12話:絶対に逃がさない

 入学して二週間が経った。実さんとは未だに話せていない。コンクールにも行ったが、結局会えなかった。話すきっかけが掴めない。うみちゃんが気を利かせて、空美さん経由で彼女が弾いたヴァイオリンの音源を貰えるように頼んでくれた。快く受け入れてくれたらしい。


「あれー?なんか一人増えてる」


 いつものようにユリエル達と合流すると、一人増えていた。同じ学校の女子だ。


「部活の友達よ。四組のもり雨音あまねくん」


「うっす」


 の口から出た声の低さに驚いてしまう。見た目で女子だと判断してしまったが、女子の声ではない。しかし、見た目は可愛い。スカートがよく似合っている。青商の制服は男女問わずスカートかズボンか自由に選択できる。それ故に制服で性別を判断できないのだが、彼のことはつい見た目で女子だと判断してしまった。それにしても可愛い。まぁ、私ほどではないが。


「鈴木海菜です。こっちは月島満ちゃんと星野望くん」


「鈴木海菜って…あぁ、学年代表で挨拶してた?」


「うん」


「…」


 不思議そうにうみちゃんを見つめる森くん。何?とうみちゃんは苦笑いしながら首を傾げる。


「いや、近くで見るとめちゃくちゃイケメンだな。あんた」


 森くんの言葉に彼女は一瞬きょとんとし、くすくすとおかしそうに笑い出した。


「ふふ。ありがとう。よく言われる」


「だろうな。言われ慣れてそう。そっちの二人も。三人ともモテるでしょ」


「「まぁね」」


「いや、俺は二人ほどは…」


 望は謙遜するが、彼もそう謙遜が嫌味になるほどにはモテる。


「ははっ!自覚あんのかよ。良いね。俺、あんたらのこと好きだわ。めんどくさくなさそうで」


 謙遜しないことで引かれることは多いが、彼はそのいうタイプではないようだ。仲良くなれそうだ。


「うみちゃんは意外とめんどくせぇけどな」


「めんどくさくなさそうに見えてな」


 私の言葉に頷く望。

 二週間前のあの日から彼も彼女に対して容赦がなくなった。


「あんたら三人は幼馴染ってやつ?」


「そう。保育園から一緒」


「通りで仲良いわけだ」


「ちなみに、ここも幼馴染です」


 はるちゃんが自分となっちゃんを交互に指差す。そういえばそう言っていた。


「小桜さんは?」


「私はみんなとは高校で知り合ったの」


「ふぅん。菊ちゃんと仲良いから中学一緒かと思ったらそうでもないのか」


「えぇ。私の中学からは私一人」


「俺んところは二人。俺と、あと二組の福田祐介ふくだゆうすけ


「あぁ、福ちゃんか」


「星野くん仲良いよね」


 二組ということは望とはるちゃんと同じクラスだ。私たちとも体育の時間が一緒だが、まだ名前を聞いても顔はわからない。未だにクラスメイトも危ういくらいだ。


「ふぅん…ところであんたらさ、俺の服装についてはなんも言わないんだな」


「学校の規則で認められてるし、何か言う必要ある?私だって女子だけど好んでズボン穿いてるし」


「……女子?」


 うみちゃんの言葉を聞いてきょとんとする森くん。どうやらうみちゃんのことを男子生徒だと思っていたようだ。そんな彼を見て彼女は「初対面の人はみんなそういう顔する」とおかしそうに笑った。


「すまん…完全に男だと思ってた」


「いいよいいよ。いつものこと。けど、いつも思うけど、声で気づかないのかなぁ。私の声、結構女性寄りだと思うんだけど」


「いや…あんたは微妙なラインだろ」


 私もそう思う。これくらいの高さの声の男子は割と居る。森くんは完全に男子の声だが。


「そう?森くんは顔に似合わず渋い声してるよね」


「あぁ…けど割と気に入ってる。このギャップも俺の魅力の一つだからな」


 その台詞を聞いてうみちゃんと望が私を見る。森くんは私とキャラが被ってるとでも言いたいのだろうか。


「ふふ。そうだね。あぁ、私が女だからって女扱いはしなくていいからね。そういうの苦手だから」


「あぁ。ちなみに俺もスカートを好んで穿くけど、別に女になりたいわけじゃないし、男が好きって訳でもないんだ。よく勘違いされるけど」


「うん。分かるよ。私も男性になりたくてズボンを穿いてるわけじゃない。自分を男性だと思ってる訳でもない。恋愛対象は女性だけどね」


「そうだよなぁ…」


 うんうんと頷いてから、ん?と首を傾げる森くん。うみちゃんもニコニコしながらどうかした?と一緒になって首を傾げる。


「…いや、すげぇサラッとカミングアウトしたな」


「言わないと当たり前のように異性愛者にされちゃうから。それが嫌なんだ」


「あぁ、なるほど。俺も言わないと同性愛者にされがちだから分かるわ。恋愛対象なんて見た目じゃ分かんないのにな」


 ため息を吐く森くん。女性の格好をする男性=ゲイという風潮は確かにあるらしい。私は違うと知っているが、テレビで見るゲイタレントは女装して女言葉を使うことが多い。いわゆるオネエとか、オカマというやつだ。ゲイバーのママもそんなイメージが強い。しかし、現実は違う。の中にもきっと、恋愛対象が女性の人もいれば恋愛をしない人もいるだろう。彼女達も私達と同じ人間なのだから。そして、森くんのように女言葉を使わなくとも女性らしい服装を好む男性もいる。その辺りはただの個性だ。


「うん。そもそも恋愛することが当たり前の世の中だけど、恋愛をしない人だっているからね」


 そう言ってうみちゃんは私をちらっと見た。


「恋愛しない人と言えばさ、意外と良い人だったよ。柚樹さん」


 なっちゃんが思い出したように切り出したのは、実さんの兄の話だった。彼も恋愛をしないと言っていた。まだ話したことはないが、もしかしたら私と同じなのかもしれない。実さんと同じくらい気になる人だ。


「柚樹さん?」


「聞いたことあるようなないような」


 望と森くんが首を傾げる。そういえばあの日は望も居なかった。


「クロッカスのギターの人」


「クロッカス…あぁ、天宮先輩のとこの」


「きららさんのことは知ってるん?」


「中学時代の部活の先輩。つっても、基本は男女別だったから直接関わることはたまにしかなかったけど」


「何部?」


「合唱。うちの学校、男子合唱部があったんだよ」


 珍しい。合唱部といえば男子は入れなくはないものの、ほとんど女子しかいないイメージが強い。


「森くんって、もしかして柊木ひいらぎ中?」


「そう。男子合唱部がある中学ってこの辺だとあそこくらいだもんな」


「私も合唱やってたの。桜山中で」


「おぉ。そこそこ強豪じゃん」


 同じ合唱部同士盛り上がる二人を見て、うみちゃんはどこが不満そうな顔をする。


「…部長は大変よね…海菜は部長やったことないの?」


 話を振られると、不満そうな顔から一変して嬉しそうに顔を輝かせる。自由奔放なところは猫っぽいが、こういうところは犬みたいだ。うちの犬もこんな感じでテンションの落差が激しい。


「あるよ。小学生の頃だけど。中学は望が部長で、私が副部長」


「で、ちるは番長?」


 なっちゃんが上手いこと言ったみたいなドヤ顔で言うが、その弄りは散々受けてきた。絶対言われると思った。


「森くんが部長経験あるなら私らの代の部長は森くんで決まりだね」


「おいおい菊ちゃん、気が早すぎだろ…」


 などで他愛もない話をしながら電車を降りて学校に向かっていると


「あれー?雨音ちゃんじゃん。女子に紛れてたから気付かんかったわー」


 などと、すれ違い様に他クラスの男子生徒が揶揄うように森くんに声をかけて来た。こういうガキみたいな弄り方するやつはどこにでも居るようだ。嫌味っぽい言い方をする彼に対して森くんは鼻で笑ってこう返す。


「紛れてる中で俺を見つけてくれるって、よっぽど俺のこと好きなんだなお前」


「はぁ!?俺はお前と違ってホモじゃねぇし!」


「ははは。好きじゃなかったらこんな頻繁に絡んでこんだろ」


「勝手に決めつけんじゃねぇ!」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ。俺も男が恋愛対象とは一言も言ってない。勝手に決めつけんじゃねぇよ。というわけですまんが、俺のことは諦めてくれ。男は恋愛対象外なんだ」


 しっしと虫を振り払うような仕草をする森くん。男子生徒は舌打ちをし、悔しそうな顔をして走り去っていく。その堂々とした態度はうみちゃんみたいだ。うみちゃんと違って、今の彼の言葉を一切気にしていないように見えるが。


「森くんはさ、スカートが好きで穿いてるんだよね」


「うん」


「好きになったきっかけとかあんの?」


「些細なことだよ。小さい頃から姉のお下がりの服着せられて遊ばれてたんだ。その流れでスカートを好んで穿くようになった。けど小学校に上がる頃にはいじめられるといけないからってスカートを穿くことを許してもらえなくなって、ずっとスカートとは疎遠になってたんだけど、姉が青山商業を紹介してくれたんだ。『ここなら堂々とスカート穿いて学校行けるよ』って」


「良いお姉さんじゃん」


「ブラコンだけどな。『うちの弟、世界一可愛い!』って感じ」


 うみちゃんと望が私を見る。確かに森くんは可愛い。森くんの姉の気持ちは分かる。しかし、私の弟には叶わないだろう。


「まぁ…おかげで俺は周りの目とか気にしないで自分は自分だって堂々と出来るんだけど。姉ちゃんは俺の唯一の理解者だったんだ」


「"だった"?」


 なんだか意味深な言い方だ。しかし、亡くなったとか、疎遠になったとかそういうわけではないように見える。


「今は違うの?」


 不安そうに尋ねるなっちゃん。すると彼は首を横に振ってふっと笑った。


「そうじゃなくて、あんたらに出逢えたから"唯一"じゃなくなっただけ」


 …キザなやつだ。


「うわっ、何そのドラマみたいな台詞」


「引いてんじゃねぇよ」


 しかし、彼がそう言いたくなる気持ちもわかる。私も彼女達の側は居心地が良い。誰も恋愛をした方が良いと無理に勧めてこないから。


「けどさー、森っちのお姉さんの気持ちもわかるかも。あたしもこんな可愛い弟ほしいもん」


「日向さんは兄弟いないの?」


「残念ながら一人っ子。あたしだけ。みんな兄弟いるんだよねぇ…いいなぁ…弟ほしいなぁ…」


 そう言って私を見るなっちゃん。そういえばこの中で下に姉弟がいるのは私だけで、あとはみんな上の兄弟しかいない。ユリエルに至っては、兄がいるものの、幼い頃から父親と共に別居しているらしい。しかし離婚しているわけではなく、なにやら複雑な事情があるようだ。母親は一緒に暮らしているが、過保護な人らしい。そして偏見的な考えを持っている。本当は制服のズボンも欲しかったが『LGBTだと勘違いされるから駄目』と言われたらしい。酷い偏見だが、実際うみちゃんのことを見た目でLGBTだと判断した人は少なくない。

 森くんもスカートを穿いているだけでゲイだとかトランスジェンダーだと勘違いされるが、ただスカートを好んで穿く男子だと本人は主張する。

 セクシャルマイノリティかどうかなんて見た目ではわからない。私だってセクシャルマイノリティだが、一度もそうだと疑われたことはない。以前『恋愛感情というものが分からないから』と告白を断ったら『鈴木と付き合ってんの?』と返してきた話の通じない馬鹿も居たが。"に対する"という主語が抜けているのかと勝手に解釈したらしい。抜けている主語は"に対する"だ。しかし、私が恋をする可能性があるとしたら女性の方が高いのは事実だ。男性に恋をするとしたら、性欲と一切結びつかない恋だと思う。他者との性行為を望まないが恋愛感情を抱くことはあるというノンセクシャルという人間が存在するくらいだ、性欲と結びつかない恋もあるのだろう。

 しかし、例外もあるらしい。私が男性に対して絶対に性欲を抱かないとは言えないかもしれない。といっても、今の私には信じ難いが。

 今の私はアロマンティックであり、他者との性行為に抵抗はないがその対象は女性のみであり、男性との行為には抵抗がある。同性愛者ホモセクシャル異性愛者ヘテロセクシャル両性愛者バイセクシャル全性愛者パンセクシャル無性愛者アセクシャル非性愛者ノンセクシャル…と、恋愛対象の矛先を表す言葉は沢山あるものの、性愛対象のみを表す言葉は聞いたことがない。探せばあるのかもしれないが、うみちゃんが知らないということは恐らく私が探したところで見つからない気がする。

 今の私のセクシャリティはアロマンティックという一言だけでは表せないのだ。アロマンティックという言葉が表すのは私の一部であり、全てでは無い。全て説明するとなると"アロマンティックかつ、性愛対象は女性のみに絞られる人"となる。いちいち説明するのがめんどくさい。ちなみに、恋愛感情が分からない人と無い人は別の言葉で表せられるそうで…アロマンティックは恋愛感情を持たない人を表す。一方、恋愛感情が分からない、あるいは友情との区別がつかない、つける必要はないという人は…なんと言ったか…クォイ…?ロマンティック?確かそんな感じだ。私はそっちの方が近いのかもしれないが、アロマンティックの方がまだ知名度が高いらしいのでそちらの方が伝わりやすいだろう。

 セクシャルマイノリティ用語は似て非なるものが多い。その中で何を選ぶのかは個人の自由だ。だから私は性質的にはクォイロマンティックの方が近いと知っても、比較的伝わりやすいアロマンティックの方を自称すると決めた。うみちゃんもそうだ。伝わりやすいように同性愛者やレズビアンという言葉を使うことが多いが、正確には女性愛者ジノセクシャルだと本人は言う。何が違うのかと聞いたら『私は自分を女性だと思ってないから女性を同性と表すのはなんか違う気がする』とのこと。性自認がふわふわしているらしい。私には分からん感覚だ。

 理解出来ないが、私も他人からしたらそうだ。私の感覚は私にしか理解出来ないし、うみちゃんの感覚はうみちゃんにしか理解出来ない。理解し合うなんて無理な話だ。本当に必要なのは認め合うことだと私は思う。そのためにはまず知ってもらわなければならない。だから、私もうみちゃんのようにカミングアウトして生きるべきだし、そうしたいのだが…なかなか難しい。というか、いちいち説明するのがめんどくさい。LGBTについては義務教育化されているが、授業でやるのはその4つだけ。LGBTについてはもうほとんどの人が基礎知識として身についているが、アロマンティックについて説明するとなると、一から説明しなくてはならないから。

 セクシャルマイノリティについて全てを説明するとなると授業時間が足りないかもしれないが、せめてアロマンティックやアセクシャルくらいは触れてほしい。恋愛は義務ではないと義務教育でしっかりと教えてほしい。

 …あ、そうか。私が教師になれば良いのか。いや、それはちょっと…




 などと長々考えているうちに教室に着いた。

 そういえば二週間前、ユリエルが過保護な母親と本音で話したいと言っていたことをふと思い出す。


「ユリエル、あれからどう?お母さんとは本音で話せてる?」


「えぇ。二週間前、音楽部の見学に行った日に、恋愛的な意味で気になる女の子が居るって打ち明けたの」


 私達に話をした当日にさっそく話したようだ。気になる女の子が居るという話は私は今初めて聞いたが、うみちゃんの反応は薄い。知っているようだ。


「おぉ。頑張ったじゃん」


「でも大丈夫だった?LGBTに偏見ある人なんでしょ?キツいこと言われたりしなかった?」


「えぇ、もちろん否定された。それはただの憧れだって。自分も高校生の頃に同じ経験をしたからわかるって」


 だからといってユリエルもそうだと決めつけるのは違うだろう。…どうしても認めたくない理由があるのだろうか。ユリエルの母親の年齢は分からないが、昔はLGBTという言葉も浸透していなかった。父や母もその言葉を知ったのは最近になってからだという。義務教育ですらなかったようだ。そんな時代に生きてきた人と、今を生きる私たちの常識は違う。簡単に受け入れられないのも無理はないかもしれないが、それにしたって頭の硬い人だ。


「…百合香自身はどう思ってるの?前聞いたときはまだ分からないって言ってたけど、答えは決まった?」


「…恋だと思う」


「根拠は?」


「…彼女が誰かと付き合ってしまうことを考えたら辛いから。お母さんは、好きだった女の子に恋人が出来ても素直に祝福出来たことから憧れだったって気付けたって言ってたけど、それが憧れなら私の感情は憧れじゃないわ」


 私もうみちゃんに対する想いが恋でないと考える根拠はそれだ。実さんに対しても誰かと付き合うのが嫌とは思わない。ただ、気にはなっている。以前私に告白してくれた人—あれは確か後輩の村田だ—が言っていた。恋をするとその人のことを四六時中考えてしまうと。四六時中とまでは言わないが、気づけば彼女のことを考えている。考えてドキドキすることはないし、邪な妄想をしたりはしないが…どういう人なのだろうかと気になる気持ちはある。やはりこれはただの憧れなのだろうか。


「そっか。誰かと付き合うのが嫌なんだ」


 うみちゃんはニヤニヤする。彼女の好きな人が自分だとほぼ確信しているのだろう。私も、ユリエルの好きな女の子はうみちゃんだと思う。

 しかしうみちゃんは言っていた。『今言ったらきっと逃げられてしまうからまだ様子見したい』と。まだ泳がせるつもりなのだろうか。


「告白しないの?付き合えると思うけど」


「…付き合いたい気持ちはあるわ。彼女の恋人になれたら良いなって思ってる。…けど…私は、母に叱られることが怖くて元カレと分かれたの」


 元カレの話も初めて聞いた。"カレ"ということは、同性愛者というわけではないようだ。


「叱られる?男と付き合ってたんだろ?」


「えぇ。男性だった。でも…母の理想とは程遠い人だったから」


「あぁ?理想?んだよそれ。恋人を自分で選ぶことすら許されないってこと?」


 彼女は頷く。なんだそれ。そこまで束縛したがる理由は全くもって理解出来ないししたくはない。「束縛がひどいね」とうみちゃんも苦笑いする。


「だけど…結果的に別れを切り出したのは私よ。母の声を恐れて、彼を酷く傷付けたのは私。だから…母にも変わってほしいけど、その前に自分が変わらなきゃいけないの。今の私はきっと、彼女と付き合えても、堂々と隣に立てない。きっとまた…母に怯えて傷付けてしまう。だから…今はまだ、告白は出来ない。もう少し、友達のままでいたい」


 なるほど。あくまでも母親のことは責めないのか。うみちゃんとはお人好し同士お似合いかもしれない。


「…そこまで考えるのは恋っていうか…もはや愛じゃない?君に想われてる女の子は幸せ者だねぇ」


 白々しい。さっさと告白しろと言いたいが、もう少し友達で居たいとユリエルが言った以上、うみちゃんはまだ告白しないだろう。


「そう…かしら…付き合ってもいないのに…重くない…?」


「ふふ。私だったら嬉しいよ」


「そう…告白は…するの?」


「そうだねぇ。もうちょっと様子見てから告白しようかなぁって思ってたんだけど『今のままでは好きな人を傷つけてしまうから告白できない』って言うくらい真面目な人だから、私から告白するよりは待ってた方が良いと思うんだよね」


 ユリエルがあからさまに動揺する。もはやそれは告白と何が違うのか。


「…その人とは両想いだと確信してるの?」


「うん。だって…ね?」


 その先は言わないが嬉しそうな顔に『君の好きな人って私でしょう?』と書いてある。


「…その自信、勘違いじゃないと良いわね」


 と、ユリエルがどこか悔しそうに吐き捨てるが、うみちゃんの表情は変わらない。


「勘違いじゃないでしょう?」


 何も言い返せないユリエル。うみちゃんのこんなに嬉しそうな顔は初めて見た。観念したユリエルはため息を吐き、宣言した。


「決めた。学年が上がるまでには、告白する」


 今はまだ4月の終わり。学年が上がるまでは約一年。それほど期間を長く設けたのは母親と向き合うには、付き合う決心がつくまではまだまだ時間がかかりそうだということだろうか。


「…ふふ。頑張ってね」


 そう笑う彼女は何かを企んでいるように見えた。『両想いだと確信を持ったからには絶対に逃がさない』とでも言いたげな、勝利を確信した顔だった。

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