第21話 ※ルーカス視点


「貴様何者だ!」


突然現れた声の主にいち早く対応したのはジキルだった。

腰に携えていた剣を構え、俺を守ろうとしている。


「やだなぁ、ライアー君。俺の声忘れた?」


爽やかな笑みを浮かべた青年は、聞き覚えのある声で此方に語り掛けてくるがその容姿は見たことのない他人のものだ。


「口の聞き方も分からないのかッ、ここにいるのが誰か分かっているのか!?」


「....俺の大事なお嬢と、その婚約者と、その従者。そのくらい分かるよ」


心外だと言わんばかりに肩を竦める青年に、ジキルは苛立ちをあらわにした。

俺は剣を下ろすように命じる。


「でも、殿下....」


「いい、下がっておけ」


渋るジキルを宥め、一歩前に出る。

青年から敵対心は感じない。


「お前、何者だ?俺が誰か分かっている上でその態度と言動をとるというのなら例え他国の者でも容赦はしないぞ」


「....」


青年が身に纏う服は明らかに上質な布と糸で作られており、貴族であることは明らかだ。

自国の貴族の名前と顔は全て把握しているが、俺はこの青年を知らない。

となると他国か、もしくは大成した商家の出か。


「不敬とでも?処したければ処せばいいけど....ルーカス、君に俺を裁く権限はないし、俺が死んだらお嬢は部屋から今以上に出てこなくなるんじゃないかな」


「間男にしては態度が大きいな、勿体振ったところで何になる?その声で不快な言葉をこれ以上連ねるのは勘弁してほしいんだがな」


先程から聞いていれば人の婚約者を引き合いに出して何がしたいんだ?

シトレイシアの性格からして浮気はしないだろう。

大体、四六時中俺の側にいるか自分の部屋で魔術の練習に励む彼奴に浮気する暇なんて無いに等しかったろうに。


「俺とお嬢は一心同体、....だったのにどっかの魔法使いに別々にされてはや二日!


魔法使いに話を聞けばお嬢は泣き崩れ、俺は寝込んで大惨事。


そんな間男呼ばわりされた俺の名前は、」



"ルクソル・オータム"



芝居がかった口調で告げられたのは到底信じるに値しない虚言だった。

お前がルクソルだ?笑わせるな。

ルクソルはシトレイシアの別の姿じゃないか。


「そして、つい昨日与えられた名前が........ハヤト・アトウッド。よろしく出来るか分からないけど、よろしく」


「そっちが本名か?....いや、アトウッドと名がつくのは一人だけだ。名を偽って何のつもりだ貴様」


アトウッド。

ルイス・アトウッド。

昔父上に話を聞かされた森の賢者の名だ。

この世に二つとない紫の目を持つ男だという。

よく見れば同じ目の色だが....息子か?


「昨日をもってあの胡散臭い魔法使いの養子になったハヤト・アトウッドです。以後お見知りお気を!........なーんて、言うよりシトレイシアに話してもらった方が信憑性高いよなぁ」


もごもごと独り言のように呟きながら俺達の前を横切り、シトレイシアの部屋の前にハヤトと名乗る青年が立った。


「お嬢?扉の前にいるなら離れとってな」


優しい声色でそう告げるなり、消して優しくはない威力でシトレイシアの部屋の扉を蹴りつけた。

通常、壊れるはずのない頑丈な扉は呆気なく飛び、部屋の中からは小さくシトレイシアのものであろう小さな悲鳴が聞こえた。

扉が壊れる物音で隣部屋にいたアストレンも驚いたように飛び出してきたが、まるで気にせずにハヤトはシトレイシアの部屋に踏み込んだ。


「ハヤト様........?」


「そ、ハヤト。やっぱシトレイシアの近くやないと落ち着かんくてさぁ、ルイスの家飛び出してきちゃった」


確認するような声色のシトレイシアに、硝子細工を扱うかのように優しく、明るく対応するハヤト。


「わ、私、もう、ハヤト様といられないと、思って、....ハヤト様がいないと、....私、何も出来ないから、殿下に見捨てられる....って...」


シトレイシアはほろほろと涙を流しながら、俺やジキル、狼狽えている様子からして兄のアストレンすら理解出来ないことを話している。


「辛かったなぁ、お嬢。....殿下がそれだけでお嬢のこと見捨てるクズやったら俺が氷漬けにするから安心して、........ほら、深呼吸して落ち着いたらハンカチで涙拭こうな」


物騒。

一国の王子を氷漬けにするだの、裁く権限はないだの本当にこいつは何者なんだ?

いっそハヤトを捕縛して聞き出したいところだが、シトレイシアとの間に見える信頼関係が、魔術を構築しようとする俺を慰留させた。

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