それはルアーって言って、いわゆる疑似餌なんだよ。これなんて、すごく良く出来てる」


 ノアはさっきからカインが手に取る物を説明しながら歩いてまわっていた。


 初めて知った事だが、カインは実は相当好奇心が旺盛なようで、店に足を踏み入れてからというもの、ずっと少年のように目を輝かせて店内を物色してはノアを質問攻めにしている。


 ようやく釣り道具が揃い、スタンリーに紹介されたスミスの鍛冶屋でアリスの言う柳包丁を買うと、時間は既に昼過ぎだった。この頃になるとドンはお腹の減りが限界だったらしく、オスカーに甘えて色んな屋台の食べ物をおねだりしている。


「オスカー、お前完全に財布扱いされてるじゃん」

「いいんです、財布でも! 可愛いので! はい、ドンちゃん、串は危ないから一個づつ食べましょうね」

「キュキュ!」


 串に刺さったいくつかの肉の塊を一つずつオスカーに外してもらってドンはご機嫌だ。オスカーの肩に座って足と尻尾をプラプラさせながら両手でお行儀よく肉を頬張っている。


「ああ、駄目だこれ。こうなったらオスカーはめちゃくちゃ貢ぐぞ。ドンちゃん悪い女だなぁ」


 半笑いでそんな事を言うカインをキッと睨んだオスカーは、それでもドンに肉をやるのを止めない。


「でも確かにそろそろ私達もお腹減りましたよね。兄さま、どこか美味しいお店知らない?」

「う~ん。僕もあんまり町には出ないから分かんないんだけど、どこもドンが居たら厳しいんじゃない?」

「それもそっか。じゃあちょっとここで待ってて! 私が適当に見繕ってくる! あっちの広場で食べようよ!」

「悪いね。任せてもいい? キリ、ついて行ってあげて」

「もちろんです。お嬢様に初めての場所で硬貨を持たせる訳にいかないので」

「どういう事? お買い物得意だよ?」


 何なら値切るのも得意だよ? そんな事を考えていたアリスだったが、キリの回答は全く違った。


「ああ、すみません、言い間違えました。お嬢様に硬貨を持たせると、全て食べ物と交換されてしまうので、でした」

「……反論できない」


 ポツリと呟いたアリスにノアまでもが頷く。


「ぶはっ! ねえ、俺もついて行っていい?」

「もちろんです。ただ、余計なもの買おうとしたら容赦なくお止めしますよ」

「ああ、いーよ」


 確かにキリは相手が誰であっても容赦なさそうだ。おかしそうに笑ったカインを見てキリは首を傾げたが、それ以上何も言う事はなかった。


「キリ君、カイン様をお願いします」

「はい。こちらこそ、ドンをよろしくお願いします」


 お互いに手を上げてそれだけ言うと2グループに分かれて行動を始める。


「さあお嬢様、出番です。ゴー」

「いえす、さー!」


 アリスはビシっと敬礼するとあてもなく歩き出した。所々立ち止まってはクンクンと匂いを嗅ぐ。そのさまはまるっきり犬である。


「なにしてるの?」

「お嬢様は美味しいものを見つける天才です。知らない場所で何か食べる時はお嬢様に任せておくと大抵が外れません」

「凄い信頼感だね」

「信頼、ではなくこれは経験ですね」


 はっきり言い切ったキリにカインはまた肩を震わせた。この二人は本当に息がぴったりなのだな。色んな主従関係を見てきたが、ここはどこよりも特殊だ。こうなってくるといつかバセット領に行ってみたいものである。きっと、領全体が大きな家族のような感じなのではないだろうか。


 しばらくアリスはクンクンと通りを嗅ぎまわっていたが、やがて一軒のパッとしない店の前でピタリと足を止めた。


「ここですか?」

「うん! 絶対美味しいよ! パンとハンバーグとサラダ買ってきて!」


 そう言ってアリスは店先で自信満々に胸を張る。キリは頷いてアリスの言う通りの買い物をしてくると、そのまま三人は広場に戻った。


 広場ではノアとオスカーとドンを遠巻きに見守る人達で溢れている。おそらく、ドンが何か分からないが、聞くのも怖いのだろう。かと言ってここでドラゴンである事を言うのも騒ぎになってしまう。そう思ったノアとオスカーはだんまりを決め込む事にしたようだ。


 まあ、とは言えノアもオスカーも学園の制服と従者の服を着ているのでおいそれと誰も声などかけようとはしない。


 こういう時に制服は大変便利である。どこに居ても自ら主張せずとも皆にすぐに気付いてもらえるのだから。


「兄さま、オスカーさん、ドンちゃんお待たせ!」

「あっちに静かなとこがあったから移動しよっか」


 カインがさっき見つけた小さな噴水のある広場を思い出して提案すると、皆はコクリと頷いてゾロゾロと移動する。


 カインが大きな声でそんな事を言ったため、周りに居た人達はそれ以上、突然現れた奇妙な一団に近づく事が出来なくなってしまった。


「ごはんごはん! キリ、貸して!」


 アリスはキリから買い物してきた袋を受け取ると、袋を破いてシート状に広げた。


「ナイフもフォークもないのにどうやって食べるの?」


 純粋なカインの疑問にノアがニコっと笑う。


「まあ見てなって」


 そう言ってノアはアリスを指さした。アリスはポケットからサバイバルキットを取り出すと、その中から小型のナイフを一本取り出し、おもむろに丸いパンを二つに切り出した。


 あまりの事に目が点になるカインとオスカーとは違い、ノアとキリは慣れたものでアリスと同じように作業をしている。


「レタス挟んで~トマト~玉ねぎ~お肉~」


 歌いながら順番にパンに挟んで、最後にサラダについていたドレッシングをかけて完成だ。


「簡単ハンバーガー! はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 はい、どうぞ! と手渡されたものをどう食べればいのか、カインは戸惑った。すると、目の前でドンが座って大きな口を開けてハンバーガーに齧りついているのを見て、自分も真似してみる。


「あ、美味しいね」


 想像していたよりもずっと美味い。何より手軽だし、ナイフやフォークがいらないのが良い。


「でしょう? 琴子時代の産物ですよ! ここにコーラとポテトがあればなぁ!」


 地球人なら恐らくほとんどの人が知っているあの有名なセットの出来上がりだ。よし、今度作ってみよう、などと考えながらどんどん皆の分のハンバーガーを作っていく。


「はい、オスカーさんの」

「ありがとうございます。これは食べ方はドンちゃんの真似をすればいいんですか?」

「はい! そのまま齧りついてくださいね。あ、でもドレッシングには気を付けて!」


 ハンバーガーは美味しいがソースが垂れてしまうのがたまに傷である。


「はい、アリスの分は僕が作っておいたよ」

「ありがとう、兄さま」


 ノアが作ったハンバーガーはアリスが作ったものよりも丁寧だった。ノアはアリスよりもずっと繊細に物づくりをする。何でもそうだ。細かい作業がノアは得意なのだ。それのさらに上をいくのがキリである。伊達にレース作りが趣味な訳ではない。


「いっただっきま~す!」

「キュキュ~」


 アリスがハンバーガーを食べようとすると、ドンがアリスの膝によじよじと登ってきた。おかわりの催促である。


「ドンちゃんは自分のもう食べたでしょ~?」

「キュー……」


 育ち盛りのドンからすればこれっぽっちのハンバーガーなどクッキー一枚食べたのと同じぐらいの量である。しかし、アリスもまた成長期だ。何ならアリスだって恐らくハンバーガー一つでは足りないぐらいである。


 アリスとドンが醜い争いを繰り広げているのを見て、キリが重い腰を上げた。


「もう少し買ってきます。他にもおかわりいる方いますか?」

「あ、俺も欲しい~」

「私もついていきます。行きましょう、キリ君」


 重い腰を上げたキリと違い、オスカーはにこやかに立ち上がるとキリと歩き出した。


「すみません、今日は急にカイン様も参加させてもらって」


 申し訳なさそうなオスカーに、キリは首を傾げる。


「そんな事はありません。カイン様が居てくれると、お嬢様が多少は自重してくれるので助かります」

「そ、そう? ところでキリ君、君はノア様の従者でもあるの?」

「まあ、そうですね。ノア様が入学される時、本当は私がお供をする予定だったんですが、うちの猿が……」

「猿? 猿飼ってるの?」


 思わず食いついたオスカーに、キリは真顔でクビを振った。


「すみません、うちのお嬢様があまりにも心配で、ノア様は一人で入学される事を決めたんです。バセット家には何せ使用人がほとんど居ない上に年寄りが多く、お嬢様のお相手を出来る者が居ないので」

「あ、猿ってアリス様の事か。そっか、ノア様、じゃあアリス様が入学してきて安心したんだろうな。キリ君も一緒に来た訳だし」


 ノアとはオスカーも入学当時から顔を合わせているので、色々破天荒な人だなぁという印象がずっとあった。なにを考えているのか分からない、という意味ではカインと同等だが、カインにはオスカーが居る。カインは大抵の事はオスカーに相談してくるし、二人の間に秘密はほとんど無い。きっとノアもキリが来た事で安心しただろう。


 そう思ったのだが、キリは首を横に振った。


「そうでもないと思います。ノア様はよく分からない人なので本心は分かりませんが、多分お嬢様を領地からあまり出したくなかったと言うのが本音なのでは、と思います」

「そうなの? それは恥ずかしいから、とかそういう意味?」

「いいえ。ノア様は一貫して昔からお嬢様至上主義なので誰にも見せたくない、が正しいかと。ノア様も大概ですが、お嬢様はそれに輪をかけているので心配、というのはあると思いますが、単純に他の男にお嬢様を会わせるのをよく思っていないようです」


 多分そう。いや、絶対そう。キリは心の中で確信している。アリスにあんな能力がなければ今もアリスを領地でひっそりと暮らさせていただろうし、例のループの件もどうにか一人で解決しようとしていたに違いない。


「へ、へ~……重いね」


 愛が。辛うじて飲み込んだ言葉を見透かしたようにキリがコクリと頷く。


「重いです。ノア様の愛は大変重いです。それを領地の皆は知っているというのに、何故かお嬢様だけが知りません。不思議で仕方ありません」

「何だかノア様の印象が少し変わったかも。何考えてるのかよく分からないけど」

「それは私にもよく分かりません。ノア様は、そういう方です」

「……そっか」


 やはりはっきりと言い切ったキリを見てオスカーは納得した。破天荒な兄妹とそれを当然だと思う従者。ノアはやっぱり安心しただろうと思う。そうやって信じてくれる誰かは、誰にとっても必要だと思うから。


「ところで、ドンちゃんはあとどれぐらい食べるんだろうね?」

「……金貨で足りるでしょうか?」

「どう……だろう」


 難しい所である。ペットを飼うのはお金がかかる。それはオスカーも痛いほど身に染みて知っている。ましてや相手はドラゴンで、普段の食事の量を見る限りその量は半端ない。


「そこら中の店から生ごみを回収したい気分です」

「言えてる!」


 切実なキリの言葉にオスカーは声を出して笑った。


 最初、このキリという従者は無表情で物をはっきり言うので、もっととっつきにくいかと思っていた。顔は女性と間違えそうなほど綺麗なのに、性格がキツすぎると思っていたのだ。だからこそ誰もキリには近寄らなかった。


 けれどこんな風に話すようになったら分かる。キリがどれほど優秀な従者なのかが。そして、どれほど苦労しているかが。そんな風に一切見せないのは、彼が努力しているからだ。


 そもそもあのバセット兄妹の従者をするのであれば、これぐらいの人物でないと務まらない。


 買い物を済ませた二人は大きな紙袋を両手いっぱいに持って皆のいる場所に戻った。そこにはアリスとドンが大の字になって草むらに転がっている。とてもどこかの令嬢には見えない。 


 それを見てキリが小さく舌打ちしているのが聞こえてオスカーは肩を震わせた。どこの従者が主人に向かって舌打ちなどするだろう! しかし、気持ちは分かる!


「お待たせしました。お嬢様、何をしているのか聞いてもいいですか?」

「あ、おかえりなさい! 今ね、森の中でクマに会ったらどうする? って話をしてたの!」

「……クマに出会ってどうして転がるんです? 食べて下さいって事ですか?」

「違うの! こう、油断させておいてかかとに仕込んだナイフで首を……って、無理かー」


 現実的ではないな。まずクマには首回りに立派な毛がある訳で。それを掻っ切るほどのナイフを仕込むには相当大きな靴が居る訳で。


「アリス、本当に無茶だけは止めてね? クマに会ったら静かに後ずさって逃げるんだよ? 間違えても倒そうなんて考えないで」

「そもそも、クマに出会うような場所にホイホイ行かないでください。ほら起きて。草まみれですよ。ドンも!」

「はーい」

「キュキュ」


 キリに叱られた二人は元気よく起き上がると、体についた草をはたき落している。


「でもさ、現実問題、ドンが大きくなったらクマなんてイチコロだよねー」

「確かに!」


 カインの言葉に顔を輝かせたアリスを見て頭を抱えたのはオスカーだ。


「カイン様まで……」

「そもそもこんな話を振ったのカインだからね」

「いや、もしもの話って大事じゃない? どんな状況に陥っても咄嗟の判断力は大事だよ」

「その点なら大丈夫です。お嬢様はここではこんな事言ってますが、実際にその時になったらアサシンのような動きをするので」

「言えてる。そのせいでうちに入った泥棒が何人大怪我を負ったか」


 何かを思い出したようにノアはふっと遠くに視線を向けた。ボコボコになった大の男の襟首を持って佇むアリスには戦慄したものだ。


「え、なにそれ怖い」

「だから僕が心配なのはアリスじゃなくていつだって相手だよ」


 森の中でクマに会ったら、というよりは、森の中でアリスに会ったら、である。


 その場合、こちらに敵意が無い事を示して持っている食べ物を分け与えれば良い。運が良ければ見逃してくれる。しかし運が悪ければ懐かれてしまう。


「だ、だって、カッとなっちゃうんだもん!」


 そう、おそらくこれがアリスのヒロイン補正なのだ。有事の際にはアドレナリンがドパっと出てありえないような力が出せるし動きが出来る。こんなスーパーマンみたいなヒロイン補正ってなんだ。可愛くない。全然可愛くない! だから黙っているのである。


 しかし可愛くないとか言いながらちょくちょく使っているので、今更である。


「さて、ご飯食べ終わったらアクセサリー買って帰ろうか。明日に備えないとね」


 ノアの一言に皆それぞれ好きなようにハンバーガーを作り出した。最初は食べるのすら四苦八苦していたカインも、気づけばアリスのナイフを使って好きにハンバーガーを作ってはオスカーに渡しているので、どうやら彼は作るのが楽しいようだ。


 食事を済ませて移動した一同は、皆でドンとアリスのアクセサリーを選んだ。


「お揃いにするんでしょ? じゃあ、二人とも目の色で選ぶのがいいんじゃない?」

「なるほど!」


 アクセサリーなど普段つけないものだからどう選べばいいのかさっぱり分からない。

 アリスが付けているものと言えば、ノアがくれた髪飾りぐらいだ。


「ドンちゃんにはネックレスがいいんじゃないでしょうか。黒い毛に金色がとても映えると思います」

「キュ!」


 ネックレスが何かは分かっていないだろうが、ドンはオスカーの提案に喜んだ。アリスもその意見に賛成する。ブレスレットや指輪では作業する時に落としたり失くしたりしそうだ。


「アリス、これなんてどうかな?」


 ノアがアリスに差し出してきたのは細かい涙型の銀の細工の中に緑色の石がはまったネックレスだった。大きさも丁度いい。


「ほら、これなら金色もあるよ」

「ほんとだ! ドンちゃん、これでどうかな?」

「キュウ~!」


 結局ドンのこの一言でアクセサリーはすぐに決まり、夕方には学園に戻る事が出来た。


 明日は待ちに待った釣りである。アリスはワクワクしながら夜の八時には布団に入ってノアとキリを驚かせた。

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