12.出向:ギルド『シルバーホーン』

「『シルバーホーン』……ここ、だよね?」

「看板にはそう書かれてますね」


 そう言いながらも、まつりの顔にもわずかな戸惑いの色が滲んでいた。

 この町のギルドハウスは、西部劇に出てくる酒場のような佇まいをしている。所属する冒険者たちも荒っぽい見た目の物が多いからそれがまたよく似合っているのだが、『シルバーホーン』のギルドハウスと思しき建物は、悠介たちがこれまでに見てきたギルドハウスとはまるで様式が違っていた。


「どこからどう見ても、オシャレな飲食店だね?」

「こんなカフェとかレストランがあったら友達と通っちゃいそうね」


 女性的かもしれないコメントとともに、まつりはなんとも言えない顔をした。

 綺麗な白い壁と、焦げ茶色のドアや窓枠。ガラスはこまめに手入れがされているのだとわかるほど綺麗だ。そこから覗き見えるテーブルは空席のようだが、かけられた真っ白なテーブルクロスが清潔感を印象付ける。


「本当に、ここなんだよね?」

「…………多分」


 正直、不安しかなかった。

 けれど、看板が出ている以上、ここが『シルバーホーン』であるはず。

 意を決してドアを開けると響いたカロンカロンというカウベルの音に不安を煽られながら、悠介たちは建物の中に足を踏み入れた。

 さっと見回してみるが、中には人の姿がない。けれど整然と並べられたテーブルの奥に『レッドグリフォン』で見慣れた掲示板を見つけて、間違いなくここが『シルバーホーン』なのだと確信した。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」

「『レッドグリフォン』の者ですー」


 シンとした空間に二人の声が響く。けれど応じる声はなく、どうしたものかと顔を見合わせていると、やや遅れて奥の方から足音が聞こえてきた。


「あ、いるみたい」

「でも、表にいないなんてちょっと無用心ね」

「ね」


 同意する二人に、笑いを滲ませた声が割り入った。


「ギルドハウスに盗みに入ろうなんて馬鹿は返り討ちにするからね」


 ずいぶんと強気な言い分だ。

 そう思いながら声の主へと目を向けて、二人は瞠目した。

 『情報収集』によるステータスが展開される。


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リトハルト・ フォルトナー レベル52

HP 7102/7102

MP 6127/6127

種族/人間

職業/冒険者・ギルドマスター

所属/ギルド『シルバーホーン』

冒険者ランク/D

属性/風

スキル/『的中』


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「あ、なたが……」

「ああ、失礼。『シルバーホーン』のギルドマスターで、リトハルトという。どうぞよろしく」


 そう微笑んだその人は、とても美しい人だった。胸まで届く長い髪は、癖のないプラチナブロンド。目は快晴の空のような澄んだ水色をしている。顔には年齢による皺が刻まれているが、年老いたというよりは歳月を重ねた、という表現が似合う顔立ちをしていた。

 マントと身につけた甲冑から男性なのだろうと推定するが、あまりにも中性的な容貌のため確証は持てない。

 本当に、こんな人が戦えるのだろうか。

 思わず疑ってしまう悠介たちの心を読んだように、リトハルトは美しい微笑を微塵も揺らがせずに言葉を続けた。


「ランドルフのところの新入りだそうだね。遠路はるばる出向いてもらって申し訳ないが、どうかよろしく頼むよ」

「あっ、あ、はいっ」

「頑張りますっ」


 ハッと我に返って応じた悠介たちに一つ頷いて、リトハルトはテーブル席にと二人を促した。

 体の動かし方から物腰から、動作の一つ一つが洗練されている。けれど促す時に上向けた掌に明らかな胼胝たこを見て、悠介とまつりは意識を切り替えた。

 胼胝は、一朝一夕ではできない鍛錬の証だ。それを身を以て知っているからこそ、この人なのだと確信を持った。

 目の色を変えた二人に、リトハルトは機嫌良さそうに微笑む。


「話には聞いていたが、若いのに大したものだ。さあ、かけて。お茶を入れてくるから、少し休むといい」


 そう言って言葉通り席を外したリトハルトに、悠介とまつりはどうしていいのかわからず、言われるがまま大人しく案内された席に腰を下ろした。


「なんか、ランドルフさんとは全然違うね」

「うん……正直、美女と野獣というか……」


 両者とも男性なのにどうかとも思うが、この表現が一番しっくりくる。

 それはまつりも同じようで、深々と頷かれた。


「若い頃の二人、ぜひ見てみたかったなぁ」


 想いを馳せるように、まつりが熱のこもった息を吐く。

 まるで恋でもしているようだと悠介が苦笑を滲ませると、別方向からくすぐったそうな笑い声が零された。

 目を向ければ、トレーにティーセットを載せたリトハルトが目を細めて困ったように笑っている。


「そんなに期待されるような違いはないよ。ランドルフはやんちゃだったけどね」


 茶目っ気たっぷりに返されて、まつりは恥ずかしそうにしながらも目を輝かせた。

 期待の眼差しを一身に受けながら、リトハルトが紅茶を供していく。

 テーブル中央に茶菓子のクッキーを置いて向かいの席に座った彼は、ゆっくりとした動作で紅茶に口をつけた。

 悠介とまつりも一口含み、切り替えるようにティーカップをテーブルに戻す。

 ここからは、仕事の時間だ。


「自分たちは人手が足りない、としか聞いていないのですが、具体的にどういったクエストに挑むのか教えて頂けますか」


 ランドルフの予想ではモンスター退治か素材収集か、と言っていたが、素材収集にしてはこのギルドハウスの人気の無さは異常だ。それに、それならわざわざ遠方から助っ人を頼む必要もないだろう。

 だが、それはこのクエストがモンスター退治だったとしても同じことが言える。

 この街のギルドハウスには、手持ち無沙汰に酒を飲む冒険者たちが何人もいたのだから。


「クエストは、モンスター退治だ。一応ね」

「一応?」


 含みをもたせた言い方に、悠介が眉間に皺を寄せる。

 リトハルトは嘆息して肩を竦めた。


「まず、モンスターの正体が特定されていない。だから調査もクエストのうちなんだ」


 クエストの現場は、街の奥、ロヴェルナ山の麓にある洞窟。鉱石採集をしていた人間から、モンスターが棲み着いていると報告があったらしい。


「所属の冒険者たちが何度となく挑んでいるのだが、未だに正体が掴めていない。戦闘を仕掛けても一撃も当たらないことから、物理攻撃が効かない相手と判断した」


 つまり、悠介たちが街で見かけた冒険者たちは魔法適正のなかった者たちなのだろう。

 遠方にまで声をかけた理由がやっとわかった。


「他にわかっていることは?」

「火の魔法を使うらしい。私は風魔法を使うから、相性が悪くてね」


 相手を有利にしてしまう、と言うリトハルトは悔しげだった。

 今、ここに冒険者の姿はない。きっと件の洞窟でクエストに臨んでいるのだろう。


「……これまでの被害状況は?」


 言いづらいことだとわかっていながら尋ねた悠介に、しかし意外にもリトハルトはすんなり答えた。


「死者はいない。重傷者もだ。火傷や打撲などといった軽・中傷を負うだけで済んでいる」


 ずいぶんと少ない被害に、悠介とまつりは目を瞬かせた。

 雰囲気からしてよほどの強敵かと思っていたのに、と驚きを隠せない。

 リトハルトは困ったように苦笑した。


「死人さえ出るような状況なら、他所に頼まないで国に報告してるよ」


 当然と言うような態度に、そういうものかと思いながらも二人は追求しなかった。




 話し合いの結果として、悠介たちは明日、『シルバーホーン』の冒険者たちと洞窟に向かうことになった。

 今晩はギルドハウスの仮眠室を借りて一泊することになる。


「まだ昼前だし……どうする? 装備とか見に行く?」

「そっちは悠介くんにお願いしてもいい? 私は、怪我した人たちのところに行ってくるわ」

「治癒魔法?」

「うん」

「じゃあ僕も行くよ。男手はあって困るものでもないでしょ」

「なに?」


 悠介とリトハルトの声が被る。

 振り返ると、リトハルトが驚いたように目を丸くしていた。いや、ように、ではない。事実驚いているのだろう。真偽を確かめるように、アイスブルーの目がまつりを映して動かない。


「君は治癒魔法が使えるのかね」

「え、ええ、はい。とは言っても、使ったことはあまりないんですけどね」


 悠介もまつりも、幸い大怪我を負うようなクエストには縁がなかった。だから治癒魔法も擦り傷程度の軽い傷にしか使ったことがないのだが、それでもリトハルトには十分だったらしい。


「少しでも治せるなら、それに越したことはない。是非お願いするよ。もちろん報酬も別途で支払わせてもらう」


 心底から嬉しそうに微笑まれて、正面から直視してしまったまつりは顔をリンゴのように真っ赤にした。言葉さえ失くして、ブンブンと首がもげそうな勢いで頻りに頷く彼女に、リトハルトがいっそう喜びの色を濃厚にする。

 悪循環だ、と傍目で見ていた悠介は呆れ半分に苦笑した。


「二人とも、良い雰囲気のところ申し訳ないですけど、そろそろ移動しませんか? 怪我人は今も痛い思いをしてるわけですし、善は急げって言うでしょう?」

「ああ、それもそうだな」


 ぱっと平静を取り戻したリトハルトが、準備をしてくる、とギルドハウスの奥に消える。

 その後ろ姿を追うように惚けた目を向けるまつりに、悠介は大きく咳払いした。途端、まつりの肩がわかりやすく跳ねる。

 ようやく我に返った彼女は、罰の悪そうな顔で悠介を見た。


「恋しちゃった?」

「してませんっ!」


 茶目っ気たっぷりの問いかけに、顔を真っ赤にしたまつりが叫ぶように否定する。

 変な誤解しないでよね! と必死に言い募る彼女が、なんだかとても可愛らしく見えた。

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